1.こんなはずじゃなかった(アンヌマリー)
暴力シーンあります、ご注意。
「もう一度。最初から」
何度目かの王妃からやり直しを命じる声に、またかとうんざりした気持ちになる。
「そんな。朝からもうずっと、カーテシーの練習ですよ?もう夕刻です。もう嫌です、休ませて下さい」
訴えると、嫌そうに顔を顰められた。
「それはこっちの台詞よ。朝から私と教育係が交代で教えてるのに、どうして全く進歩がないの。これだけ時間をかければ、初心者だって少しはマシになるわよ」
ため息とともに吐かれたセリフに、羞恥を覚える。
暗に「初心者以下の無能」と言われたのだ。悔しさと恥ずかしさで、俯いたまま両手でドレスを握りしめる。
そんな私の様子を一瞥すると、王妃がふんと鼻を鳴らす。
「悔しがっている元気があるなら大丈夫ね、さぁ続きよ」
再開する声に、慌てて止めに入る。
「ま、待って下さい!朝から何も食べていないんです、せめて食事を…」
しかし必死の嘆願も、あっさりと却下された。
「晩餐の用意はしてあるわ。食事なんて1日1回とれば死なないわよ。ローズマリーだって餓死しなかったでしょう」
「!」
王妃の言葉に、生前の姉が顔色悪くやつれていた理由を知る。
「さぁ、お喋りはここまでよ。晩餐を食べたかったら、もっと頑張る事ね」
「………」
無言でもう一度カーテシーをする。
(こんな筈じゃなかったのに)
泣きそうになりながら、ひたすら我慢した。
「お父様、私婚約を解消したい。王太子妃教育なんて、私には無理よ」
数日後、何とか頼みこんで久しぶりに帰った公爵家で、晩餐の時に父に婚約解消を切り出してみた。
その途端、それまで笑顔でいた父が、鬼の形相に変わった。
「馬鹿を言うな!『楽勝だ』と、言っていたのはお前だろう!」
立ち上がって私を怒鳴りつける。
けれど私も必死だった。
毎日ろくに食事も貰えず、みっちりと教育を詰めこまれ、夜は疲労と空腹で文字通りベッドに倒れこむ日々だ。
思い描いていた優雅な王城の生活なんて、もうかけらも浮かばなかった。
レオンハルトに泣きつこうとしても相手にされず、最近は会ってすらもらえない。
本来王太子妃がやるべき仕事も、私の教育が遅れているため、レオンハルト達にいっているそうだ。
「撤回するわ、私には無理だった。だからお父様の力で…きゃあっ!」
だが私の言葉は、最後まで言えなかった。
激怒した父が、私を殴ったのだ。
「ふざけるな!王家とのご縁を、お前の我儘でふいにする気か!」
そのまま父は、怒りのまま私を殴り続けた。
母はオロオロするばかりで、役に立たない。
泣いて謝ってようやく解放されたが、殴られた跡が消えるまで「体調を崩した」という事にされて、部屋に軟禁された。
一週間後に城に戻ったが遅れを取り戻す為、食事だけでなく睡眠まで削られる事になり、レオンハルトを誘惑するんじゃなかったと、死ぬほど後悔する事になった。