終.悪役たちのエンディング(エリック)
レオンハルトとアンヌマリーの処刑から数日後―――
「エリック先輩、この荷物はどうします?」
「あぁ、それはもういい。処分してくれ」
「先輩、こっちの箱は…」
「あぁ、それは…」
「あ―――!!」
故郷に戻ることになり、部屋の荷物をまとめている最中、突然後輩の1人が叫んだ。
(手伝ってくれるのはありがたいが、落ち着きがないな。もう少し訓練を厳しくした方が、いいかもしれない)
内心そんなことを思いながら「どうした?」と聞いてみると、ニヤニヤと笑いながら、ドレスと鬘を高々と掲げた。
「面白いもの見ーつけた!いやぁ~堅物な先輩にこんな趣味があるとは……あ痛っ!」
「馬鹿か!それこの間騎士団で作られた、変装用の小道具じゃないか。先輩の事だから、実際に使えるか試着してみたってところだろ」
茶化している後輩の頭を、後ろから近付いてきた別の後輩が拳骨を落とす。
拳骨を食らった後輩は、後頭部をさすりながら涙目になる。
「あはは、すいません。でもこれよくできてますねぇ。肩幅なんかパットで上手く誤魔化してて、よっぽどの大男でない限り、貴族のご令嬢にしか見えませんよ?」
意外に鋭い後輩の言葉に、肩をすくめながら笑った。
「すまないが、それは倉庫係に返しておいてもらえないか?そろそろ出発しないと、間に合わない」
「はい、わかりました。先輩お元気で!」
「「お元気で!」」
「あぁ、君達も元気で。立派な騎士になってくれ」
お互いに別れの挨拶をすると、そのまま次の目的地に向かった。
湖にたどり着くと、すでに約束の相手が来ていた。
「待たせたな」
「いえいえ、時間なら有り余ってるんで……それよりお約束のものを」
相手の催促に、無言で懐から金の入った袋を差し出す。
袋を受け取ると、相手の男―――浮浪者は中身を確認し、ニンマリと笑う。
「確かに。しかし良いんですかい?王様達の前で、あっしに嘘の証言なんかさせて」
「嘘ではない。目撃したのがお前でなく、俺だったというだけだ」
俺の言葉に、浮浪者は興味なさそうに「そんなもんですかねぇ」とだけ、呟いた。
「1つ聞いてもいいですかい?」
「何だ」
「どうしてご自分で証言しなかったんですか?わざわざあっしに金までやって証言させなくても、殺された令嬢の関係者だったんでしょう?ご自分で証言した方が、簡単でしたでしょうに」
浮浪者の言葉に、フッと笑う。
「俺が証言していたら、握り潰されていただろうな。騎士団と公爵家から圧力をかけられて終わりだ。王都中に噂が立っていて、身寄りもしがらみもない人間が証言したから、揉み消す事ができず処刑に持ち込めたんだ」
「なるほど…お偉いさんはおっかないですね」
「そういう事だ」
その時冷たい風が吹いて、浮浪者がぶるりと体を震わせる。
「おぉ寒い寒い。それじゃああっしは用も済んだし、これで失礼しやす」
そう言って、浮浪者は足早に去っていった。
残った俺は、湖を眺める―――あの日、彼女が沈んでいった湖を。
「…ローズマリー様、全て終わりましたよ。貴方はこれで、ご満足ですか?」
ゆっくりと目を閉じて、彼女と最後に交わした会話を思い出す…。
「エリック、殿下からこんな物を貰ったの……どう思う?」
レオンハルト殿下の誕生日前日の夜、部屋でくつろいでいたローズマリーから、一通の手紙を差し出された。
「拝見してもよろしいですか……失礼」
主から了承を得て、開封済みの手紙に目を通す。
内容は『誕生日パーティの前に内密の話があるから、誰にも見つからずに1人で来い。この手紙も読んだら処分しろ』というものだった。
「罠ですね」
「やっぱりそう思う?」
断言すると、彼女からも同じ返事が返ってきた。
最近の王太子は、妹のアンヌマリーに夢中になっており、アンヌマリーの言いなり状態で、あからさまにローズマリーを疎んじている。
(そんなに嫌なら、国王に解消を申し出ればいいのに)
国王の不興を買うのは嫌らしく、度々嫌がらせをしては、こちらが音を上げるのを待っているという陰険な性格をしている。
毎度の事とはいえ、連中の器の小ささにため息をついていると、ローズマリーが予想外の事を言い出した。
「仕方がないから行ってくるわ。後はよろしくね」
「な…何を言ってるんですか!こんなの罠に決まってます、行ったら何をされるか…」
「何をされるかわからないわね…」
ふふ、とローズマリーが自嘲気味に笑う。
その様子を見て、我慢できずに声を荒げた。
「わかっているなら…!」
そこまで言いかけて、言葉が途切れる。
ローズマリーは泣いていた。
「ねぇエリック…もし私が殿下達に酷い目にあわされたら、お母様は悲しんで下さるかしら…お父様は殿下やアンヌ達に憤って下さるかしら…王妃様は殿下を叱って下さるかしら…」
「ローズマリー様…」
泣き笑いの顔で、こちらを見るローズマリーに、俺はそれ以上何も言えなかった……答えなど、わかりきっているから。
「……ローズマリー様。貴方のお考えがどうあれ、危険と分かっていて1人で行かせる事はできません。俺もお供します」
「エリック、そんな事をしたら貴方が殿下達に…」
止めようと言いかけた、彼女の言葉をあえて遮って言う。
「他の連中は知りませんが、俺は貴方に何かあったら悲しみますよ。もしかしたら責任を感じて自害するかもしれない。だから俺が殿下達に何かされる事よりも、俺の自害を防ぐ事を考えて下さい」
「……そうね、貴方は責任感の強い人だもの」
そこでようやくローズマリーが、泣き止んで笑ってくれた…ほっとしたような、落胆したような、寂しそうな笑顔だったが。
(………?)
その笑顔に引っ掛かりを覚えたが、彼女は構わず話を進めていた。
「じゃあ貴方は、湖の傍の管理小屋に隠れていて。その代わり何があっても、出てきてはダメ。私がどんな目にあっても、決して出てこないで見届けて…それがついてくる条件よ」
「しかしそれで、取り返しのつかない事態になったら…!」
「その時は…」
そこでローズマリーがいったん言葉を切り、俯く。
顔を上げた彼女は、それまでと全く違っていた。
「貴方が敵を討ってちょうだい。どんな手を使っても、必ず私と同じかそれ以上の苦しみを与えて、地獄に送って」
悪魔のように冷たい目で、笑っていた。
「ローズマリー様…貴方のご命令は全て果たしました。だからもう、いいですよね?騎士としてではなく、個人として貴方の死を悼んでも…」
そうして彼はようやく『彼女』の死に、涙を流す事ができた…。
やがて涙が渇いた頃、途中の花屋で買った、彼女と同じ名の花を取り出す。
「ローズマリー様…俺はもう行きます。ここへは2度と戻ってきません。ここには貴方との思い出がありすぎるから…でも、貴方の事は忘れません。最期の瞬間まで、貴方を覚えています」
そう言って、持っていた花を湖に放ると、2度と振り返ることなく立ち去った。
花は騎士を見送るかのようにしばらく湖面に浮かんでいたが、やがて騎士の姿が見えなくなると、静かに湖底に沈んでいった…。




