9.僕のせいじゃない④(マーク)
飴のおかげで調子が戻り、レオンハルト殿下の補佐に戻ることが出来た…が、貰った飴が残り少なくなってきた。
(どうしよう)
殿下にまた強請るというのは、友人とはいえ臣下の身で気が退けるので、飴の出所を聞いてみると「エリックから分けてもらった」と聞いたので、気が進まないがオルコット公爵家を訪ねる事にした。
「これは…カートランド令息、自分に何か御用でしょうか?」
突然訪ねて来た僕に、エリックはちょっと驚いたようだが、部屋に招き入れてくれた。
「ちょうど茶を入れる所だったので…よろしければどうぞ」
「あぁ、ありがとう」
(狭い部屋だな…まぁ、平民としては当然か)
椅子に腰かけると、エリックが茶を差し出して来た。
礼儀として少し口をつけた後、用件を切り出す。
「実は君が殿下に差し上げた薬だが…私も殿下に分けて貰ったら気に入ってね。良ければ私にももう少し貰えないだろうか?」
「あ、あの薬ですか?申し訳ありませんが、あれはもうないんです」
「えっ」
申し訳なさそうに言うエリックに、僕は驚いた。
「あの薬はローズマリー様が亡くなられた後、恥ずかしながら精神的に不安定になったので、医師に処方して貰った物なんです。だいぶ落ち着いてきた時に何か悩んでるらしい殿下を見かけて、余っていた分を差し上げたんです。ですからもうありません。申し訳ありません」
「あ…そうなのか」
当てが外れて内心落胆するが、オルコット公爵令嬢の事を出されると何も言えない。
気まずいまま何気に部屋を見渡すと、見覚えのあるハンカチが目に入って来てぎょっとする。
「そ、そのハンカチは…」
忘れもしない、悪夢の原因となったオルコット公爵令嬢のハンカチだ。
僕の手元にあるハンカチは、今も持ち歩いている。
本心では捨てたいが、捨てようとすれば必ず家の誰かに見られる。部屋に隠しても掃除の時にメイドに見られる。知られるのが恐ろしくて、結局持ち歩くしかなかった。
僕の視線に気づいたエリックが「あぁ」と言う。
「ローズマリー様が以前私がケガをした時に下さったハンカチです。今となっては唯一の形見になってしまいました…他のハンカチは全てアンヌマリー様に奪われてしまったので」
悲しげな表情でハンカチを見て呟くエリックの言葉に、僕は衝撃を受けた。
「ゆ、唯一の…?」
「はい」
エリックの言葉に、僕は震える手で懐のハンカチを取り出す。
「じゃ、じゃあこれは…?」
エリックが僕の手にあるハンカチを、じっと見て言う
「これはアンヌマリー様のハンカチですね。ローズマリー様のハンカチと色違いで贈られたものですから。間違いありません」
その言葉に、僕は目の覚めるような衝撃を受けた。
(そうだ、アンヌマリー嬢だって『オルコット公爵令嬢』じゃないか!何で気づかなかったんだ!)
そう考えると、これまでのすべてが理解できた。
(やっぱりローズマリー嬢は死んでたんだ。あの女が姉の仕業に見せかけて、僕達を殺そうとしてたんだ!)
動機もある。
あの女は、厳しい王太子妃教育に音を上げていて、解放されたいと思っていた。
(僕達を殺して、婚約解消しようとしてるんだ!)
「あの女!」
怒りのあまり僕は立ち上がると、エリックが驚きつつも声をかけて来た。
「あの女とはアンヌマリー様の事ですか?…そうですね、確かにアンヌマリー様がいらっしゃらなかったら、ローズマリー様もあんな事にはならず、皆苦しむ事もなかったかもしれませんね」
目を伏せるエリックに、僕は同調した。
(そうだ、あの女がすべての元凶だ!あいつさえいなければ…)
あいつさえいなければ、ローズマリー嬢は死ななかった。僕達が罪を犯す事もなく、今こんなに苦しむ事もハンスが死ぬ事もなかった。
「元凶がなければ、これ以上の苦しみや不幸は無いかもしれませんね」
(その通りだ!)
あの女が死ねば殿下も解放されるし、僕も怯えることが無くなる。
(あの女を殺すんだ!)
僕はそう決心すると、部屋を飛び出していった。
「あの女はどこだ!」
僕は城につくと、大声で叫んだ。
騒ぎを聞きつけて、兵士達がやってくる。
「これは、カートランド宰相子息。あの女とは?」
「オルコット公爵令嬢だよ!どこにいる!」
困惑顔で顔を見合わせる兵士達にイライラする。
「オルコット公爵令嬢なら、王太子殿下のところに行かれているそうですが…」
「一体何の御用で?」
聞いてくる兵士達に、怒鳴り返す。
「決まってるだろ、殺すんだ!あの女が死ねばすべて解決するんだ!」
ギョッとする兵士達に構わず、一直線にあの女のところへ向かおうとすると、兵士達が止めに入って来た。
「お待ち下さい、冗談でも言っていい事と悪い事がありますよ」
「とにかく落ち着いて下さい」
「うるさい、平民ごときが僕に命令するな!」
「ぎゃあっ!」
持ち歩いていた護身用の短剣で兵士を切りつける。本来なら兵士相手に通用しないが、不意を突いたのと当たり所が良かったようだ。顔を斬られて両手で顔を抑える兵士を見やると、腰の剣に気がついた。
「短剣よりこっちの方がいいな」
兵士の剣を奪うと、そのまま走り出した。
行く先々で兵士達が止めようとしてきたが、構わず切り捨てた。
あの女の味方をするのが悪いのだ。
本来なら文官の僕が敵う筈がないが、宰相子息という身分が有利に働いた。
王太子の部屋にたどり着くと、あの女と殿下が王妃様の指導の下ダンスの練習をしていた。
3人共しかめっ面だったが、僕が部屋に入ると驚いた顔をした。
「どうしたんだ、マーク。今日は用があるんじゃなかったのか?」
駆け寄る殿下に構わず、あの女の前に立つと困惑しながらも「どうしたの?」と、作り笑いをしてくる女の顔を斬りつけた。
「きゃあああああああ!」
「マーク、何をするんだ!」
「うるさい、邪魔するな!」
驚いて止めようとする殿下も切りつけると、元凶にとどめを刺そうとする。
顔を押さえながら、床を転げまわる元凶に剣を向ける。
「この狼藉者を捕らえなさい!」
王妃様が叫んだ後、後ろから衝撃を受けた。
覚えているのはそこまでだ。
どうやら駆けつけた兵士達に、後ろから殴られて気絶したらしい。
僕はそのまま牢に入れられ、身分剥奪と公開処刑が決まった。
(どうしてこんな事になったんだろう?)
牢の中で僕は考える。
(だって僕は何も悪くない)
ローズマリー嬢を殺したのは殿下の指示だったし、事実を隠したのは家を守る為だったし、あの女を殺そうとしたのは正当防衛だし、兵士達も僕の邪魔をするから悪いのだ。
(やっぱり僕のせいじゃない、悪いのはすべてあの女だ)
しかしいくら「僕のせいじゃない」と言っても、誰も聞いてくれなかった。
それでもそれしか言う事が無かった。
処刑の日、首に縄をかけられて民衆の前で最後に叫んだ。
「僕のせいじゃないんだ!!!!」




