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アルノはシアを支えながら、足音が近づいてくる方向へと視線を向けた。その足音は、明らかに数人分だ。アルノは冷静に剣を握り直し、シアをそっと背負いながら後退しようとした。しかし、その時、突然、森の木々がざわめき、暗闇の中から現れた影に立ち止まらざるを得なかった。
「無駄だ。」
低く響く声が、空気を震わせる。声の主は、暗闇の中からゆっくりと姿を現した。身の丈を超える黒いマントを羽織り、足音すら立てずに歩いてくるその人物は、まるでこの森に溶け込んでいるかのように静かだった。
「お前たちの逃げ場はない。」
その男の目が冷たい光を放ち、アルノをじっと見つめていた。見たことのないその人物に、アルノは警戒しながらも冷静さを保とうとした。
「誰だ、お前は?」
アルノの問いに、男はゆっくりと笑った。その笑みには、どこか冷徹さが感じられ、アルノの背筋を冷たくした。
「私は、アゼリウス。魔法使いの家系に生まれ、今はその力を使いこなしている者だ。お前たちのような『迷子』を導くのが、私の仕事だ。」
アゼリウスが言う「迷子」とは、どういう意味なのか。アルノは心の中で警戒を強めた。だが、シアの体調が悪化しているのを感じ、焦る気持ちが強くなった。
「シアを助けろ。」
「私の仕事は、お前たちを止めることだ。シアに手を出せば、その代償は大きいぞ。」
アゼリウスの言葉が、アルノの心に重く響いた。その言葉には、シアを助けるためには何かを犠牲にしなければならないという、ある種の運命のような予感が含まれているように思えた。
「シアが何かをしてきたのか?」
アルノが問い返すと、アゼリウスは静かに頷いた。
「シアの力は、ただの魔法ではない。それは、禁断の魔法。使えば使うほど、その身体は崩壊する。お前が気づかぬうちに、すでに彼女の命は限界に近づいている。」
その言葉に、アルノは胸を締めつけられるような感覚に襲われた。シアの力を使いすぎた代償は、ついに目の前に現れたのだ。
「それなら、お前が彼女を助ける方法を教えてくれ。」
アルノは、アゼリウスに対して冷徹な言葉で答えた。彼には選択肢がなかった。シアが倒れることをただ見ているわけにはいかない。
アゼリウスはしばらく黙ってアルノを見つめ、そしてゆっくりと話し始めた。
「助ける方法はある。しかし、それはお前にとっても、シアにとっても、極めて危険な方法だ。」
アルノは即座に答えた。
「どんな方法でも、試す。」
その決意を感じ取ったアゼリウスは、少しだけ顔をゆがめてから言った。
「ならば、準備しろ。お前とシアが生きるためには、この森の奥にある古の神殿に赴く必要がある。だが、そこには恐ろしい試練が待ち受けている。」
アルノとシア、そしてアゼリウスは、夜の帳が下りる中、急ぎ足で森を進んでいった。アゼリウスの指示に従い、彼らは森の中に隠された古の神殿を目指して歩みを進める。シアはすでに意識が薄れており、その体をアルノがしっかりと支えなければならなかった。
「シア、しっかりしろ。」
アルノは何度もそう呼びかけながら、足を速めた。シアはうっすらと目を開け、彼の顔を見上げた。
「アルノ……」
「大丈夫だ。すぐに助けてやる。」
「本当に……大丈夫?」
その問いに、アルノは思わず答えに窮した。自分でも分からないのだ。アゼリウスが言った通り、シアの命が限界に近づいていることは確かだった。そして、その解決方法がどれほど危険なものかも分かっていた。
「お前を守る。必ず。」
その言葉に、シアは弱々しく笑った。
「ありがとう……アルノ。」
彼の心は、彼女の言葉で少しだけ軽くなった。しかし、その軽さの背後には、どこか重い決意があった。それが何であれ、シアを助けるために、アルノはすべてをかける覚悟を持っていた。
その時、突然、アゼリウスが立ち止まった。
「ここだ。」
前方に現れたのは、苔むした石壁が覆い隠すように存在する古びた神殿だった。その存在感は、まるで時の流れに逆らっているかのように静かで、どこか不気味だった。
「この神殿には、恐ろしい守護者が待っている。お前たちは覚悟を決めなければ、進むことはできない。」
アルノは深く息を吐き、シアを支えながら、神殿の入口へと足を踏み入れた。その先に待つ試練が、彼らをどれほど試すことになるのか、まだ誰も分からなかった。
神殿の扉が重く閉ざされ、その先には未知の世界が広がっている。アルノとシア、そしてアゼリウスは、今、運命に立ち向かおうとしている。
試練が、彼らを待っている。その先にあるのは希望か、絶望か。それは、彼らの選択にかかっている。




