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「つむぎ姉、ここは俺の家だよ。下には家政婦の和花子さんって女性もいるから、安心して。ここにはつむぎ姉と俺と、和花子さん以外はいない。もう、つむぎ姉を苦しませる人は、いない。
ここに来るまでの経緯、知りたい?」
朔くんの言葉が耳に入ってきて、リラックスしていた気持ちが嘘のように凍りついた。
そうだ、私は自殺しようとして失敗したんだ。
きっとあの人は怒り狂って、私を酷く折檻するだろう。
その様子がありありと想像できて、座り込んでいた身体が震え出す。
「・・・あ、あの・・・私・・・」
目の前にいるのは朔くんなのに、その姿があの人と被って見える。
背丈も、容姿も、すべてが違うというのに・・・
声が震えてきて、思わず手で口元を覆う。
その時左手首の包帯が目に入り、涙が溢れた。
(泣いたら、また怒られる!)
「ご、ごめんなさい!」
急いで目をつぶって、手で涙を拭う。
あの人は、私が泣くのは自分に不満があるからだと決めつけている。
だから、泣くだけでイライラして、すぐに怒鳴り散らす。
早く泣き止まなくては。
そう思うのに、涙が止まらない。
「ごめん・・・なさい・・・ごめんなさい・・・」
言い訳なんてしようものなら、殴って蹴られて・・・
謝罪を繰り返す私を、朔くんは何かを堪えるような、悲しげな、泣きそうな目で見つめていた。
躊躇うように伸ばされた手は、私に触れることなく下げられた。
やがて、座り込んだ私の前にしゃがんでいた朔くんはすっと立ち上がり、扉に向かって歩き出した。
扉を開けて廊下に出ると、階下に向かって声を掛ける。
「和花子さん、来てもらえますか?」
大きくもなく、よく響く優しい声に、私は目を開けた。
「はーい。ただいま」
少しして聞こえたのは低く優しい女性の声。
やがてパタパタと足音が聞こえたと思ったら、扉からエプロン姿の白髪の小柄な女性が入ってきた。
私を見つけると驚いたように瞳を大きく開き、一瞬後ろを振り返ると私にゆっくり近いて、優しく抱きしめてくれた。
「つむぎさん・・・貴方は何も悪くありませんよ。謝る事なんて何もない。大丈夫。よく頑張りましたね」
両親にも抱き締められた事がなかった私を、優しく抱きしめて繰り返し諭してくれる。
その温かさに、余計に涙が止まらなくなり、気付いたら眠りに落ちていた。