天空の古井戸を訪れし者
019(作品の整理番号です。気にしないでね)
好奇心と張り合うといつも痛い目に遭う、飽きたら終いのおれさまの詩
◇
うん?
今確か、頭上から声がした様な……気のせいだろうか。
いや、ここは昔から、壁の向こうから誰かに見られているのではないか、そんな気分になって気が変になりそうだったじゃないか。
ここは、そういう場所だった。
それにしても何だろな、今の声は。聞き覚えもないが。
──痛い目に遭うとか、終いだとか。
「まったく薄気味の悪い……」
ま、途切れ途切れで良く聞き取れなかったが。
私は、まだ幻聴が聞こえてしまう程、もうろくはしていないぞ。
しかし妙だな。
あいつらは、一体どこへ行きやがったんだ?
大して広くもない空洞。裂け目や横道がある訳でもない。
古井戸の中の袋小路だ。
どうして居なくなっておるのだ。
この場所は間違いなく私が出る時、外から封印を施しておいた。
いや無論、封印は当時のままだった。
今しがた、私が解いて来たのだ。
あの日以来、この場所への監視の目は無くなったはずだ。
彼此もう、千と数百年になるか……。
私が施した封印は、六芒星の陣だ。
そこを無条件で行き来できる者など、到底考えられぬ。
ましてや、あいつらは魔物だぞ。
六芒陣に抗える魔力を秘めた魔物など、耳にした事など無い。
だから、この私でさえも解術して入るしかなかったと言うのに。
一体、何が起きたと言うのだ。
決してあいつらが、外へ這い出てしまえる浅い井戸ではないが。
万が一と言う事もあろう。
外部からの訪問客にも備えて、この場所は隠しておいたのだ。
封印とは、即ち目に触れられぬ様にするものだ。
誰の目からも遠ざけ、ここに古井戸がある事を目視はもちろん地形魔法や探知系魔法も反応せぬ様、全てを封じ切ったのだ。
怪しく思う事も、違和感も覚える術もない筈なのだ。
ここに元々、井戸がある事を知る者でさえ、傍に近づけば記憶封印を受ける。
たとえ感知されたり、疑念の対象となっても、封を解かねば何も出来ぬ。
私のかけた術が低級魔法というなら、まだしも。
だが、私の用いた魔法陣をいとも簡単に解き、元に戻すなど在り得ぬ。
井戸の中の空洞や中から響く音さえも、一切捉える事は叶わぬ高等魔法だ。
私の知る限りでは、魔法の威力には、次元的階級が9つ存在する。
次元的とは、俗に言うランク付けの事を意味する。高位、中位、低位の3つだ。
そこに、各階級が立て分けられている。
高位魔法から見て述べるならば、
高位、高等、高級、中位、中等、中級、低位、低等、低級。
つまり、「位」が最も高い次元の魔力であり、魔法効果なのだ。
逆に低級が、最も低いランクになる。
勿論、低級にも満たない魔力も魔法効果も、いくらでも存在するだろう。
私からすれば、それらは最早、失敗作と言わざるを得ないがな。
もっとも、私だって高位魔法を扱う力量は有しているさ。
だが、この場には、その様な必要性を感じなかった。
感じる訳もない。
それに私の言うあいつらとは、Lv1のスライムと、Lv1の太っちょミミックだ。
私は今、この場所でどうしても不自然に思う事が2つある。
そして、憶測の域をでないが1つの仮説も立てている。
その仮説とは、不自然に思う2点から出て来た発想なのだ。
その根拠となるのが、私が、紛れもなく知る事実も2つある為だ。
私が知る事実、其の一だ。
2匹の魔物は、確かにレベルは1だし、とても弱い。
私の存在に比べれば、蚊トンボでしかない。
ミミックには、スライムを守るように命じておいた事も気になるのだが。
疑問符は、そのような些細な事では無いのだ。
彼ら2匹を弱いとは言ったが、ここには戦う相手がいない。
私の高等魔法の封印を解いた痕跡は全く無い。外部からの侵入者の線は消えた。
一体、彼らを誰が攻撃できると言うのか。
要するに、ここは千と数百年の間、密室だった。
攻撃されたとか、戦闘を余儀なくされたと言う状況では無いと言う事が分かる。
この状況下での可能性を1つ上げれば、何らかの偶発的事故が起きたとは考えられるが。
仮に、ここら一帯に大きな地震があったなら、井戸の内壁も揺れて、頭ぐらいぶつけたかも知れないが、あいつらが、その程度の衝撃で死んだりするものか。
でもまあ、長時間の激しい揺れに遭遇し、2匹が空洞内を転げ回されて、偶然にもミミックの口に、スライムのやつが飲み込まれても、吐き出して問題なしだ。
たとえ、その拍子にミミックがスライムをがぶりと噛んでしまい、スライムの身体が何等分にも引きちぎられたとしても、数日の間に自動治癒という、スライム独自の体質で元通りの元気な姿に戻るから、これも問題は無い。
つまり、ミミックはともかく、スライムについては、「不死」だという事が私の知る、紛れもない事実のひとつなのだ。
だから仮に事故で死んだにせよ、死骸がどこにも見当たらず、破片すら落ちていないのは合点がいかないのだ。
更に仮定して言えば、この場を高位魔法を有する者が通りすがったとしよう。
そして、高等魔法による魔法陣を見破ったとして、その封印を面白半分に解くだろうか。
いいや、その様な虚け者が居るとは思いたくもない。
そもそも、そんなアホに高位魔法など扱えてたまるかと言うのが私の本音だ。
「私なら、己の有する領域でない限り無視するわ、絶対!」
仮に高等魔法による封印場があれば普通に考えて、その地に如何なる化け物が封じられて居るのかが測り知れないと言う考えに至るのが、高位魔法使いの基準見識と言うものだ。
高等魔法による封印術とは、この世の終焉を告げ、あらゆる希望を絶望へと転じ一切を闇に変え、世界を滅亡へと導くと言われる厄災神や魔人、時には魔王クラスの怪物を封じるのに用いるものだ。
それを高位魔法で行わないのは何故か。
封じた対象が封印を破って再び地上へ解き放たれた時、すでに同等の魔力では抑え込めなくなっているからだ。
その対象は封印に於ける魔力を全て喰らい尽くして封より解き放たれる為、より一層、超越した存在に成り果てる事が、魔法世界の歴史の中では常識化されているからだ。
「それでも封印を解くとなればその者は、もはや正気の沙汰とは思えない」と言うことだ。
これが私の封印術を容易く解けない理由と、わざわざ解く者など居ないと断言した理由だ。
◇
なれば私の方こそ、何故この様な大掛かりな封印術を用いてまで、スライム1匹をこの場に封じ込めていたのか。
スライムの君にとっては、さぞかし謎だったことだろう。
ここを何かしらの理由で出られたのなら、外の封印にも気付いたのだろうな。
「私だって、とっくに気付いているよ──」
封印を無視して唯一、壁をすり抜けられるとすれば、それは
高位の転移術しか無いって事ぐらい。
「どこの誰だか知らぬが、余計な真似をしてくれおって!」
もはや仮説だの何だのと憶測を脳内で呈する必要もない。
◇
「──デイン」
私が、かつて呼んだ友の名だ。
スライム1匹で千と数百年、こんな狭くて寂しい所に閉じ込めたままにして、去るしか手立てが無かったあの頃の君のその小さな身体と瞳に誓った約束通り、やっと迎えに来たと言うのに……。
私と君は訳ありで、かつてこの古井戸に幽閉されていたね。
別れ際に君に与えた人語スキルと、書庫サイズの太っちょミミックと書物。
退屈しのぎになればと思っての事だが、何かの役に立っていると良いけど。
「今日、君に逢えたら、ガイアの待つ私たちの世界に戻れたものを」
◇
デイン。
もし君が、私の事でこの場所へ戻ってきた時の為に、ここに転移魔法付きの張り紙をしておくね。
張り紙を見つけたら、手に取って、いや口にくわえて私の名を必ず呼ぶのよ。
私の所へすぐに飛んで来られるから、と書いておいた。
文字を読める様にしてあげたのは、こんな時の為でもあるのよ。
忘れてはいないと信じたいけど、なんせスライム脳だしね、デインは。
「ちゃんと思い出せる様に、そして2度と忘れられないぐらい、衝撃的のある肩書きとともに記して置いたから、良く目に焼き付けるのよ!」
(ウソは書いてない、ぞ)
「デイン……。ここは、エヴァンタシア大陸の天空の里にある、天空城の地下の古井戸よ。私は、デインと太っちょミミックのハルコを連れて、異界からこの地へやって来た、エヴァン」
異界に起きた非常事態により、この夢幻大陸ファナジスタに居る、
『時空のラグナロク』に会いに来た……
私たちは、魔界からやって来た。
「我が名は……、魔界王 エヴァン・ステファニー。」
◇
「この世界に於いても、魔界に於いても、不死の身体を持つのは、デイン、君だけなのよ」
君が、不死になったのもこの世界の恩恵なのよ。
いつの日か、全てを思い出せるようにしてあげるから。
君だけでも、必ず見つけて連れ帰ってみせる。
私と交わしたあの日の約束よ、どうか消えないで待っていて。
ここで過ごした出来事を明確に覚え知る者は、私とラグナロクの2人だけだ。
どうか、ヤツにだけは捕まらないことを、君を想い、見上げる空の星に願っているよ!
武運を祈るっているからね。
読んで下さってありがとう。