黒結晶駅奇譚。
JR黒結晶駅は大陸の呪術大国に対抗するために作り上げた戦略呪術要塞である。有事の際に起動するよう設計されたはずだが、現時点ですでに動き出し、呪術エネルギーを補給し始めていた。
高橋 純子は慌てていた。この雨でもスニーカーが滑らないように、頑張って走っていた。
後ろから誰かが追いかけてきている。気のせいではない。最終のバスから降りた時から同じ方向に歩いている。
そして何度角を曲がっても、足音は付いてくる。
何目当てかは知らないが、あまり良い予感はしない。
とりあえず大通りに出たが、帰宅時間を過ぎているので、人出はあまりない。とにかく人の多い場所に行きたい。
もうすぐ黒結晶駅だが、あそこの駅員は一人しかいない。もしもの事態にはあまり頼りに出来ない。
巻き添えにするだけ。
自分でなんとかしよう。
純子は黒結晶駅をスルーして、もう何百メートルかで着くコンビニを目指した。
ガッ
しかし。黒結晶駅を横切るところで、後ろから手を掴まれた。
「逃げなくても良いだろう?」
男の声。決してかっこいい声ではないが、今の状況ではどんな声も聞きたくはなかった。
「きゃ・・・」
純子は大声を出そうとした。合唱コンクールに出たことだってある。大声には自信があった。
が、声を出す寸前で口をふさがれた。
「へへ。可愛がってやるからなあ」
純子は悔し涙を流し、この後の最悪の事態に歯を食いしばった。
「お客様。お乗りになりますか」
暴漢と純子は同時に驚いた。突如として現れたのは、正義感に燃える声ではなかった。一切の感情を捨てたような機械的な声だった。夜遅くに聞きたい声では間違ってもなかった。声の主はやけに背の低い女性だった。制服を着た駅員であった。
「ば、バカかあっ!乗るかっ!消えねえと、お前もひどい目に・・・」
純子はその後、何が起きたのか知らない。気が付けば、警察と通報してくれた通行人が心配そうにこちらを見ていた。救急車のサイレンも聞こえる。
後で知ったことだが、純子を襲った暴漢は黒結晶駅の犯罪防止ポスターの真横に貼り付けられていた。レール敷設用の犬釘を打たれて。死亡時刻は純子が気を失った直後。
結局、犯人は発見されなかった。純子が目撃したという駅員も、そのような人物は確認されなかった。さらに奇怪なことに、暴漢の遺体には人の手による加圧の痕跡が全くなかった。磔にした際に、手も触れずに作業したのか?そういう疑問が捜査陣の中に渦巻き、そして解消されなかった。
事件は謎のダークヒーローが助けてくれた美談として人々の間で解釈された。俗に言う黒結晶の七不思議である。
「速報です。黒結晶駅周辺で暴漢が発生しました。ご利用者の皆様も十分に注意してください。何かあればお気軽に駅員にお伝えください。速やかに対処します。これからのご利用もよろしくお願いします」
JR(呪術鉄道)黒結晶駅奇譚、おしまい。