転属。
不動 勇気は修羅場にあった。
「黒結晶駅は暴走している。駅だけに。暴走列車」
「・・・」
走ってるのは駅じゃなくて電車だろ、とは言えなかった。相手が上司だから。相手の目線が自分よりはるかに低くても、上司なのだ。
「ほんの少しだけ、黒結晶駅の機能を制限しなくてはならない。完全に止めても、止めなくてもダメ。民間人の被害を減らす。それでいて呪的防御機能は損なわない。具体的には御封札を100枚も駅舎に埋め込めば、まあ良いでしょ」
「100枚。1時間くらいですか」
「んーん。私達だけでやるから8時間」
二人で。戦略防御拠点である黒結晶駅を。国防のために10年の月日をかけて呪力を溜め込ませた呪いの聖地を。
「おれ、腹痛くて病院予約してたんすよ。忘れてただけなんすけど。じゃあそういうことで」
勇気は一世一代の知恵を振り絞り生存策に懸けた。
が、上司は鬼だった。
「ほい、腹痛避けのお守り。内蔵が真っ二つになったくらいならこれでカバーできるから。じゃ、行こうか」
上司である源 青炎から新品のポチ袋みたいな何かを受け取って、勇気は自動車に連れ込まれた。
呪術協会から黒結晶駅までは高速道路を用いて2時間。そして地上道に降りてからは黒結晶駅発のレールから離れて接近しなければならない。レール付近は、黒結晶駅の影響範囲になってしまうからだ。
「黒結晶駅のことを考えてはいけない。黒結晶駅に取り込まれるから」
「ええ・・・?精神コントロールは習いましたけど、そんな長時間は無理っすよ」
「はい御札。これで目の前のことしか考えられなくなるから。高速降りたら貼ってあげるね」
「ありがとうございます。・・・・黒結晶駅直前になったらどうするんですか?封印をする前は」
「それはこっち。ドライバーは黒結晶駅の近くに停めて睡眠をとって8時間後に出発する御札。私達は黒結晶駅のGPS位置に接近する御札。これで意識せずの自動行動が取れる」
完全に心身操縦の術じゃん。そう思いはしたが、死なないだけマシかな、と勇気は飲み込んだ。ちなみに心身操縦の術とは、捕えた敵を囮にする場合などに用いられる、使い捨て戦術である。もちろん、操られる対象の精神状態健康状態の心配などは一切されない。
「吉田くん。地図は頭に叩き込んだね?」
「はい。出来る限り」
心身操縦の術は、かけられる対象に出来ないことは出来ない。人に空を飛べと命じても、崖から落ちるだけだ。そうではなく、「何時何分発の飛行機に乗れ、何々空港で」と具体的に指示を入れれば、そう動かすことが出来る。ただしその場合、空港の位置が対象者の頭に入っていなければならない。命じられてから自発的に調べるなど、余分な動作は不可能なのだ。
ゆえにドライバーの吉田は今日の日のために黒結晶周辺の地図を夢に見るまで記憶し続けた。これで無意識に動ける。
「危険手当、頼みますよマジで」
勇気もいよいよ覚悟を決めた。というよりここまで来て逃げたらクビだ。
「大丈夫。予算なら無限にあるから」
なぜ無限にあるのか。勇気は聞く気はなかった。合法?と疑問を抱くことすらしたくなかった。
「そろそろ着く。生きてまた会おう」
そう言って、青炎は吉田と勇気に、そして自分自身の額に御札を貼り付けた。
青炎は作戦の成功率を五分五分と見ていた。ま、起きた時に全てが分かる。そうして意識を失い。
パチリ
瞬きをした。自動車は走っている。計画通りに。
「どうだ」
翌日?作戦は成功した?
しかし。吉田の運転する車はどんどん黒結晶駅に近寄っているように見える。御札が機能しているなら、今頃は高速道路で黒結晶を離れているはず・・・。
「吉田くん。迂回路かい?」
返事はなかった。真横の勇気青年を見ても、御札が剥がれているのに、意識が戻っていない。目を閉じたまま。
残念ながら勇気くんは戻ってこれなかったか。たまにこういうことはある。1割くらいの確率で。
・・・しかしこの現状はなんだ。
もし。作戦が失敗していたなら、自分の意識があるのはおかしい。とっくに取り込まれていて、自我など認識できはずもない。
だが、ならばなぜ吉田は返事をせず、黙って黒結晶に向かっている。
ケータイを確認してみる。
日付は、今日。どころかそれぞれに御札を貼ってから数分しか経過していない。
「黒結晶へようこそ」
明らかに人間の声ではない声が、吉田の口から。機械音声。いや、駅のアナウンス?
操られたのは吉田か。
後部座席から青炎は、魔除けの御札(物理爆破による強制覚醒。または強制失神を促す)を吉田の額に貼り付けた。
ボウッ
燃えたのは御札だけ。吉田の運転にはいささかの動揺もなかった。
「素晴らしい術です。あなたほどの呪術師に来てもらえれば、黒結晶はもっと強くなれる。共に日本国のために戦いましょう」
「同感だけど、同意しないわ」
青炎は呪術防御をほどこした車からの脱出を試みていたが、全力を込めても、窓ガラス一枚破れなかった。本気を出した青炎の一撃はビル一棟を崩壊させるのだが。どうやら完全に黒結晶の支配下か。
「・・・先輩」
「・・・」
隣の席の勇気の発言に、青炎は耳を貸さなかった。完全に操られ、呪言を発するだけの存在と化しているはずだから。
「・・・黒結晶では食費がかからないって・・・。住居も用意してくれるって・・・。お給料も合法だって・・・」
本当に自我を失っているのか怪しい後輩の言うことに、青炎は耳を貸さなかった。
対策が分からない。本部呪術師が気付いてくれたとして、彼女らと青炎に明確な力の違いはない。
「対策など必要ないのです」
心を読んだ。この源青炎の呪術防御を貫いて。
だが必ず何か方法はあるはず。今の自分に意識があるのはピンチをチャンスに変えるため。
そして青炎は黒結晶に踏み込んだ。
「速報です。黒結晶駅に新たな従業員が参加してくれました。みんなで力を合わせて頑張りましょう」