未来予報
桜前線がまだ西日本でくすぶり続けていたある日。姉が出ている朝のニュース番組がいつも通りに始まった。しかし、彼女にとって今日は特別な日だった。今日は彼女にとって最後の生放送なのだ。
出番である天気予報のコーナーに入る。だが、姉の仕事はほとんどない。隣には姉が「あのロボット」と呼ぶ、適度に美人で感じの良い、天宮 陽さんが立っている。彼女はにこやかに予報を伝え、桜の名所を案内していく。姉は彼女に振られた質問に台本通りに答えていくだけだ。もはやどちらが「ロボット」なのか判らない。姉はただ着せ替え人形のように毎日衣装だけを変えて「ロボット」の側に立ち続けていた。
姉の「ロボット」呼びが業界用語なのか個人的な恨みによるものかは判らないが、厳密に言えば天宮さんはロボットではない。彼女が物理的な機械の身体を操るのはインタビューなどのために必要な時だけで、テレビ画面に映る彼女は大抵合成かホログラムだ。彼女の本性は局のイントラネットに接続されたAIが放送内容に合わせて使い分ける複数のキャラクターの一人「お天気お姉さん 天宮 陽」である。
AIやアンドロイドと人間の役割が逆転したのは5年程前だろうか。10年前、ニュース番組に人間を模したAIが導入された当初は、災害時の対応に課題があったり、表情や動作が不気味であるなど不満の声も多かった。しかし技術は日々進歩を続け、今年で3年目になる天宮さんも今やVer.6だ。AIも3Dモデルも機械の身体も全て本物の人間そっくりで見分けることは難しい。また、導入以来ミスやトラブルの類は一度も起こっていないと姉は言っていた。
それでも姉が今日までお天気キャスターを続けられたのは、高齢者など一部の人々が完全な機械化に反対していたからだ。しかし、そんな人々の数も日に日に減って行った。
視聴者が「人間から得た情報こそ信用できる」という錯覚を持たなくなれば、いつの日か「ロボット」は人の姿を借りる必要もなくなるのかもしれない。
何はともあれ今日、ついに姉は失業する。
春の番組改編さえ乗り切れればまだチャンスはあると息巻いていた姉にとって今回の件は屈辱だったのだろう。視聴者へ別れの挨拶を告げる姉の笑顔には、長年の観察経験によってのみ見いだせる悲しみと口惜しさが滲み出ていた。お天気キャスターは姉の小さなころからの夢だった。だが、子供の頃思い描いた未来を実際に歩める者は少ない。子供には社会は変化するものだという実感がないから、周りの大人たちを見て、自分たちも将来同じように暮らしているのだろうと思ってしまう。だが、加速度的に技術が進歩し、社会がめまぐるしく変化する現代において親世代と子供世代が同じような人生を歩むことなどあり得ない。
祖父は中学生の頃、大人になったら上京してディスコで踊り明かし、札束を振ってタクシーを止めるのだろうと思っていたそうだ。だが今のところ祖父はディスコに行ったことなどないし、振れるほどの札束が財布に入っていたこともないそうだ。
また、母の夢は結婚して専業主婦になることだった。だが、結局そのどちらもかなわなかった。母は働きながら精子バンクを利用して僕たちを産んだ。だから僕と姉は遺伝上の父親が違うし、厳密にいえば二人とも遺伝子操作されているので純然たる父親は存在しない。この技術が出来てしばらくはいろいろと問題になったそうだが結局は遺伝病の治療用として認められ、その後はなし崩し的に利用範囲が拡大していった。僕たちはその第一世代だ。また、僕の方は母の遺伝子まで弄っているので、姉との血のつながりは半分以下ということになるのかもしれない。
血のつながりは薄くとも二十余年を共に過ごしてきた腐れ縁の仲間として、僕は姉を憐れんだ。小さなころから夢を持たずどこか冷めた子供だった僕に、適性がないと診断されながらも努力を重ねてようやくつかんだ夢を失った姉の心中を推し量ることなどできない。だがきっと、文字通り身を引き裂かれるような思いなのだろう。そう考えれば自分で自分に夢という呪いをかけてしまわなかった僕は幸運だったのかもしれない。おかげで情熱のない大人に育ってしまった代わりに、平穏な心と自由な生き方を手に入れられた。
夕方、家に帰ってきた姉は一言も話さず自分の部屋に入っていった。今の姉にどんな言葉をかけても無駄であることはわかっている。彼女にとっては子供のころに見たテレビのお天気お姉さんになることが人生の全てであり、妥協も別の生き方も考えられないのだろう。夢に呪われるとはそういうことだ。時間が心を癒し、呪いが自然に少しずつ解けていくのを待つしかない。
だが、僕は姉が強い女であることを嫌というほどよく知っている。普通の人なら何年も、あるいは一生かけて背負い続ける呪いかもしれない。それほどまでに姉はこの夢に懸けていた。だが、きっと姉なら数か月もすれば別の方法で夢をかなえようと模索するだろう。完全には呪いは解けなくても前に進めるだけ弱まれば十分だ。そしてそのうち生の人間を使うことにこだわっているネット番組の仕事でも見つけてくるだろう。
もしそうならなかったとしても悲観することはない。今の時代食うに困ることなどまずないし、冷静になって周りを見れるようになれば生きがいなんて割とどこでだって見つけられるものだ。僕は子供の頃、楽な仕事に就きたいと思っていた。だが予想は外れ、結局僕は就職などしなかった。昔と違い仕事はほとんど「ロボット」がやってくれる。社会奉仕活動への参加を条件にもらえるベーシックインカムがあれば贅沢とは言えないが暮らしていける。幸い趣味も物書きで金はあまりかからない。小説のようなものを書いては誰に見せるでもなくAIに評論してもらい点数をつけてもらう。最近上がってきた評価とAIがはじき出す推定売上をみて一人ほくそ笑む。生きる意味なんてこんなものでいいのだ。
本当に諦められない夢があるなら追い続けるしかない。他の道に行ってもそう簡単に解ける呪いじゃないからだ。だがもし夢が無かったり、すぐに諦められるものだったとしたら、自分で自分の生き方を制約する必要はない。何かに懸けることだけが人生の楽しみではないのだから。




