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Entanglement(もつれ)  作者: 千原樹 宇宙
3/5

ツイッター



                   ツイッター



 自転車は快調にゆっくりと海に向かって近づいている。


・・・・道路の手前で・・停まろう・・・・


 海岸沿いの亘理岩沼線手前で、自転車を停めると目の前には、綺麗に整地された広大な土地が只々無機質に左右に広がっていた。高く盛られた護岸のお蔭で、海は全く見えない。護岸工事は続いているらしかったので、家の有った場所に行くことも出来ない。荷物を満載のトラックが列をなして、次々と名取方面に走り去って行くばかりだ。死ぬ前からこの道は、仙台港からの荷物を満載した大型トラックの為の道だった。津波に襲われる前には、海岸沿いに何千本と生えていた松の木々が、殆ど、消えていた。温もり等一つも無い無機質な土地になっている。


・・・・これじゃ分からないよ・・確か・・家は・・あの辺りだった筈だけど・・・・


がっかりしてしまった。何もかも変わってしまい思い出は、思い出でしか無くなり記憶の中で、思い出すしか出来なくなってしまった事に、心は、急速に落ち込み始める。悲しさに涙が、頬を伝っていたけど、気にしなかった。誰もいない。無機質な走り去るトラックと無機質な広大な土地とどこまでも青い空だけだった。


・・・・ノ・ノンちゃん・・うっ・うっ・・あ・逢いたい・・逢いたい・・ノンちゃん・・約束したのに・・うっ・・ぐすっ・・ま・守ると誓ったのに・・守れなかった・・ごめん・・ごめんよノンちゃん・・うっくっ・・何もかも変わってしまった・・僕の・・ぼくの・・遺体は・・どこに行ったんだろう・・悲しいよノンちゃん・・・ノンちゃんの住んでいた家も・・・何もかも消えてしまった・・・・


大声で泣きたかった。泣いてもどうしようもない事は分かっていたけど、泣くことしか出来なかった。泣いた。泣いた。記憶の中でノンちゃんの「百万ドルの笑顔」が蘇る。泣いた、声を出して泣いた。泣くしか出来なかった。12年の歳月の悲しみを吐き出した。泣くしか出来なかった。


・・・・もう少し・・見なくちゃ・・・・


と思い仙台港方面に自転車を走らせると、見たことのある女の子に気がついた。

「あれ、あれは・・畑山さんじゃないか・・」畑山 那奈さんが、自転車の傍に立っていた。


・・・・ど・どうして・・ここへ来たんだろ・・・どうしよ・・話しかけるか・・・・


悩んだ。涙顔で話しかけるのも気が引けた。どんどん近づく。


・・・・どうする・・なんでこんなとこまで来たんだろ・・・・


踏ん切りがつかなかった分、距離が急速に縮んでいく。

「こ・今日は・・畑山さん・・でしょ・・」立っている畑山さんの傍に降りると、

「来ないで・・」と言われてしまった。

「・・・・・・」


・・・・な・泣いてる・・・・


畑山さんの目には、はっきりと泣いた跡が見える。

「ご・ごめん・・帰るよ・・僕」帰ろうとすると、

「一緒に帰りましょ・・」と、真逆の事を言われてしまった。

「えっ・・・」


・・・・な・なんだこの子は・・・・


マジマジと見てしまった。マジマジと見たことは無かった事に気がついた。


・・・・こ・こんな可愛い子だったんだ・・・・


実際に、ほぼ丸顔で二重で目がくりっとしている。まともに面と向かって見たことは無かった。その畑山さんが、飛んでもない事を口にした。


「私、ここに住んでいたの・・」

「えっ・・す・住んでたって・・」唖然として畑山さんを見つめてしまった。


・・・・す・住んで・・たって・・・・


「そう住んでいたの・・あの日・・・波に呑まれて・・死んだの・・」悲しそうな声が、震えてる。

「えっえっええええ~~~し・死んだって・・だ・だって生きてるでしょ・・」声が、ひっくり返っている。


・・・・ぼ・僕と・・お・お・同じ・・あ・あ・有り得ない・・・・


「そう・・死んで生まれ変わったの・・この世にね」魔女のように思えた。

「げっえっええええーーーうっ嘘ぉぉぉーーー」

「あなたもそうでしょ・・大君」

「うわっああああああーーーーひえっえええええーーーど・どうして・・知ってるんだあああああーーー・・」吃驚仰天どころか、天地がひっくり返った様な衝撃を受けた。


・・・・ぼ・ぼ・僕のな・な・名前を・・・知ってる・・うっ嘘だああああーーー・・・・


畑山 那奈さんの言葉に、返事は、暫く出来なかった。畳み掛けるように、

「私は、浦田 紀子・・大君の婚約者よ・・」届いた言葉に、意識が宇宙の彼方まで飛びそうになっている。凄まじい衝撃が、来た。


どっがっあっああああああーーーーーん


心臓が胸を突き破って出てきそうだった。


「・・・・嘘だろ・・ど・どうして・・ぼ・僕の名前を・・」眼の前が、暗くなっていく。

「高坂 大よあなたは・・私はノンチャンよ・・信じて大君」

「・・・・・・」

「・・・・・・」

二人で、見つめ合ってしまった。


「おい、大君よ・・俺だよ・・」不意に背後から、声がした。


どっぎっいいいーー


恐る恐る振り返れば、日本海じゃなく、天才児童高木 翔平と武藤 彩佳さんが、いつの間にか後ろにいたのには、心底震えが全身を走りだす。

「ど・ど・ど・・して・・」言葉が出なかった。

「俺と岬ちゃんはここで死んだんだよ・・大君よ」

「げっえっえええええーーーーひっえ~ええええええ~~~う・嘘おおおおおーーー」


ショック山どころか、富士山よりも高かった。


・・・・なんか変だ・・・おかしい・・おかしい・・・有り得ない・・こんな事って・・・・


物凄い違和感があった。


・・・・ど・どうして僕がここに来るのが分かったんだろ・・一度も話した事もないんだぞ・・・おかしい・・なんで急に・・健斗と岬ちゃんが・・ノンちゃんまで現れるんだ・・・おかしい・・・・


「か・帰る・・帰る・・」

「帰らないで、大君」

「帰るな大・・」


・・・・不味い・・これは・・不味い・・逃げよう・・ここから離れるんだ・・急げ・・急げ・・・・


物凄い違和感が全身を覆っている。冷や汗が全身から吹き出し始める。何故かしら、口では言えない危険を感じて全身がカタカタブルブルと震えだす。兎に角、この場から離れなければならないと思い、慌てて自転車に乗って、力一杯漕ぎ出す。


・・・・くっくそぉぉーー進まない・・もっと漕げえええーーに・逃げるんだ・・ここから離れろ・・・兎に角・・離れろぉぉぉーー・・・・


 力の限り自転車を走らせる。平野は広く、一直線の道をひたすら進むけど、目にする町並は遥かに遠い。永遠に辿り着けない様な気がして、必死に漕ぐ。後ろを見る事など出来なかった。漠然とした思いがあった。


・・・・あれは・・ゆ・幽霊に違いない・・有り得ない・・有り得ない・・・・


沖野目指して、思い切り自転車を漕いだ。心臓が爆発しても構わない、そんな思いで、必死に自転車を漕ぐ。ところが、ある地点を過ぎると、不意に空気感というか、違和感が無くなった。現実が戻った。


・・・・も・戻ったあああーーーうわあああーーーよ・良かったああああーーあ・あ・あそこは異界だったんだ・・はふうううううううううーーーーふぅぅーーー現実に戻った・・・・


やっと、後ろを見る勇気が持てた。ゆっくりと振り向くと、さっきの場所にはあの三人の姿は見えなかった。


・・・・き・消えた・・い・いない・・あふぅぅーーー・・・・


 何がなんだか解らなかった。違和感が消えてさっきのあの三人の事を考え始めていた。自転車をゆっくりと前に進めながら、考える。


・・・・なんで僕の名前を知っていたんだろう・・・浦田 紀子って名乗ったし・・・天才児童高木 翔平が健斗で武藤 彩佳が岬ちゃんと言ってた・・う~~む・・有り得ないけど有り得るよ・・・だって・・僕は高坂 大の産まれ代わりだもの・・・あの三人だって産まれ代わりって事だって有り得るし・・天才児童だし・・・記憶を持ったまま産まれ代わったとしたら・・・・


 家が近づいて来る。


・・・・聞こう・・聞いてみるんだ・・・もし生まれ変わりだったら・・強い仲間になるよ・・きっと死んでいたとしたら・・ノンチャンに逢えるじゃないか・・良し明日聞いてみよう・・・・


「ただいまぁー・・」

「あら、早かったのね・・啓ちゃんお腹空いてないの?」

玄関に入ると無事に帰ってきたのが嬉しいらしく、ママが居間から飛び出してきた。


近頃、益々、日本のお母さんになっている。


「うん、空いたよ・・」

「じゃ、ご飯食べに行こうか・・」

「いや良いよお家で食べたいよ、勉強もしないとね・・」と言うと、すかさず、

「食べに行こうよ、じゃさ、ラーメンならどう?」自慢の息子を連れて行きたがるのはいつもの事。

「うん、分かった、ラーメンで良いよ、幸福園でしょ」

「そう、あそこの餃子美味しいからね・・さぁ~行くわよ」僕の気が変わらないように、玄関からでてしまった。

「車乗って・・」

「うん・・」


・・・・ママを大事にしなくちゃ・・育てて貰った分必ずお返ししなくちゃ・・・・


 ママもパパもとても大事に育ててくれたから感謝の言葉しか出てこない。


・・・・ありがとうママ・・・・


 次の日、いつもの日常が始まった。特別待遇の天才児童4人は、兎に角、異常なくらいに勉強熱心だった。特別に選ばれた教える先生達も、天才児童に負けないように、日夜勉強しているようだ。


 そして、天才児童達の相乗効果で他の生徒達も、なりふり構わず生徒同士で競争していた。


・・・・お昼に聞こう・・聞くんだ・・・昨日の海での出来事も聞こう・・・・


昼食が終わって本を広げて読んででいる畑山 那奈さんの横に立って、

「畑山さん、少し時間取れないかなー」恐る恐る小さな声で言うと、

「来ると思ってたわ、行きましょ大君」あっさりと死ぬ前の名前で呼ばれてしまった。

「げっえっええーー・・」

驚きが全身に広がっていく。


・・・・うっ・あれ・あれは・・事実だったんだ・・・・


「高木くん、武藤さん行きましょう・・」

「うん・・行こうか大」

「はい・・ノンちゃんやっとだわね」

「うん・・」


がああああああーーーーん


昨日のショックが再び、全身に広がる。


・・・・な・なんて会話してるんだ・・この三人・・・・


 4人連れ立って教室を出ると、教室内からざわめきが巻き起こっていた。入学してから、一言も口を聞いたことのない天才児童4人が、一緒に出て行ったものだから、他の生徒達に大きな驚きを与えたようだ。少し離れた階段近くの廊下の片隅に円陣を組むように、互いの顔を確かめる近さで集まった。

「最初に僕から言います・・」畑山 那奈さんに向かって言うと、

「どうぞなんでも聞いて・・大君」那奈さんは俺の名前を呼んだ。俺をじっと見詰めるその大きな目に薄っすらと涙が見えた。


「あまり時間が無いから、今度の日曜日に皆で会わないかな?」

「そうね、良いわ大君・・」武藤さんが頷く。

少しの間を置いて、

「私達は、随分前に話したの・・」畑山 那奈さんが言う。

「大君が気がつくまで何も言わなかったの、私達」武藤さんがなんとも言えない表情している。


・・・・そ・そうか分かったよ・・この三人は自分達は誰なのかを確かめあったんだ・・・・


 どうしても昨日の違和感について確認したかった。


「昨日、海岸に行ったかい?」

「行ったわ・・私達」


がああああーーーーん


・・・・や・やっぱりか・・じゃあの違和感はなんだったろう・・・・


「きっと大なら来ると思ってたよ・・」

「やはり来たわ・・きっと来ると思ってたの・・」

「あそこに居た時違和感に襲われたんだ・・」未だに違和感がある。


その時だった。

「ほぉう~~珍しい事もあるんだ、天才児童4人がなんの談合してるんだい?」と教育委員会から特別に選ばれた橋本先生が階段を上がってきて、声をかけてきた。

「あっ、もうこんな時間ですか・・」

「さぁ~授業始めるよ・・席に着いて」

「はい、」

「はい」


先生に言われるがままに、席に座って授業が始まった。


・・・・日曜日までしっかり勉強するんだ・・ノンちゃんが生きていた・・本当ならこんな嬉しい事は無い・・・名前は違ってもノンちゃんだ・・僕の大好きなノンちゃん・・キスしたノンちゃん・・・・


 日曜日は、快晴だった。部屋の窓から見る空は、どこまでも澄んでいた。


「ママ・・お願いあるんだけど」居間に下りてママにお願いする。

「な~に啓ちゃん・・」

「12時に長町のモールに連れてって・・」

「モール・・なにか有るの?」滅多に外出することのない僕に怪訝な視線を向けるママ。

「友達と会うことにしてたの」

「まぁ~お友達出来たのね・・」

「うん、」

「良いわよ、ちょうどお買い物もあるから、一緒に行こう」ママは僕を連れ出すのがとても好き。


 自転車で行くことも出来るけど、沖野町内から長町モールまではそれなりの距離がある。あの日、死ぬ前にモールで会う約束だったけど、約束は果たせなかった。だから、モールで出会うことは直ぐに決まった。長町のモールには、食堂やレストランや寿司屋や映画館等在るので、どこかに行くということは無い、全て、モールで完結できる。


 車は、モールの駐車場になんとか駐車した。混んでいるのは日曜日だから。


「ママはお買い物してるから啓ちゃん達はどうするの?」車から降りながらママは聞く。

「うん、友達とお昼ご飯食べる約束してるんだ・・」

「そうお昼ご飯ね、お金有るの?」

「あるよ、心配しないで」

「終わったら、携帯に電話してね、一緒に帰りましょ」

「うん、電話するから・・少し時間かかるかも知れないよ、ママ大丈夫?」

「どれくらいかしら?」

「2時間くらいかなぁ~・・」

「じゃママ映画見てるわ・・」

「うん、ごめんねママ」

「良いわよ、良かったね啓ちゃんにお友達が出来たんでしょ」

「うん・・」


 ママと別れて、待ち合わせの場所に行くと、既に3人は居た。


「ごめん遅くなった・・」

「なんで来た、大」

「ママに送られてきたよ・・皆は」

「同じよ・・」岬ちゃんが答える。

「じゃさ、レストランに入ろう、お昼ご飯食べながら話そうよ」

「良いわね・・」


 天才児童4人は、レストランに入りテーブルに腰掛けた。ノンちゃんが隣に座ってくれた。食事は、全員一致のハンバーグランチを頼んだ。


いきなり本題に入る。

「この前どうしてあんなに違和感が有ったんだろう、なんだか怖かったんだ・・」3人の表情を見ながらあの時の感じを話した。直ぐに、

「それは多分、見つからないからだと思うよ・私達未だ行方不明らしいの・」ノンちゃんが小さな声で言った。

「私もそう思う、初めて行った時、凄い違和感を感じたもの・・」岬ちゃんだった。

「そうか、未だ見つかっていないからか・・捜すしかないのかも知れないなぁ~・・」


・・・・捜すと言っても・・もう12年経った・・・・


「見つから無いかも・・あれから12年過ぎたのよ」ノンちゃんが哀しそうだった。

「ノンちゃん・・ノンちゃんで良いんだよね・・」

「大君・・ノンちゃんと呼んで・・どれだけ逢いたかったか・・ぐすっ・・うっ」ノンチャンの目から、涙が溢れ出る。

「だ・大丈夫だよ・・こうして逢えたんだよ・泣かないで・・」そう言いながらノンチャンの右手を握っていた。

「あ~~嬉しいぃぃーー」


嫌がらなかった。握ると強く握り返してきた。


・・・・あ~~ノンちゃんだ・・本当にノンチャンだったんだ・・こうして逢えて・・うっ・嬉しい・・うっ・・ま・待った甲斐が・・12年・・待ったんだ・・うっ・・うっ・・・・


涙が溢れ出てきた。無性に抱きしめてやりたかった。でも12歳の児童が、抱き合うわけにはいかない。あくまでも12歳だ。

「泣くな大・・始まったんだよ・・運命が動き出したんだ」

「うっ・うん・・」

「岬ちゃんと俺は随分泣いたんだぜ・・」健斗も涙目になっている。


ハンバーグが運ばれてきた。遠慮しないで4人は食べ始めた。勉強する為には、食事はしっかり食べなければならない。勉強は体力勝負だ。頭をフル回転させるとエネルギー消費量が多くなると思っている。


あの日、生きていればモールでこうして楽しい時間を過ごせた筈だった。途切れた人生が、再び、動き出した。


「最初にする事は、両親を捜す・・か」食べ終えた健斗が、言う。

「この前区役所に行ってきたんだけど、個人情報がどうとかって教えて貰えなかったんだ・・」僕が言うと、

「私も行ってきたけど教えてくれなかったわ・・」ノンちゃん。

「俺もだよ・・」

「どうやって捜すの?」岬ちゃん。


・・・・そうなんだよ・・どうやって捜すか・・手がかりは無いし・・・・


区役所のあの受付の女性の顔が浮かんだ。


「震災復興住宅とか手当たり次第に捜すしか無いのかな~?」健斗が途方にくれた様な顔をしている。

「いや、僕の考えは、両親よりも良太を探そうと思っているんだ」

「りょ・良太・・なんで?」怪訝な顔をして僕を見る。

「きっと良太は現在でも僕達の両親達と連絡取り合ってると思うんだ、僕達が死んだことは知ってるからさ・きっとお墓参りも欠かさないよ良太は・」良太の笑った顔が目に浮かぶ。

「そっか良太の家は、海岸沿いじゃ無いから津波には襲われていないよ間違いない、良太生きてるとしたら38歳だぜ・・」

「結婚してるんだろうな・・」


・・・・38歳か・・・あれから12年経ったんだ・・・・


良太の顔が浮かんだけど38歳の良太の現在の姿・顔は想像がつかない。


「でも仙台に居るかどうか分からないよね・・」岬ちゃん。

「個人情報保護法で、役所は無理だとすれば、どうする?」

「ツイッターを利用しましょ・・」ノンちゃんが言い出した。

「つ・ツイッター・・か・・」


・・・・ツイッター・・・使った事は無いけど・・ツイッターか・・・・


「毎日、良太君宛に書き込むのよ」ノンちゃんが自信有りげだ。

「どうやって、何を書くんだ?」

「現在の私達の名前ではなく、死ぬ前の名前と現在の電話番号、メルアドとか・・連絡下さいって」

「きっと誰かの目に入るわよ・・」ノンちゃん。

「ネット社会だものね・・」岬ちゃんも賛成らしい。

「だったら親にも書いたら・・」

「何もしないよりは良いわ、毎日何度も何度も書けば、きっと誰かが見てくれるわ」前向きなノンちゃんの表情は、真剣そのものだ。


少しの沈黙があった。それぞれにどうやれば効果があるのかシュミレーションをしているようだ。


「私達の死ぬ前の名前で連絡取りたいと書いたのを誰かが見れば、おかしいと気がつくはずよ」ノンちゃん。

「38歳の同級生だって見るかも知れないでしょ、見ればおかしなツイッターあるって、必ず連絡するよ、いたずらかも知れないと思うだろうけど、良太君にしか分からない事を書けば、良太君は何故知ってるって考えるはずだわ・・」流石わノンチャンだと感心した。


・・・・顔は全く違う人間だけど・・ノンちゃんなんだ・・・あ~~逢えたんだ・・・・


「良太にしか分からない事か・・例えば良太が口説いていた彼女の名前とかさ・・」あの時の良太の連れてきた彼女の顔が目に浮かぶ。

「ノンちゃんと婚約した日の宴会とかね・・」

「楽しかったよなぁ~婚約の日の大のはしゃぎようは凄かったもの」健斗が言った途端に、

「うっ・・うっ・・」ノンちゃんが目を閉じて、嗚咽しだした。

「あっ・・な・泣かないでノンちゃん・・」健斗も涙ぐんでいる。


・・・・婚約の後・・津波に襲われ・・死んだんだ僕達・・・なんて残酷だろ・・なんて運命だろ・・でも・・でも・・うっ・・うっ・・こうして・・逢えたんだ・・・・


「ご・ごめん・・こうして大君に逢えるなんて・・ぐすっ・・うっ・・」ノンちゃんと言うか那奈さんの大きな目から大粒の涙が頬を伝って落ちる。


 4人が泣いていた。


「相談だけど、現在のパパやママに本当の事を言ったほうが良いと思う?」

「思わない、産んでくれたパパやママには言わないほうが良いと思うわ、私は」岬ちゃんが、きっぱりと言った。

「私も、両親は両親だよ、変わらないよ、私達が死んだ人間の記憶で生きているなんて言えないわ、却って混乱させるし哀しませるわ・・」ノンちゃんも言わないと確かに言った。

「じゃ、死んだ時のパパやママには言わないの?」

「言うわ、どれほど悲しんだかパパやママ・・」ノンちゃんの表情には悲しみが溢れている。


・・・・どれだけ泣いたんだろう・・ノンチャンも岬ちゃんも・・健斗も・・・・


自転車で行った長浜の海岸沿いの道路でも、声をあげて号泣したのを思い出す。あの時、ノンちゃんも泣いていた。津波のユーチューブを見てどれだけ泣いた事か。でも、両親には、泣いた姿は見せたことは泣い。隠し通してきた。


「良しでは決めよう・・」

「何を・・」

「僕達4人の秘密の約束をしよう」

「秘密の約束か・・良いよ」

「まず第一に、現在のパパとママには僕達の転生のことは言わない、第二に現在のパパとママや兄弟は大事にする事、第三は、死んだ時のパパやママには本当の事を言う、第4には勉強は死に物狂いでする、第5はこの約束は絶対守る・・これでどうかな?」僕は、スラスラと言葉が出ていた。

「良いと思うわ・・」

「私も賛成」

「俺も賛成だ・・」


 こうして4者会談は、終わった。明日までに、ツイッターに書き込む文章を学校に持ってきて検討する事にして、レストランを出た。奇異な視線は無視した。12歳の中学生の大人びた仕草に、他のお客は不思議なものを見るように見ていたようだ。ヒソヒソと話し込んだり、泣いたりしている4人の中学生は未だ幼さの残る12歳だが、生きていれば38歳とは誰も知りはしない。

                  


 ツイッター作戦が始まった。4人共アカウントを作成して、書き込みが始まった。


鈴木 良太様へ


 良太様、僕は、高坂 大です。浦田 紀子 婚約した通称ノンちゃんも庄司 健斗も小泉 岬ちゃんも、貴方に連絡を取りたいと思っています。一度お会いしたいと思っております。ご連絡願います。

携帯電話 090-34○○-○○○○  mail daikousaka@○○○.○○

                                高坂 大


 簡単な文章でのツイッターへの毎日の書き込みが始まった。直ぐに返事が来るとは思っていなかったのは、4人の共通した考えだった。ノンチャンも、岬ちゃんも、健斗も似たような文章で、毎日書き込んでいる。


 いよいよ東北大学入学の季節が、近づいてきた。今日は、卒業式。パパもママも爺ちゃんも婆ちゃんも妹も出席すると何日か前から大騒ぎしていた。


 朝、家を出る時に、

「啓ちゃん、おめでとう・・ほんと頑張ったわ、成績も優秀だし、東北大学への進学も決まったし、ママ貴方にお礼を言うわ、ありがとう・・ぐすっ・・うっうっ・・」床に正座した和服姿のママが泣き出した。

「バカ泣いたら駄目だろ、今日はハレの日なんだよママ・・」

「えぇーー分かっているけどママ嬉しくて・・うっ・・」すっかり日本の母親になったママを見詰めながら、

「ありがとうママ、育ててくれて本当にありがとう・・じゃ先に行くよ・・」頭を下げて居間を出た。

「送って行こうか?」パパの声がしたけど家を出た。


 自転車をゆっくりと漕いで学校へ向かう通い慣れた道を走りながら、


・・・・あ~~~無事に卒業出来た・・・どうしても卒業したかったんだ・・高坂 大として中途で果たせなかった卒業式を・・今日迎える・・・大・・おめでとう・・・良かったな・・・・


自然と涙が溢れてくる。涙目は危ないと思い、自転車から降りて押し歩きをしながら学校へ向かった。春未だ遠い感じの風景が広がっている。


・・・・ママ・・パパありがとう・・・ほんとに感謝してる・・・僕を産んでくれて・・ありがとう・・ノンちゃんに健斗にも岬ちゃんにも・・・逢えたし・・親孝行しっかりしなくちゃ・・・・


 あれからノンちゃんとは、何回かしか逢っていない。その代り、毎日電話で話している。どれほど電話が嬉しいか、ノンちゃんの声を聞けるだけで、幸せな気持ちになる。昨夜も、夜に話した。


「ノンちゃん・・今晩は」

「大君、声聞きたかったわ・・」

「僕もだよ、嬉しいよ」

「ところでツイッターの返事あったぁー?」

「いや全然何も無いんだよ・・」

「私のところにも全く無いの・・」

「待とうね・・待つしか無いよ・・根気よく頑張ろう」


・・・・未だ3週間しか立ってないんだ・・焦ってもだめだよ・・・・


待つしか無いと思っていると、

「ねぇ~大君・・私をどうするつもり?」と突然言われてハッとした。

「えっ、どうするつもりって・・」

「私達婚約したでしょ・・」

「そうだよ、僕は、ノンちゃんと結婚したいと思っているよ」はっきりと言ったのはこれが初めてだった。

「うっ嬉しいぃぃーーほんとにしてくれるの?」


・・・・決まってる・・絶対・・結婚する・・・・


一瞬で、守れなかった悔やみが脳裏を過る。

「本当だよ、僕はノンちゃんと結婚したいんだ・・時期がきたら結婚の申し込みをするよ」

「畑山 那奈という名前だけど良いのね」声が、甘くなっている。

「良いも悪いも無いよ、必ず、ノンちゃんを守るよ・・守れなかったけど」

「仕方が無いわ・・嬉しいわ・・大君言って」

「うん、好き、ノンちゃんが大好きだよ・・」

「もっと言って・・」涙声になっている。


・・・・嬉しいんだ・・僕も嬉しいよ・・・・


「あ~~何度でも言うよ・・好き、大好きだよノンちゃん」

「あ~~産まれてきて良かったぁぁーー・・私も大君が大好きよ・・」




                    良太



自宅に帰ってビールを飲み始めると、妻の美香が変な事を言い始めた。

「ねぇ~あなた」

「なんだい・ふうう~~美味いよ・・」戸惑った表情をしている愛妻美香を見つめながらビールをぐいと飲み干す。


仕事を終わって真っ直ぐに家に帰る。ビールを飲むのが日課だった。


「おかしなツイッター見たのよ・・」妻は、やはり不安そうな表情をしている。

「ツイッター・・何がおかしいんだい?」

「ほら死んだ大君やノンちゃんとか健斗君に岬ちゃんの名前で・・貴方に連絡してくれって書いてあるのよ、それも毎日、繰り返してあるの?」

「ま・まさか‥有り得ないよ、死んだんだよあいつら・・間違いなく死んだんだよ」


・・・・死んだんだよ美香・・何度も何度も彼らのご両親と捜索したんだ・・この12年間・・・まだ見つからないけど・・・・


「うん、でも、でもね私達しか知らない事を書いてあるのよ」妻は確かにそう言った。

「知らない事って・・」

「例えばあの日、モールで会う約束とか・・私の名前も書いてあるのよ・・」

「まさか・・偶然だろ・・」

「ノンちゃんが婚約したって私達しか知らないでしょ・・書いてあるの」妻の表情にははっきりと不安が浮かんでいる。

「まさか・・なんか気味悪いな・ツイッター見せろ・」

「はい・・」


 居間に置いてあるパソコンを開き、ツイッターサイトにアクセスした。


鈴木 良太様

 庄司 健斗です。大の初デート、美術館行きました。どうしても連絡取りたいのです。

携帯080―〇〇〇〇―〇〇〇〇 メルアド kenntosuzuki@〇〇〇〇.〇〇

お電話下さい。                 鈴木 健斗


「ま・マジか・・」

「そうなの、大君の初デート美術館に行ったのは確かよ」

「し・信じられないわ・・」


鈴木 良太様

 三浦 紀子です。大君との婚約パーティ覚えていますか?どうしても連絡が取りたいのです。

携帯090―〇〇〇〇―〇〇〇〇 メルアド norikourata@〇〇〇.〇〇.〇〇

ご連絡下さい。大君も岬ちゃんも健斗君も待ってます。  浦田 紀子


・・・・う・嘘だろ・・でも・でも・・俺達しか知らない事を・・知ってる・・・・


「ま・参った・・どうして知ってるんだろう大の初デートの事・・信じられないわ・・」漠然とした不安が全身を包んでいる。

「そうなの私もこれ見て、信じられなかったの」

「これは一体なんだろう・・幽霊なんかなぁ~・・」

「毎日、大君に健斗君岬ちゃんにノンちゃん達書いてるの・・」

「何かの騙す手口なんか・・にしても・・他人は知らない事ばかりだぞ・・」


妻と見つめあってしまった。

「貴方に黙っていたけど、高校時代の同級生からも電話がきていたの、変なツイッター有るからみてみろって・・」

「誰だ電話くれた奴」

「特別進学クラスの阿部 祥平さん・・」

「あの阿部か・・彼奴県庁に入ったんだよ・・そうかあの阿部か・・同級会で会ったきりだわ」

「きっと又同級生から電話有ると思うわ・・」

「しかし・・信じられないわ・・」

「どうしたら良いの、これ・・」

「分からないよ・・少し考えて見るよ・・」

「そうね、様子見ましょうか・・」

「うん・・子供達はまだ帰ってないのか?」

「塾よ・・」


 寝室に入っても眠れなかった。


・・・・あいつ等は・・死んだんだ・・間違いなく津波で死んだんだ・・・あの時のご両親の悲しみ方は半端なかったんだ・・見ているだけで辛かった・・4人も殺しやがってと何度叫んだことか・・何度も何度も捜索したけど何一つ見つからなかったんだ・・それでも・・諦めずに捜索してるんだ現在も・・・・


「眠れないわ・・」寝つきの良い妻がそう言った。

「そうだな・・あのツイッターの事考えると・・昔の事を思い出すんだ・・」

「仲良かったものね・・」

「あ~~運命とはいえ酷いことをするものだよ神も仏も居ないってことさ・・」

「ダメ、そんな事言わないの・・」

「そうだな・・お休み・・」


 次の朝、起きて居間に行くと妻がパソコンを見ている。

「早いな・・おはよう・・」

「うん・・又書いてるわ・・ほら・・」

「どれ・・」


 ツイッター画面に確かに書いてある。

「こりゃ一度会わなければならないか・・」

「そうね、でも気をつけないと・・」

「会う時は、モールで会おうよ一緒にさ・・」

「そうね、モールで会う約束出来なかったものね・・」


 朝の会話は終わって、朝食を済ませて仕事場に車で向かった。道中、どうしてもツイッターの文言が気になっていた。思い出しながら運転していた。


・・・・今日は10時から会議か・・・毎日会議ばかりだわ・・この頃・・しかしどうする・・これは少し厄介かもしれない・・でも・・秘密の出来事をなんで知ってるんだろう・・それが不思議なんだ・・ノンちゃんと大の婚約とパーティの事なんか誰も知る筈がないぞ・・親戚さえ呼んでなかったんだもの・・大の両親とノンちゃんの両親だけで婚約したんだから・・学校とか世間様に知られると何かと面倒だからって言ってたもの・・・・う~む・・なんで知ってるんだ・・不思議だ・・有り得ない・・・謎だ・・どうして・・なんで知ってるかなぁ~・・・・



 ツイッターを見るのが、帰宅してからの日課になった。毎日、毎日書き込みは続いている。絶対諦めないという強い意志を感じ始めた。

「あなた、又同級生から電話が有ったわ・・」

「誰からだい?」

「佐藤 有希さんから、夜にもう一度電話するって」

「あっ佐藤さんか・・顔を思い出せないけど・・」


特別進学クラスは、クラスの生徒達はライバルだったから、生徒同士で話すことはあまりなかった。


・・・・顔を思い出せないや・・・・


いつものビールを飲み始めると、電話が早速鳴り出した。


るるるるるる~~~~~~


「もしもし・・鈴木です」

「あっ佐藤さんですか、主人帰っておりますので、代わりますね・・あなた電話」妻は、直ぐに台所に入り料理の支度をし始める。


「うん・・もしもし、鈴木です」話すと、

「暫くです、特別クラスの佐藤 有希です・・」

「あっどうもご無沙汰してます・・」

「早速ですけど、おかしなツイッター見たんです・・ご覧になりました・・」電話の佐藤さんの声が小さくなった。

「はい、見てました、毎日見てます・・」

「あ~それなら良かったです・・死んだはずですものね・・じゃこれで失礼します・・ごめん下さい」

「ありがとう御座います・・」電話は切れた。

「美香・・ちょっと来て」

「は~い・・」


妻の美香は今でも美しい女性だ。結婚するまで、美香の両親にかなり反対されたけど、その反対の理由は、家の違いというか、美香のご両親は会社を経営しているお金持ち。我が家は普通のサラリーマン家庭。結婚申し込みに行った時は、家の格の違いを思い知らされたけど、粘り強く説得を続け、難攻不落のご両親を陥落させたのは、やはり、「子供」だった。妊娠している事が分かると、初めは怒髪天となった父親だったが、


「許してくれないなら家を出ます」


という妻の必殺の言葉だった。あの時ほど、美香を愛おしく思った事はなかった。


東北大学工学部を卒業して、東北電力に入社。やはりそれも判断材料だったように思える。子供が出来ると、父親の孫に対する異常な可愛がりようは、異常なほどだった。現在は、男の子供二人。あの悲劇から、外に遊びに行くという事は止めた。死んだあいつらの分、生きなければならないと誓っている。

 月命日には、必ず、あいつらの両親と、墓参りに行っている。遺骨が無いので本葬はしていない。

両親達と毎月、遺骨探しに行っている。見る度にノンちゃんのママの気力の衰え、老いが目立つ。津波に襲われ死んだ事が分かったノンちゃんのママは半狂乱になり、狂ったように泣き叫んでいるのを見るのはとても辛かった。


「美香、会うことに決めたよ・・一緒に行こう」

「決めたの、良いわ、確かめましょう」

「これ以上世間様を騒がせるわけにもいかないだろ、死んだ人間がツイッター出来るはずもないしさ」ビールを飲みながら言うと、

「それが良いと思うわ、こんな不安な気持ちずっと続けて持つなんて精神衛生上悪いもの」妻は言った。


・・・・確かに精神衛生上・・悪いわ・・しかし一体どういう事なんだろう・・・どうにも分からないなぁ~・・電話してみるか・・こんなツイッターに書き込めば悪戯電話もあるだろうし・・そのリスクも覚悟してるんだろうけど・・決めた・・電話するわ・・・・


「良し決めた、大に電話してみるよ・・いつまでもほって置くわけにもいかないだろうし」ビールをぐいと飲み干す。

「本物だったらどうする?」なんか嬉しそうな表情をしている。

「幽霊なんかな・・?」

「うふ・・幽霊でも会いたいわ・・」

「そうだな、可哀想に・・」

「あなた、電話して・・」

「うん・・する」


 運命の扉が開こうとしていた。

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