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Entanglement(もつれ)  作者: 千原樹 宇宙
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輪廻転生



                      輪廻転生




 ドグン・・ザァー‥ザァー・・・ドグン・・ドグン・・ザァーザァー・・・ドグン


・・・・あ~~~気持ちが良いなぁ~・・・温かく・・柔らかい・・・なんて・・気持ちが良いんだろ・・あ~~眠くなってきた・・・・


ドグン・・ザァーザァー・・ドグン・・ドグン


聴き慣れた音だけが聞こえる。決して消えることのない音だった。温かい何かに包まれているような思いがある。


 眠る、目覚める、眠る、目覚める、ひたすら眠る。兎に角、目覚めると何もかもが心地良かった。目覚めると、温かい何かに包まれている心地良さに、再び眠る。ひたすら眠る。眠る。眠りは深い。夢は全く見ない。眠る、眠る。そして時折、目覚めることを繰り返し眠り、目覚める。


 意識が、はっきりと大きくなっていくのが、徐々に分かりだしていた。


ドグン・・ザァーザァードグン・・ドグン・・・相変わらず、聴こえる規則正しい音は、変わらない。


・・・・ここは何処だろう・・熱くもなく寒くもない・・心地良い・・心地好い・・ここは・・ここは何処なんだろう・・あ~~~~ね・眠くなってきた・・・・


 目覚めると、意識が思考をし始める。思考し始めると思考を阻むように何かが邪魔をして眠くなる。浮遊感のあるゆったりとした心地良さに眠くなる。


そして、眠る。目覚める。眠る。月日の感覚なんかない。


ある日、自分が居る場所が分かった。


・・・・分かった・・ここは・・子宮の中なんだ・・・・


 子宮の中は、驚く程、心地良かった。こんなに心地良いのであれば、世に出る必要は無いとさえ思えていたが、臨月、10月10日の期限が否応無しにやってくる。


オギャーオギャーギャァアアアーーーー

オギャーオギャーギャァアアアーーーー


「生まれたぞー生まれたぞぉぉーー」という鳴き声は止まない。


暖かく快適な居心地の良い子宮から、この世界に生まれ出た同日同時刻に、死んだ筈の健斗と岬ちゃんとノンちゃんも一緒にこの世に産まれ出ていたのである。死んだはずの4人はそれぞれの母親の子宮から、再び、人間界に生まれ出て、再び、この世に戻ってきたのである。


 ”何故、同日同時刻に神の導きの如くに4人がこの世に生まれ出たのかは、知る由もない”。


だが、この世に4人と同じように同日同時刻に生れ出たのは、僕を含めた4人だけではなかった。同日同時刻には、別の男子2名、女子2名が仙台地域に生まれ出ていたのである。


  ”何故、4人と同じ日に、同じ時間に生まれ出てきたのか、単なる偶然か、それとも神の意志なのか?”


 僕が、人間界に生まれでた瞬間、目に飛び込んできたのは、白い天井だった。天井ははっきりと見えていた。数秒なのか数分なのか時間と共に、白い天井を見ながら生れ出た意識が徐々に強まっていく。確実に、生れ出たという意識は確実に強まっていた。

 「僕は、確かに死んだ。」

意識の覚醒と共に死の瞬間までの記憶が蘇ってくる。白い天井に断片的な記憶が写し出されている。白い天井は、まるで記憶を映す映画のスクリーンのようだ。生れ出たばかりの僕を看護師達が触りまくっている感覚が全身に伝わっている。看護師達を意識しながら、それでも大津波に襲われ家の中で溺れた記憶が白い天井に映し出されていく。僕は、天井を見つめていた。

 津波に飲み込まれて確かに死んだという記憶が鮮明になっていくと共に、映し出されていたスクリーンが薄く消えかかり、元の白い天井となっていく。生と死の狭間の記憶は津波に飲み込まれた時点で止まっていた。


死後の記憶は思い出せていない。


 神なのか仏なのかわからないけど”新しい命”を頂いた。この世に産まれ出た僕の名前は、「武田 啓太」と名付けられた。死ぬ前の名前は、「高坂 大」。この世に生まれでた以上、生きていくしか無い。


この世、この世とは、目の前に広がるこの世界なのだろうか?


 赤子は、兎に角、眠る。目覚めれば、泣き、母乳を飲んでお腹が満たされれば、眠る。眠って、起きて泣き、母乳を飲み、眠る。一年、二年、三年と月日が過ぎて、身体も大きく成長していくに従って、意識がより鮮明になっていくのが、分かった。


そんな月日が流れる。自分が、死んだ時の”高坂 大”だった記憶を持っていると認識したのは、3歳を過ぎた頃だった。


・・・・どうやら・・僕の記憶は・・意識は・・死んだ時の僕のまんまなんだ・・・・


 武田 啓太で生まれでたけれども、意識は、思考は、”高坂 大”のままという事に、気がついた。


月日は、流れる。大震災から既に、4年の月日が過ぎ去った。


「啓ちゃん、起きてね、幼稚園に行く時間よ」

「は~い、ママ起きるよ・・」


 僕は、順調に育って、幼稚園に通いだした。ママやパパには、”高坂 大”の記憶や思考、知識などは極力、出さなかった。子供として、歩むべき道を歩んで行こうと決めていた。仙台市若林区沖野にある幼稚園に通い出して、普通の幼稚園児を演じていた。演じていたと言うより、そうするしか無かったのは、本当のところだ。


僕には、時間が、必要だった。


 決めていた。必ず、パパやママを探す。良太や健斗や岬ちゃん、そして、婚約した僕の婚約者である、ノンちゃんを探すと、密かに決めていた。それには、時間が必要だった。現在のパパやママは、親であることに変わりは無い。親は親だ。懸命に、親孝行すると決めていた。産んでくれた事に、一生涯、感謝すると固く決めていた。


「おとなしいお子さんですね」

「手のかからないお子さんですよ」


 幼稚園の先生方に、良く言われた。意識や思考方法や知識は、死んだ時の”高坂 大”のままである。高校生が、幼稚園児と居るのである。身体は、未だ、小さい。生活の全てが、4歳時の生活だった。


ある時、幼稚園から帰った僕に向かって、ママが、


「掛け算覚えようね、啓ちゃん」


と言い出した。家の中でも、静かに本を読むような、手がかからない子供を演じ続けて居る。毎日が、とても忍耐のいる生活だったのは言うまでもない。


「は~い・・」


産んでくれたママは、綺麗と言うよりも可愛い女性で、丸顔で小太りの体型でとても明るい専業主婦の普通のお母~さん、パパは公務員。現在、ママには、お腹の中に女の子供が育っている。


・・・・掛け算か・・そろそろ小学生だもんなぁ~・・・・


出来るだけ、知識は出さないようにしていたけど、時折、普通に出してしまうことがある。出してしまった時は、物凄く後悔してしまう。


「啓ちゃん、掛け算ってね・・ほら見て」

と壁に貼り付けた1×1から9×9まで書かれた用紙を指さして、

「これはね、掛け算、九九という計算式よ、これを、毎日、繰り返し覚えましょうね」と優しいママは楽しそうに言う。

「うん・・掛け算ね」

「じゃあ~ね・・ここ1×1は、1、読み方としては、インイチはイチかな、その下、1×2はインニが2よ、読んでみて」

「うん、インイチがイチ、インにが二・・」

「良く出来たわ・・毎日、繰り返すと覚えるよ・・」ママは、楽しそうに微笑んでいる。

「8の段はね、」

「大体わかるよママ、ハチイチはハチ、ハチニは16、ハチサン24だよね」


「・・・・・・・」


「3の段はサンハチ24で、ハチサンと同じ数字になるんだね・・」


「・・・・・・」ママは、唖然とした顔をして僕を見ている。


・・・・あ~~言っちゃった・・駄目だなぁ~・・・・


「け・啓ちゃん、なんで分かるの・・掛け算を・・」

「簡単だよ・・掛け算なんか・・」言ってしまって、ママの顔を見ると、

「い・一体どうして・・掛け算分かったの・・」信じられないモノでも見るような、表情をしている。じっと僕を見つめるママの目には、不安が浮かんでいる。


「じゃ、じゃしちしちは、サンクは・・」ママの声が変調して、高音になっている。

「49・・27だよ・・」

「うっ嘘ぉぉーーし、信じられないぃぃーー」


・・・・不味かったかな~・・まぁ~いいっかぁーー面倒だし・・・・


「ママ、本屋さんに行きたいんだけど・・」普通の本を読みたかった。

「う・うん・・なんで分かったの・・掛け算・」

「簡単だよ・・×って意味は2×2は2を二倍することでしょ」

「きゃっあああああーーー・・うっ・嘘・嘘おおおーーーし・信じられなぁ~~~いいいいーーー」恐怖に引きつった顔をして、悲鳴を挙げるママ。


ママが僕をほったらかして、電話をかけ始めた。


「もしもし、パパ、パパ、け・啓ちゃん、か・掛け算、そう、掛け算よ掛け算・・」慌てて全部説明しようとしている。

「だから、掛け算よ、パパ掛け算全部言えてるらしいのよ・・信じられるぅぅーー」悲鳴のような声で言っている。

「だ・だから、だからねパパ、啓ちゃん掛ける意味を理解しているのよ・・」

「信じられないわよ」

「お祓いしてもらわなくちゃ・・」ママは、信心深い女性だ。

「信じられな~~いー」

とか、大きな声で話し始めて、パパの次は、

「お母~さん、大変なの・・啓ちゃんが・・掛け算・・」

「掛け算よ・・掛け算の練習させようと思ったら・・そう・・全部理解しているのよ・・」

「天才かも・・」

とか、話し始めているのを聞きながら、


・・・・本を読みたい・・調べなくちゃ・・震災のこと・・・・


 夕方、パパが帰ってきて、再び大騒ぎ。近くに住んでいるお爺さんとお婆さんまでやってきて、これまた大騒ぎ。何度も掛け算を言わされたのは言うまでも無い。


 小学校は、仙台市沖野にある学校に入学。この頃は、天才児童とか天才少年と言われ始めていた。


仙台市内に、同年代の天才少年2人、天才少女が2人、出現したとテレビでも全国報道されたし、新聞にも掲載されてしまった。小学1年生でありながら、小学6年生までの勉強は、終えていた。学力試験で、本当に6年生までの学力が有るか、試験を3回受けさせられたが、何ら4人の天才児童は問題は無かった。学校でも、処置に困ってしまって、2年生になると、中学校に通う手筈が、整えられた。

 

同日同時刻に生まれ出た、別の4人の男女の噂は全く聞こえては来なかった。


 僕も含めて、4人の児童は、接点がない地域に住んでいた。ノンちゃんは、仙台市太白区の向山、岬ちゃんは、若林区の河原町、健斗は、若林区の五橋、小学校も異なり、住んでいる場所もバラバラだった。しかし、小学生でありながら、知識や知能や思考・記憶は、死んだ時の高校生のままであり、小学生の中に高校生が居るという有り得ない事になっていたのだが、見た目には、やはり小学2年生、他児童と何ら変わることがないという現実に、大人たちの好奇の眼差しと幾らかの不安感と戸惑いの思いは消えなかった。

 天才と呼ばれた児童達は、それぞれ小学生でありながら中学校に通いだし、習いもしないスマホや携帯電話やパソコンを使いこなすようになる。それぞれが、交わることの無いそれぞれの空間で、4人の天才児童は、密かに、時間の経過をじっと待っていた。中学校の成績も他の生徒に比べても優秀で、授業は難なく熟しており、他の児童の親や世間等、周りからは好奇の眼差しで見られていた。中学生の中に、小学生が居るという有り得ない現実に、教育関係者達は異例尽くしの対応で凌ぐしか無かったのは言うまでもない。


 4人は、無口だった。


 授業が終わり自宅に帰ると、大人が読む本を普通に静かに読んでいる。死んだ年齢まで達するには時間は、有り余っている。じっと、知識を蓄え、高校時代の不得意分野や英語など、他の子供達が遊んでいる時間、遊ぶことなく勉強を続けている。死んだ時の知識や思考方法、解の出し方など、足りなかった部分を勉強する必要があったし、新しい情報を貪欲に吸収する必要があった。天才は、一日で成らず。


4人には時間は、有り余っている。


 中学校に通いだしたある時、僕はママにお願いした。


「ママ、パソコン欲しいんだけど・・」

「ぱ・パソコン・・は・はい・・」と。


 パパやママは、普通の子供のように可愛がり愛してくれていたけど、やはり、どこか心の奥底に表現の仕様が無い、なんて言ったら良いのか分からない、漠然とした不安と遠慮が有ったように、僕には思えていた。小学2年生の自分の子供が、あろう事か、中学生と一緒に勉強しているという現実は、自分の子供だからこその自慢でありながらも、自分の子供を信じられない思いで観察しながら、あれ以来、僕の存在をどう扱ったら良いのか、試行錯誤を繰り返している。


僕には、その戸惑いが良く分かっていた。


 小学2年生の僕が読んでいる本は、高校生が勉強する数学であり、物理であり、英語等の教科書ばかり。他の児童のように外で遊ばず、ゲームもしない、誰とも遊びもしないで、学校から帰ると机に向かって座り、高校教科書を読んでいる姿を、もう何年も見続けてきたママだからこその、僕に対する恐れ感、不安感、或いは、戸惑いがママの視線には潜んでいることは僕には、分かっていた。

 パパとママの会話は、いつも僕の事ばかり。産まれ出た妹は、未だ小さく幼い。妹は、普通の人間らしく、天才として産まれてはいなかった。妹の名前は、香織。


「ねぇ~パパ・・啓ちゃん、高校生の教科書勉強してるのよ・・」帰ってきて夕ご飯前にビールを飲んでいるパパに、ママは必ず報告する。

「そ・そうか・・高校生の教科書か・高校生・・か・・凄いな・・なんだか信じられないなぁ~」


毎回、同じ会話をしている。


「ほんと、私の頭がおかしくなったような気がするの・・啓ちゃん見てると・・」

「まぁまぁ~未だ小学二年生なんだよ、子供なんだから・・温かく見守るしか無いと思うよ・でも将来どうなることやらだわ・・」

「・・うん・・・」


毎回同じことを口にして、ビールをぐいと飲み干す。


「啓ちゃん、御飯食べなさい・・」

「は~い・・」居間に置いてあるテーブルで本を読んでいた僕に、いつものようにママは言う。


 ママとパパは、いつも仲が良い。喧嘩してるとこ一度も見たことが無い。十分に愛情を持って僕を育ててくれている。こんな両親を見ていると、死ぬまで親孝行しようと決めている。


「今日ね、啓ちゃんにね、パソコン買ってって、お願いされちゃったの、どうする?」

「パパ・お願い買って・・」僕は、お願いした。


・・・・どうしてもパソコンが必要なんだ・・あの震災の情報が知りたいんだ・・パパ・・・・


「よし、買ってやろう・・必要なんだろ啓ちゃんには・・天才の考えることは俺たちには分からんよ」

「そうね・・・やっぱり天才なんだわ・・」


 日曜日、パパとママと妹由佳と4人で、荒井地区にあるD’S電気店に連れて行かれた。


・・・・うわっ・・こんな事になっていたんだ・・・す・凄いわ・・確かこの辺りって田んぼだったはずだけど・・全然変わったよ・・住宅団地になってる・・・随分賑やかになってるんだ・・変わったよ・・こんなに変わってしまって・・あれから・・・・


 僕は、知る由もなかった。


 大津波に襲われた荒浜のような東北一体の海岸地域は住宅建築禁止地域となっていることを。家を失い家族を失った人々の為に、生き残り助かった人々の為に、国や県や市は、津波の到達しなかったエリアに広大な田んぼを潰して、住宅団地を造成し始めた事を。住宅団地が出来れば、学校やスーパーや飲食店、美容室に床屋さん、電気店とか、コンビニや生活に必要な資材店とか、様々な職種の店が出店し始め、いきなり街が出来上がる事を。僕の記憶は震災当時のままだった。


 僕は、益々、震災後を知りたくなった。


 買って貰ったのは、ノートパソコンの日本製の新製品だった。自宅のインターネットは、パパやママのパソコンが使っているので、僕の買って貰ったパソコンは、セッティングが簡単に終わって、直ぐに、動き出した。本屋さんに行って、ウィンドーズワード、エクセル本を買って貰い、パパやママのいる前で、読み始める。だって、動かし方使い方は知っていたけど、一応、読んで覚えた事にしないと、流石に不味いと思い、読み始めた。


 そして、パパやママがいる前で、パソコンを動かした。


慣れた手付きで、ネットを動かし始めると、


「し・信じられないなぁ~・・たった一時間読んだだけで・・動かせるなんて・・信じられない」

僕を見詰めるパパの顔には、完全に、恐怖が浮かんでいる。

「嘘っ・・う・嘘でしょ・・し・信じられないわ・・私・・め・目眩が・・してきた・・」ママは、物凄く不安そうな顔をしながら椅子に座り込んでしまった。


・・・・あ~~ま・不味かったぞ・・・もう少し・・時間を・・・・


 でも、一度動かしたパソコンは、止まらない。筈だったけど、無理やりシャットダウンした。


「どうしたの啓ちゃん」

「どうした・・」


パパとママが、何故中止にしたのか、理解できなかったようだった。


「駄目だよ、パパ・・もう少し本を読まないと・・」

「そ・そうか・・うん・・それが良いよ・・」不安な表情が消えた。

「ママびっくりしちゃった・・」ママの顔にも消えていた。


・・・・ま・不味いぞ・・これ以上完璧に動かせるという事はするべきじゃないぞ・・・時間をかけるんだ・・・パソコンまで使い始めたら絶対怪しむに決まってる・・・まぁ~・・2~3日待つんだ・・・本を読みこなす・・勉強してるとこ見せなくちゃ・・・・


 数日後には、パソコンは普通に使いこなしていた。


数日は、我慢して本を片手に、パソコンを動かす練習をして見せていた。パパもママもなにも言わずに、呆れたように見ているだけだった。パパやママのいる前では、東北大震災に関するネットは見ることはしなかった。ネットを見た後は、履歴も消去して痕跡は残さないように気を使っている。僕が普通にパソコンを使いこなしている事に、パパもママも慣れてしまった。毎日の繰り返しの中で、それが日常になると、違和感なんか持たなくなる。


 時間は、有り余っている。


僕がパソコンを使いこなし始めた同時期に、他の天才児童も又、パソコンを使い始めていた。交わることの無い4人だったけど、目的は、同じだった。


・・・・自分が死んだ事は仕方がない・・どうしようもないことだ・・でもこうして生まれ変わった・・生まれ変わっても・・・そう・・知識も記憶は元のままだ・・これはきっと神に与えられた使命なんだ・・探すんだ・・家族を・・ノンちゃんと家族を・・健斗と良太・・岬ちゃん・・探すんだ・・生きているのか・・死んだのか・・・・


 小学2年生の天才児童4人は、同じ事を考えていた。あの時、僕は家に居て津波に襲われて死んだ。だから家族やノンちゃんや仲間の生死は分からない。捜すためには、時の流れが必要だった。


同日同時刻に仙台地域で生まれ出た男性2人、女性2人の噂が一気に全国を駆け巡った。それは、テレビで仙台市に天才児童4人が現れるというニュースから始まった。最初にこのニュースを見た一般視聴者は、

「なんだ例の4人の児童の事だろ、今更なんだな」

「しつこいなぁーなんで今時古いニュースを流すんだ?」

とか、散々、悪口を言われ放題。テレビ局にも苦情が数多くあったそうだが、真実が広まりだすと、

「な・なんだべ又天才児童が現れたそうだ」

「例の子供たちとは違うんか?」

「ほんとかよ、あの天才たちと違うってか?」」

「うんだっちゃぁぁーーー全然別なんだと」


あっという間に噂の花が広がった。


我が家でもママが口にした。

「啓ちゃん、ニュースで言ってたわ、天才児童が4人現れたって、知ってる?」ママの目には、興味ありますって書いていた。

「僕、知らないよ」

「啓ちゃんと同じ天才だって」好奇心顔のママ。

「ふぅ~~ん、関係ないよ僕には」

全然、乗らなかった僕に、

「そうね関係ないよね、啓ちゃんは啓ちゃんよね、ラーメン食べに行こうか?」

「うん、」


僕は、ママの誘いには、断らない。


インターネットユーチューブで、あの日の映像を見た。


 僕の住んでいた荒浜海岸沿いの家屋は、総て津波に襲われ、人も家屋も思い出も何もかも無慈悲に破壊され尽くした。破壊尽くされ残されたものは静かな海と無残な家屋の残骸。家が建っていた小さな集落の温もりは消え、荒涼とした残骸だけがあちらこちらに散らばっている。何度も、何度も繰り返し見た。見ながら泣いていた。泣いているところは、パパやママには見せなかった。見せれるはずもなかった。


・・・・そうか・・これでは・・生き残れる筈もないよ・・僕は家に居たけど・・そうか・・パパやママは仕事に行ったから・・生きている・・津波は・・内陸部4キロメートルとか言ってた・・の・ノンちゃんは家に居たんだろうか・・・ノンちゃんのパパとママも仕事だったはず・・・ノンちゃん家に居たとすれば・・・ノンちゃん死んだのか・・ノンちゃんに・・あ・会いたい・・うっうっ・・・・


 堂々巡りの日々が”杜都東”に入るまで続く事になる。


「啓ちゃん、どうしても仙台杜都東高校でなければ駄目なの?」

「そうだぞ、一高で受け入れるって言ってるんだ」


 僕は10歳、小学4年生になると、中学校での勉強を卒業した。そして、教育委員会でも、どこの高校に入学させるかで、頭を悩ませていたらしい。卒業間近になりやっと方針が決まって、仙台で学力の高い1高で受け入れるとパパとママに連絡がきた。もちろん、入学試験は無しで、中学3年までの学力試験を3度受けさせられた。結果は、中学三年以上の学力が有るとの判定で、1高側の承諾が得られた。

 でも、僕の選択した高校は、名門「1高」ではなく、死ぬ前に通っていた、「仙台杜都東高校」だったから、パパやママは猛反対。


「ごめんねママ、僕は、杜都で良いと思ってるんだ・・」小学4年生にもなると身体も大きくなっている。

「どうして、勉強好きな啓ちゃん、1高でもどこでも通用するのよ」ママは、どうしても1高に通わせたかったらしい。

「中学でも一番の成績だったんだからさ、堂々と1高に入れば良いんだよ、先生だって太鼓判押してるんだよ」パパもそう。


 教育委員会でも、何度も家にやってきて、説得したけど僕には、杜都高に通う目的があった。


 杜都の全高校学力は、1高よりは低いけれども、特別進学クラスは1高と同レベルだと思っている。それに、お家が杜都まで距離的に近い。1高のような進学校では、僕の学力では通用しないかもと思っていたし、これまで必死に高校の勉強をし、弱点を克服してきた積もりだから学力で負けるとも思わなかった。頭脳明晰な生徒や天才的な生徒は必ずいる。そんな中で切磋琢磨するのも良いかも知れないと思うことも有ったけれど、勝ち負けでは無く、杜都でもう一度高校生活を終わらせるのが、僕の決めたことだった。中途半端で終わった杜都での高校生活を、やり直したかった。


 天才児童4人は、頑なに杜都に入ると主張して、関係者の大人たちを困惑させた。天才児童達の入学希望の杜都東高校では、殊の外、喜び、校長先生が家に挨拶に来て、目出度く入学が決まった。僕はまだ、他の天才児童達が同じ杜都東高校に入学してくるとはこの時点では知る由も無かったのは言うまでもない。


 東北大震災の年の春、あの震災の日から数ヶ月が経っても消えない漠然とした不安を抱く仙台の人々を励ますように、桜がいつものように咲き誇った。冷たい春風に耐えながらも、例年通りに見事に開花し、時の流れの許す限り咲き誇る桜。希望と夢を奪われ漠然とした不安の中で暮らす仙台市民を応援するかのように、見事に桜は咲いた。色の無かった仙台に色を与えた。東北大震災は人々に、日常がどれ程貴重なのかを教えてくれた。何も無い日々の日常は、つまらない、夢がない、不公平だ等、不平不満はてんこ盛りだが、自分自身が非日常世界に入った途端に、日常世界が夢の世界だったかを知ることになる。


 満開の桜も、やがて散りゆく。


大地震と大津波に襲われた人間の為に精一杯咲き誇っていた桜花も散りゆく。少しづつ桜吹雪が春風に吹かれるままに空中に舞い、踊り始める。そして春風に追い立てられるかのように風に踊り、広瀬川にハラハラと舞い落ちて行く。広瀬川の水面に浮かんだ桜の花々は、まるで弔いをするかのように海に向かって静かに流れて行く。死者を弔う桜花が太平洋に流れていく。


 仙台杜都東高での入学式、僕を含めた天才児童3人が初めて顔を合わせた。


僕の婚約者ノンちゃんの現在の名前は、畑山 那奈、岬ちゃんは、武藤 彩佳、健斗は、高木 翔平という名前を記憶した。


「どうして、杜都なんだ?」

「意味が分からないよ、4人も杜都ってさ」

「なんでだろう何か意味があるのか?」


 杜都に入学する前から、教育関係者の間ではこんな会話が続いていたらしい。当然、杜都側でも受け入れ体制は、「杜都高希望」と知らされた段階で、国と県と市と杜都高での協議は連日続いたらしい。天才児童達が、何故、杜都東高校を希望したのかは、謎のままだった。


杜都東高校では、入学してくる小学4年生10歳の生徒達を預かるために特別な体制が敷かれ、教員も特別に配属された。


子供達の希望が優先された結果だった。


 杜都入学式には、パパもママも妹も爺も婆ちゃん達もやってきた。猛反対していたパパやママに対して、爺ちゃんが、

「天才がそうしたいと言ってるからには、理由が有るんだろう、ここは啓ちゃんの言う通りにしてやらんといけないぞ」と言い、

「そうだよ、進学特別クラスは、優秀なんだから、啓ちゃんに任せなくちゃ駄目よ」と婆ちゃん。


 入学式当日、僕は、杜都東の学校の敷地に入ると懐かしさと哀しさが溢れ、涙が出てしまった。


・・・・あ~~やっと来たよ・・ノンちゃん・・健斗・良太・岬ちゃん・・うっ・うっ・・・・


「ど・どうしたの啓ちゃん・・」ママが見逃さなかった。

「な・なんでもないよ・・」目を見せないように横を向くと、

「嬉しかったんだよ、なっ啓ちゃん」

「良かった、良かった・・」爺と婆ちゃんが、頭を撫でながら言う。


・・・・いつか必ず理由を言うよ・・待ってね・・ママ・・パパ・・ごめんね・・・・


その夜は、家で盛大に入学祝いが行われたのは言うまでもない。



                      転校生


 授業が始まった。


特別進学クラスの中に、10歳の天才児童が4人入っている現実に、高校生達はかなり戸惑っているようだったけど、授業が始まると周りは全てライバルとしてみるのは、死ぬ前と同じだった。4人の天才児童は、高校の勉強は、既に終わらせているという事に、誰も気づく筈もない。

 4人の死ぬ前の学力と現在の学力では、かなりの差がある。僕は、英語が苦手だったけど、現在は、英語の会話には苦労しなくなっている。それだけの時間を費やした蓄積は、英語の映画を字幕無しで観ることが出来るまでになっている。勉強に費やした時間は、膨大だった。

 

 三人とは、会話すること無く時が流れる。


どうしても、会話をしようとは思わなかった。三人の成績は、超優秀で、彼らに負けたくなかったのは本当のところだった。高校の勉強は、既に終えている4人に、教える教師側も困惑している。

 英語の授業になると、特別に配属されたアメリカ人女性教師と堂々と会話をする4人の小学生の会話力は、他の生徒達を圧倒していた。本当は、飛び級して大学に行かなければならない学力だったが、4人は、どうしてもこの高校を卒業するという固い決意を秘めていた。

 何故、天才児童が4人、杜都高にやってきたのかは、「天才の謎」として扱われていたが、同じクラスの他の生徒達への影響は計り知れなかったのは言うまでもない。

 読んでいる本が、全く違っている。僕は、東北大学の工学部の機械知能・航空工学科に入る積もりだったから、杜都高の先生から、東北大学の教授を紹介されて、指導を受けていた。指導を受けていたのは、天才児童3人もだったが、何故かしら4人とも東北大学入学希望だった。どうして東北大学なのかは、これ又、「天才の謎」として捉えられていた。


 こうして4人の杜都の途中で途切れた杜都高校の時間は過ぎていく。


僕は、12歳になった。普通で言えば、中学生となる年齢だ。杜都高校に入学してから既に三年目が過ぎようとしている。この3年間、彼等とは、会話したことが全く無い。何故かは、分かっている。杜都での高校生活は、学校と家との往復の毎日だった。成績では、負けなかったし、勝てもしなかった。家では、勉強に余念が無かった。勉強はもっともっとしなくてはならない。こうして転生した以上、遊んでいるなんて冒涜だと思っている。使命の為に生かされてる。その使命が果たして、僕の決めた事なのか、違うのか、幾ら考えても解は見つからない。だから決めたことをやるのが、僕の生かされた使命なんだろう。


 待った甲斐があった。 


決めていたことがある。中学生の年齢になるまで、行動はしないと。小学生の年齢では、自転車に乗って、あちこち捜すことは無理だと決めていた。待ちに待った12歳、とうとうその年齢になった。

 現在は、杜都東の特別生徒だけど、死ぬ前は杜都の二年生だった。大好きなノンちゃんと婚約したばかりだった。ノンちゃん家族一同と僕の家族一同が集まって、正式に婚約の儀式を賑やかに執り行ったのは、死ぬ直前だった。仲間も集まり、僕は、幸せの絶頂に居た、間違いなく。


・・・・12歳になった・・これで自転車で動けるぞ・・・・時間はある・・・先ずは・・区役所に行くんだ・・・・


 4人は、それぞれに決めていた事を実行する事になる。



                    捜索


 センター試験は、受けること無く東北大学で受け入れる事が決まった。勿論、天才児童4人に高校卒業の学力が有るか否かの試験が、東北大の教室で、行われたのは言うまでもない。試験は、3回別別な日で行われた。当然4人の成績は、高校生の学力を遥かに超えているという結果に、特例で試験無しでの受け入れが決まった。やはり、長い間の勉強の蓄積は大きい。他の生徒とは比べようもないアドバンテージが与えられている。4人は、使命を果たさなければならない。


 僕が、転生したのには意味がなければならない。こうして前世の記憶を持ちながら、今日まで生きてきたのは、理由が在るはずだと、長い間、考えてきた。僕には、1つ気がついた事がある。

 天才と言われる神童が、20歳前後に普通の人間になるという現過去例は、僕の生まれ変わり構造と同じだろうと思うようなっている。前世の知識と記憶を持って生まれ変われば、幼少時よりなんでも出来る子供になるけど、大人になるに従って、普通の人間となるのはそれ以上の知識を持っていないからなのだということなんだろうと思うようになった。僕もいずれは、普通の人間になるに違いない。だからこその勉強だと思う。知識を蓄え、頭を鍛え、学力を向上させ無ければ、普通の人間で終わってしまう。


・・・・僕が天才であるなんて有り得ない・・・大人になれば知識も記憶も現実に追いつく・・・・


 本当の天才は、存在する。だから天才と呼ばれる。ただし、天才は努力をしなければ、天才にはなれない。僕の場合は、アドバンテージが在るだけ他者より有利なことは間違いない。20歳前後で、あの天才が凡人になってしまったとか言われるのは、僕の転生構造と同じなんだろう。


 ママやパパは、12歳の僕の東北大学進学にも不満が有ったようで、東京大学に行くように勧めたけれども、最後は僕の意思を尊重してくれた。


 1月の中旬に入り、僕は行動を起こした。


「ママ出かけてくるよ・・」

「啓ちゃんどこ行くの?」

「うん、本屋さんに行ってくる・・」

「お金持ってるの?」

「持ってるよ・・」

「寒いから送っていこうか?」

「良いよ、僕もう12歳だよ・・」

「うふふふ~でもまだまだ子供よ・・」ママの表情が嬉しそうだ。


・・・・ママが自慢の息子なのは・・間違いない・・12歳で東北大学に入学するんだから・・でもねママ・・これから捜索開始するんだ・・見つかれば良いけど・・・・


 中学生の捜索活動が、あの震災から12年経ってやっと始まる。12年という月日は、あまりに長かったかも知れないけど、辛くは無かった。ただ時が来るのをじっと待った月日だった。


 仙台市若林区区役所に自転車で向かうプランから始めようと思っていた。


パソコンで身元の判明した死亡者一覧仙台市を調べた時点で、僕の名前もノンちゃんの名前も良太と健斗も岬ちゃんの名前も掲載されていなかった。あの時、僕は確かに死んだのは分かっている。僕の名前が無いのは、行方不明者の中に入っているのか、それとも未だに死体が見つからないのか、パパやママの哀しみを思う度に、何度も泣いていた。


・・・・ぼ・僕は確かに死んでこうして生まれ代わって生きている・・僕の死体が見つからないのは何故だろう・・・・


 名前が載っていないことで、死んだのは僕一人だと思っていた。ノンちゃんも健斗も良太も岬ちゃんも、生きている筈だと思っている。だから捜すのは、パパとママと決めて、行動に移す事にして、先ずは、区役所に行って聞いてみることにした。


 若林区役所の住民課はめちゃくちゃ混んでいた。春の移動時期だから、当然だ。整理券を取り、長椅子に座って、順番を待つ。


「45番の整理券お持ちの方ぁ~・・8番まで・・」

「僕だ・・」僕は立ち上がりカウンターに向かうと、

「あれ・・あれは・・」見たことのある同級生がこちらに向かって歩いて来るのが見えた。


・・・・な・なんだろ・・あの子畑山 那奈・・・さんだったよな・・・・


 三年の間、話した事のない畑山 那奈さんに話しかける事は出来なかった。


そのままカウンターの前に立つ。

「今日はどうしました?」と、大人ではない子供の用事にも、受付の女性は丁寧に聞く。

「すみません、少し教えて頂きたいんですが・・」

「はい、どのような事です?」にこにこしながら受付の女性は言う。

「あのですね、僕、人を探してるんです、震災で家を失ったと思うんです、どこに住んでいるのか、どうやって探したら良いのか、教えて頂けませんか?」と言うと、

「どのようなご関係ですか?」と聞いてきた。

「僕の爺ちゃんの知り合いです・・行方が分からないと言ってたので、爺ちゃんの為に探してあげようかと思って・・」

「今、何年生、?」キョトンとした表情になった。

「僕、もう直ぐ、大学生になるんです」

「えっ、だ・大学生・・まさか・・」嘘をついていると思ったようだ。

「本当です・・春から東北大学に行きます、」

「嘘ついちゃ駄目よ、未だ中学生くらいでしょ、」柔らかった表情がきつくなった。

「はい、年齢は12歳です・・」

「良いですか、個人情報保護法って有るの、だから簡単には教えられないのよね」言い方がぞんざいになってきた。

「震災で家を流されてから、どこか引っ越ししたはずです・・どこに行ったら教えて頂けますか?」

「役所ではね、個人情報はなんの関係もない人間には、情報は開示しないの、諦めて帰りなさい」

「そ・そうですか・・」


 失敗してしまった。個人情報保護法は知っていたけど、区役所のガードは、堅かった。


・・・・門前払いだわ・・12歳の子供にはやはり無理か・・・区役所で調べられないなら・・どうやって・・仕方が無い・・次のプランで行くしか無い・・パパとママの名前は分かっているし誕生日も知っているし・・死ぬ前の住所も分かっているけど・・僕の名前は無関係な人間だし・・やはり尋ね人サイトを利用するか・・それともツイッターで毎日書き込むしかないか・・誰かがきっと見てくれる・・・それとも・・・良太や健斗を探して・・もう生きてれば38歳にもなってるんだなぁ~結婚して子供でもいるんだろうな・・・・


家に帰りながら、考えていたプランを実行するしかないと思いながら、自転車を走らせていた。


 門前払いを食らったのは、僕ばかりでは無く、ノンちゃんも岬ちゃんも、健斗も、日にちを置かずに区役所に行って失敗していた。住民課でも、噂になっていたらしい。12歳の児童4人が、同じ様に、

「人を探している」

「震災で家を流されたから、引っ越し先を知りたい」

「東北大学に入学する」

「どうやったら捜すことが出来るか?」

「教えて下さい」等など。

同じ内容だった事に、気味が悪いと言い合っていたらしい。


自宅に帰って、ママにお願いした。


「ママ、スマホ買って」と。

「あら、やっとね、うふふふ~高校時代は全く言わなくて、もうすぐ大学生になるからかしら?」ママは、どうやら待っていたらしい。

「そう、教授が言ってたんだ、学生への情報伝達は全てはメールで行なわれるよってね、毎日、各教授や事務方からメールが送られるらしいんだ・・必要だからお願いしますママ」嘘ではなかった。

「パパと話してたの、買ってあげようって、大学生になるんだものね、良いわ、買いに行こうか」

「えっ今から?」

「そうよ、お金は用意してあるから、行くわよ」ママは、嬉しそうだった。


 スマホの購入手続きに、1時間30分かかってしまった。スマホを手にしながら、ノンちゃんや岬ちゃん、良太や健斗の電話番号を思い出そうとしても、どうしても思い出せなかった。死ぬ前に使っていた携帯電話機は、データーと共に津波に流されてしまって、うろ覚えの番号しか思い出せなかった。それでも、スマホでかけてみた。


「この電話番号は現在使われておりません・・・・」


何度もかけてみたけど無駄だった。



12歳になってやっと考えていたプランが動き出した。


「ママ、少し散歩してくるよ・・」

「歩いて行くの、それとも?」珍しく散歩してくると言った僕に向けるママの視線には戸惑いが見える。

「自転車で海を見に行ってくる・・」

「だ・駄目っ・う・海、海は止めて、」ママは、珍しく声を荒げた。

「どうして?」


・・・・止めたい気持ちは良く分かるよママ・・・僕も近づきたくはないけど・・僕は・・・・


「じ・地震がきたら・・」何年経ってもあの恐怖は、消えない。

「大丈夫だよ、地震があったら、即、逃げるから・心配しないでママ」

「送ってあげようか・・海、見たいんでしょ啓ちゃん」

「はははは~~良いよ僕大丈夫だよ」

「でも地震が来たら・・」

「来ないよ・・1000年に一度の地震が今日来ないよ・・」

「でも・・」


 仙台市民は、海岸に近寄らなかった。ママもパパもそうだった。何百何千人と死んだ人間の霊魂が絶対居ると思えば、近寄るのも憚れる、そう思うと海岸には行けるはずもなかった。


 震災から12年の月日が過ぎ去った。僕は、自転車で、太平洋に向かって走り出した。急ぐこともなく、自転車を漕いでいく。沖野の町を東へ抜けると、快晴の下、眼の前には広大な田植え前の田んぼしか目に入らない。農道は、真っ直ぐに海に向かって続いていく。僕は、自転車を走らせる。


・・・・もう直ぐだ・・焦る事はないよ・・・ネットで観る限り何もないのは分かってるけど・・僕が死んだ場所を見たいし・・そこに立ちたいんだ・・・・


 行きたいと思っていた、行かなければならないとずっと長い間、思っていた。12歳になって、やっと、行けるんだと思いながら自転車は、何故かゆっくりと前に進む。


・・・・急ぐことは無い・・ノンちゃんも岬ちゃんも健斗も良太も死んでいないんだ・・・死んだのは僕だけだ・・いつか会えるさ・・・・


 太平洋に続く農道は、車は、走らない。と言うよりも、走れるけど走る車は、殆ど来なかった。

やっと、津波を防いだ高速道路の下を走り潜った。この高速道路の土盛りの高さのお蔭で、津波の海水は止まった。ユーチューブで海水が行き場を失い怒り狂った渦を巻く映像が頭から離れない。

 仙台は海岸から平野が続く、通称、仙台平野と言われている。その平野の中に高速道路の土盛りが高く積み上がっていたお蔭で、防波堤となり水を食い止めた。高速道路には、普通のトンネルが当然有る。そこから水は侵入してきたが、被害は出なかった。もし、高速道路の土盛りがなければ、沖野町内は津波に襲われていただろう。


・・・・津波はここまで来たんだな・・映像がそう教えてくれていた・・・でも・・もう直ぐ田植えが始まるんだ・・・・


 自転車を漕ぎながら、遠くまで広がる田んぼを見渡している。水も張っていない田んぼは、只々、広かった。



 


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