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「よかったな、迎えに来てくれて」


 トートは、死神の鎌を持って給水タンクから降りると、ゆっくりとした足取りでカナの元へと足を向ける。一歩一歩――文字通り、その命を刈り取るために。

 カナには、トートやトイフェルの姿は見えない。けれども、彼女は肌が粟立つのを感じていた。

 季節は夏――炎天下の中、寒さなど感じることはそうそうない。不審に思って辺りを見回してみても、原因となるようなものは彼女の目には特に映らなかった。


 それをいいことに、トートは多少の距離を取って立ち止まると鎌を両手で構える。

 刹那――勢いよく鎌を振り抜けば、猛烈な突風が巻き起こり、まっすぐにカナの身に直撃した。強風は彼女の華奢な身をいとも容易く浮かし、高めに設置されているフェンスを軽々と越えてしまった。

 ぶわりと浮かんだ己の身に何が起きたのか全く理解ができず、カナは思わず目を丸くさせたが、大慌てで両手を伸ばしてフェンスの端を掴む。



「きゃ……ッ!? きゃああああぁっ!!」



 カナの身は屋上から飛び出し、地上へと真っ逆さまに落ちようとしていたのだ。慌てて手を伸ばさなければ、強風に吹き飛ばされて屋上から転落してしまっていただろう。

 とはいえ、両手といえど女の身では無理がある体勢。そう長くはもたない。

 恐る恐る下を見てみれば、気が遠くなるような高さだった。校舎は四階建て、屋上は更にその上にある。高所恐怖症の人間であれば、眩暈を起こしそうな高さである。



「や……やだっ、なんで……!? だ、誰か……誰かぁ、たすけて……ッ!」



 カナは蒼褪めながら、大きな目に涙をいっぱいに溜めて震える声で助けを求めた。

 無論、それは誰の耳に届くこともなかったが。

 聞いていたのは、これから彼女の命を刈り取ろうというトートとトイフェルだけだ。



「……もうやめてくれ、許してくれ。そう懇願する者に、お前はどう答えた? お前の魂は罪深い……」



 トートはフェンスの上に片足で立つと、鎌を片手にカナを見下ろす。彼女の目にトートの姿は映っていないし、当然ながら声も聞こえていない。それでも、そう呟かねば気が済まなかった。

 彼女がいじめの絶対的存在として君臨していた裏では、その彼女に虐げられてきた者が必ず存在していた。その対象に、カナがどれだけの仕打ちをしてきたことか。自分の力をただただ周囲に知らしめるためだけに。

 それを考えると、同情の余地など微塵もなかった。


 トートは再び鎌を振り上げると、思い切り彼女目がけて振り下ろす。

 その途端、カナの頭上からは再び突風が吹きつけ――彼女の身に叩きつけられた。風の塊に頭を押し込まれるような形だ、女の筋力で身を支え切れるものではない。



「ひっ……いやあああああぁッ!!」



 カナの身は、ゴミのように宙を舞い――真っ逆さまに地上へと転落した。



 * * *



 次に彼女が目を覚ました時、そこは学園の校庭だった。

 先ほどまでの出来事は全て夢だったのか、それとも昨晩から続くあの悪夢ような騒動は全部悪い夢だったのでは。カナはそう考えると、表情にひと握りの希望を乗せて勢いよく身を起こす。

 だが、彼女が現在いる場所は校庭。心なしか、学園内が騒然としているような気がした。


 どうしたんだろう、授業はどうなったんだろうか。

 そんなことを考えながら思わず辺りを見回したところで、彼女の双眸は大きく見開かれた。



「……! ひ……ひいぃッ! きゃあああああぁっ!?」



 彼女の視界に飛び込んできたのは、校庭に佇む鹿のオブジェ――その角に突き刺さる自分の身体(・・・・・)だったからだ。まるでモズの早贄のような形で、角が彼女の腹部を貫通していた。

 自分はここにいる(・・・・・・・・)――だというのに、なぜ自分の身体が目に映っているというのか。カナは完全にパニック状態になりながら、腰を抜かして尻餅をついた。



「自分の死体を自分の目で見る気分はどうだ?」

「……!? な、なによ……誰よ、アンタ! 自分の死体ってどういうこと!?」

「そのままの意味だ、お前はつい今し方死んだ。今お前が見ている自分の身体は、既に魂の抜けた肉の塊に過ぎない」



 そんなカナに声を掛けたのは、当然トートだ。魂だけになった今の彼女であれば、彼の姿を視認することができる。常に彼の傍に付き添うトイフェルも例外ではない。

 カナは至極当然のことのように向けられた言葉に怪訝そうな表情を浮かべると、下唇を噛み締めながら身体ごとトートに向き直った。



「死んだって……ウソよ! なんでわたしが!?」

「嘘ではない、俺が殺した」

「はあぁ!? 警察ッ、警察呼ぶわよ!?」

「呼んでみろ、お前の声など既に現世の人間には聞こえない」



 その時、校舎の中から教師たちが顔面蒼白になりながら駆け出してきた。

 カナはそれを見て表情を安堵に綻ばせると、教師に助けを求めるべくそちらに駆け寄ったのだが――彼らの身は、現在のカナの身体をすり抜けてしまった。まるでそれが当たり前であるかのように。

 縋ろうと伸ばした手は教師たちに触れることなく、空しく虚空を切る。何度手を伸ばしても、それは変わらなかった。



「今のお前は魂だけの存在だ、当然だろう。肉体と魂の繋がりは既に断ち切った、お前は二度とあの肉体に戻ることは叶わない」

「アンタ……ッ! ふっざけんじゃないわよっ!!」



 カナは固く拳を握り締め、怒りにその手を震わせると弾かれたようにトートに向き直る。

 そうして般若のような形相で彼に向かって飛び掛かったのだが――彼女がトートに殴りかかるよりも前に、両者の間に割って入ったトイフェルによってそれは阻まれた。

 トイフェルが猫目を金色に輝かせると、カナは金縛りにでも遭ったかのように指先ひとつ動かせなくなってしまったのである。



「貴様如きがデァ・トートに触れようとするなど……」

「な、によ……この化け猫、は……っ!」

「……やめておけ、トイフェル。その娘の相手は他にいるようだ」



 普段は自分を貶してばかりいる相棒猫が間に入る様子に、思わず撫で回したくなる後ろ姿を見つめながらトートは吐息混じりに呟いて目を伏せた。

 すると、身動きひとつままならないカナの足元――地面の中から薄ら笑いを浮かべる少女がゆっくりと顔を出してきたのである。まだ幼い少女だが、その身は魂――死人(しびと)だ。

 少女はカナの足を掴み、場に不釣り合いなほど嬉しそうに笑いながら殊更ゆっくりと地面の中から這い出てきた。



「カ、ナエ……チャん……会い、タカっタ……よ……」

「ひいぃッ! ア、アンタ……まさか……!」



 カナはそんな少女を見下ろして、表情を恐怖に引き攣らせた。彼女には、その顔に覚えがあったのだ。



「小学生の頃、お前が徹底的にいじめ抜いて自殺に追い込んだ子だ。よかったな、迎えに来てくれて」

「ふ、ふざけないでよッ!」

「ふざけてなどいない、全てはお前が招いたこと。因果応報と、この国の者は言うのだろう? 今度はその子に、地獄でたっぷりと可愛がってもらえ。……色々な意味でな」

「アリガ、トウ……案内人サン……ウフフ……カナ、エチャン……マタ、イッぱイ、アそボウ、ネエェ……」



 少女はニィ……と口角を引き上げて笑うと、今度はずぶずぶと地面の中へと沈んでいく。無論、カナの足を掴んだまま。すると、カナの魂は彼女に地中の中へと引きずり込まれていく。

 その様を理解してカナは大慌てで地面に両手を張り、必死に抗った。それが無駄な抵抗であることは――恐らく分かっているだろう。それでも、なんとかして逃れたかったのだ。

 真っ青になりながら、カナは最期に恐怖に震えた声を喉奥から絞り出した。



「だ……だず、げで……ッ」

「来世は心優しい人間になれるよう、地獄でたっぷりと反省するんだな」

「いや……っ、いやッ! いやああああああぁッ!!」



 カナが上げたその悲鳴は、騒ぎを聞きつけて集まってきた教師や生徒たちの耳には――やはり、届かない。

 地中に引きずり込まれていくカナを見下ろしていたトートは、彼女の姿が見えなくなったところで、興味を失くしたように静かに踵を返した。


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