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「処理の時間だ」


 翌日、学校でカナを待っていたのは怒りに満ちたクラスメートの視線の数々だった。西園寺を問い詰めるどころの話ではない、クラスメート全員がカナに怒りを滲ませているのだから。

 当の西園寺は昨晩のグループチャットを見てはいたものの、結局何も言えなかった。グループのメンバーから執拗に責め立てられるカナが心配になったが、もしかしたらこれも彼女のいじめの策なのかもしれないと思うと、声をかける気にはなれなかったのだ。


 ホームルームの時間ギリギリに登校したカナは、向けられるいくつもの視線に不服そうに眉を寄せながら静かに席についた。窓際の一番後ろに座る西園寺を睨み付けることだけは忘れずに。

 程なくして入ってきた教師はクラスの様子がいつもと違うことに気付いたようではあったが、西園寺がいじめられていることを知りながら、見て見ぬフリをしてきたのだ。深く気にした様子もなく、淡々とした様子でホームルームを始めた。



 * * *



 それは、昼休みの時にやってきた。

 クラスメートだけでなく、他の学年やクラスからもカナの悪口陰口を聞きつけたと思われる生徒たちが挙って教室に集まり、席に座る彼女を取り囲んだのだ。

 男子も女子も、その表情に怒りをありありと滲ませてカナを見下ろしている。その中には、普段仲良くしていた女子生徒も混ざっていた。



「な、なによ、あんたたち……!」

「なによ、じゃないでしょカナ。マジでどういうこと? 裏ではウチらのことまでバカにしてたワケ?」

「あっちこっちで色々な人の悪口言ってたんだね、本気で見損なったんだけど」



 次々に向けられる言葉の数々に、カナはぎゅ、と下唇を噛み締める。

 弁解しようにも、周囲から浴びせられる言葉は全て事実なのだ。今まで誰もが自分の味方だと思っていたからこそ、あちらこちらで色々な者を対象に悪口や陰口を叩いてきた。

 そのツケが、今こうして回ってきたようなものだ。


 カナは勢いよく席を立つと、大股で西園寺の元へと足を向けた。そうして彼女の机の上にバン、と片手を叩きつけて鬼の形相で詰め寄る。



「あんたでしょ、こいつらに色々バラしたの!」

「そ、そんな、私じゃ……ない……」



 西園寺は怯えたようにカナを見上げ、カナはそんな彼女を目で殺す勢いで睨み据える。けれども、それも長くは続かなかった。彼女のその言葉は、疑惑を肯定しているのと同じことなのだから。



「カナ、やっぱそうなのかよ」

「お前、ガチのクズだわ。サイテーだな」

「クソビッチってあんたのことじゃん、どうせあっちにもこっちにもイイ顔してたんでしょ?」



 それらの言葉に、カナは思わずクラスメートたちを振り返った。

 昨日までは居心地のいい教室内だったはずが、今やこの場に彼女の味方は誰一人として存在しない。完全に敵地になってしまっていたのだ。あちからこちらから向けられる視線は刃物のように鋭く、訳も分からずカナは身を震わせた。

 次はどんな言葉を浴びせられるのか――それを考えると、彼女の華奢な身は思わず小さく戦慄く。

 全身に突き刺さる視線に耐え切れず、程なくしてカナは踵を返すと逃げるようにして教室を飛び出した。



「く……っ、あいつら……今までこのわたしが仲良くしてあげたっていうのに……っ!」



 廊下をどれだけ走っても、周囲からは冷ややかな視線や怒りに満ちた視線ばかりが向けられる。昨日までとはまったく違う、敵意に満ち溢れたものだ。

 居場所がない、居場所がない――居場所が、ない。

 カナはそう思いながら、必死に駆けた。どこでもいい、この視線から逃れられるならばどこでも。


 そう思いながら行き着いた先は、屋上に続く階段だった。

 上がった呼吸を肩を上下させることで整えながら、辺りに人の気配がないのを確認して今度はゆっくりゆっくりと階段を登っていく。



「こ、ここなら……」



 やがて見えてきた鉄製の扉を押し開くと、そのまま屋上へと足を踏み出す。辺りを見回してみても、思った通り人の姿はない。

 カナはようやく一息吐くなり緩慢な足取りでフェンスの方へと足を向けた。その胸中に湧くのは、手の平を返したように自分に向けて敵意を醸し出してきたクラスメートたちへの怒り。

 自業自得なのだが、これまで何不自由なく生きてきた彼女にとっては自分ではなく――思い通りにならない周りが悪いとしか思えなかった。


 しかし、彼女は知らない。

 この場には、あくまでも導かれてきた(・・・・・・)のだということを。

 屋上に設置された給水タンクの上に座り込んでいたトートは静かに立ち上がり、冷めた目でカナを見下ろす。トートが宙に片手を伸べると、何もない空間から大きな鎌が出現した。

 己の身の丈よりも大きいそれを手に取り、肩に担ぐ。彼の足元にいたトイフェルはぴょんとひとつ跳ねて、いつものようにトートの肩へと飛び乗った。



「――さあ、処理の時間だ」



 トートがそう呟くと、応えるようにトイフェルが「ニャアァ」と鳴いた。


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