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「そうだなぁ、明日はどうしようかなぁ」


 西園寺とトートが顔を合わせてから二日、カナは自宅のベッドに寝転がりながらスマホをいじっていた。ひっきりなしに鳴る通知音は、彼女が入っているグループチャットのものだ。

 慣れた動作で文字を打ち込み、他の友人たちも同じようなテンポでメッセージを返してくる。



『明日はどうする?』

『西園寺さんさぁ、せっかくラブレターもらっても呼び出しに応じてあげないんだもん、つまんなーい』



 スマホに表示される文字を見て、カナは「ふふ」と愉快そうに笑う。その頭で考えるのは「明日はどのようにして西園寺をいじめるか」だ。

 ちなみに、このグループチャットには西園寺も入れてある。カナたちがこうした話をしていることは、彼女にも筒抜けなのだが――これもカナによるいじめと嫌がらせの一環なのだ。



「そうだなぁ、明日はどうしようかなぁ」



 カナはベッドにうつ伏せになると、明日のいじめ内容を考え始める。

 いじめを行う者の背景には、家庭内に不満があるだとか日々のストレスだとかが多く潜んでいるものだが、カナにはそういった不満の類は一切存在しない。

 比較的裕福な家庭に生まれた彼女は、優しい両親の深い愛情に包まれて育った。学校では常に人気者で、友達にも不自由していない。自分に好意を寄せる男子も多く、彼女にとって男はいつだってより取り見取り。授業だって真面目に受けなくても、ちょっと甘えてみせれば男子が喜んでノートを見せてくれる。


 いじめは、カナにとっては自分が強者であることを周囲にアピールするためのひとつの道具のようなものだった。

 人見知りで内気な西園寺は、まさにいじめる相手としてうってつけなのだ。


 これからも自分はいつだって人気者で、みんなの注目の的。

 そんな毎日が続いていくものだと、彼女はそう思っていた――この時までは。



「……ん?」



 ふと、カナの手にあるスマホがグループ以外からのメッセージを受け取ったのだ。

 なんだろうと開いてみると、そこにはクラスメートからの連絡。それもひとつやふたつではない、軽く見ても七件ほどは入っており、そうしている間にもどんどんメッセージが受信されていく。



「……え? なによ、これ……」



 スマホの画面に表示されたのは、彼女を責め立てるいくつものメッセージだったのだ。



『おい、カナ! お前、これどういうことなんだよ!?』

『ねぇ、これってなんなの? あなた、裏で私のことこんな風に言ってたの?』



 それらのメッセージと共に添付されていた画像を見てみると、そこに写っていたのは仲のいいグループで話していたクラスメートの悪口や陰口だ。それらは全てカナが友人たちに向けて送った、グループチャットのメッセージそのものだった。

 グループに入っている友人しか見れないメッセージのはず――それが漏洩したのであれば、グループ内の誰かが漏らしたということが考えられる。



「まさか、西園寺さん……? やってくれるじゃないの、あの女……」



 だが、そんな彼女の元へ今度はグループからのメッセージが届いた。

 そこには、常日頃からカナと親しくしている友人たちから送られてくる――他のクラスメートと変わらぬ内容が表示されていたのだ。



『カナ、これマジ? ウチらのこと、そんな風に思ってたの?』

『他のグルから送られてきたんだけど、この悪口ってウチらのことだよね?』



 あろうことか、グループのメンバーにも他で洩らした悪口や陰口が行き渡ってしまっていたらしい。

 カナは何もかもが思い通りになるせいで、少しでも納得がいかないことがあると誰彼構わず不満を洩らしていたのだ。それらは全て些細なことではあったが、自分の悪口を陰で言われていたことを知って、快く思える者などそうそういない。

 こうしている間にも、スマホは次々に様々なメッセージを受信していく。鳴りやまない通知音に、カナは思わずスマホを壁に叩きつけた。



「あの女ッ、西園寺ね!? 絶対に許さない、明日覚えてなさいよ!」



 カナは頭から布団をかぶると、込み上げる怒りをやり過ごすように身を丸めた。



 * * *



「……トート、他のことにそのお力を使ってはいけませんよ」

「お前の中で俺はどんな奴なんだ」



 トートは高層マンションの屋上に佇みながら、伏せていた目を静かに開いて肩に乗る相棒猫を横目に見遣る。

 カナとそのクラスメイトのスマホに入っている、彼女がこれまでに洩らした悪口や陰口の数々。それらはトートの力によって本人のスマホへと勝手に送られていたのだ。

 夜空に視線を投げ掛けると、彼の双眸は灰色から血のような真紅へと変貌を遂げる。それはトートが己の力を行使している証だ。


 夜空にぽっかりと浮かぶ映像には、カナが壁に叩きつけたスマホを拾い、必死に電源を切ろうとしている様が映し出されていた。

 それを見てトートは軽蔑するような眼差しを向けながら、ふと睨むようにその目を細める。



「……一晩中その音に魘されるがいい、電源は切れぬようにしてある。まだまだ……お前が吐き散らかした悪口陰口は大量にあるぞ」



 トートが映像の中のカナに目線を合わせて双眸を真紅に輝かせると、彼女の手にあるスマホは更に強く振動し、また大量のメッセージを受信していく。

 カナは鳴りやまないスマホの通知音に、泣き喚きながら身を縮めて布団をかぶり直した。まるで全ての現実から逃れるように。


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