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「早く食べないと流れてっちゃうよぉ?」


 その日、西園寺は朝から散々な目に遭っていた。

 登校した際に靴箱に上履きがなく、代わりにいくつもの手紙が押し込められていた。上履きがなくなるのはいつものことだし、こうした手紙も既に慣れたものである。

 上履きの代わりに来客用のスリッパを履き、西園寺は手紙の束を鷲掴みにしてカバンに押し込んだ。



「(どうせ、また……)」



 手紙の内容は、ラブレターだ。

 否、正確に言うのであれば「偽りのラブレター」である。

 最初の何度目かは、彼女もドキドキしながら指定された場所に向かったのだが、待っていたのは手紙の差出人と思われる男子生徒と有栖川奏恵(ありすがわかなえ)たちだった。



『あははは! やだっ、本当に来たわ! あなたみたいな女、男子が相手にすると思ってるのぉ?』

『誰がお前みたいな根暗な女に告白するかってんだよ! ぎゃははは!』



 このラブレターも、有栖川奏恵の考え出した「いじめ」の内のひとつだったのだ。

 ペタペタとスリッパで廊下を歩いていると、ふと足の裏に刺すような痛みを感じる。なんだと見てみれば、画鋲が刺さっていた。ちらりと視線を上げた先では、有栖川奏恵が――カナがくすくすと笑っている。

 この画鋲を廊下に落としておいたのも彼女なのだろう。


 教室に入り自分の席に向かうと、机の上にはゴミが散乱していた。

 お菓子などのスナック菓子の空き袋や、パンの食べカスなど様々だ。西園寺は持っていたカバンをぎゅ、と握り締めると何も言わずにゴミを片づけ始める。

 そんな彼女の姿を見て、クラスメートたちは愉快そうに声を立てて笑った。



 昼休みはいつものようにカナたちに呼び出され、トイレに押し込まれた彼女は持っていたお弁当の中身を全て便器の中にぶちまけられた。



「あれ? 西園寺さん、お弁当食べないの?」

「ほらほらぁ、早く食べないと流れてっちゃうよぉ?」

「は~や~くぅ~! 顔突っ込んで食べてよぉ! きゃはははっ!」



 便器の中にはぷかぷかとお弁当のおかずが浮いている、それらは彼女の母親が作ってくれた愛情たっぷりのおかずだ。

 けれども、便器の中に浮かぶそれを口にはできなかった。西園寺は内心で母に謝罪しながら、この地獄の時間が過ぎ去ってくれるのを、ただただ耐えて待つことしかできずに膝の上で固く拳を握り締める。

 耳にはいつものようにカナの愉快そうな高笑いがいつまでも響いていた。



 下校時間は、彼女にとって一番地獄と言える時間帯だ。

 西園寺は荷物持ちとして、カナたちのカバンを全て持たされる。彼女たちが寄り道する際は、それらの用事が全て終わるまで付き合わなければならない。

 不幸中の幸いか、今日は特に寄り道はしないようだが――彼女の身に圧し掛かる五人分の荷物は女の身にはとても重い。


 楽しそうにお喋りをしながら先に校門を出て行くカナたちの背中を見つめて、西園寺は息を切らせながらゆっくりとした足取りでその後を追う。遅れれば、また何を言われるか――そう焦りながら。

 しかし、校門を飛び出して角を曲がった時。彼女の双眸は不気味なものを捉えた。



「(……!? な、なに……? 不審人物……!?)」



 頭から足元まで、真っ黒い合羽のようなものを着込んでいる不審人物が校門のすぐ傍に立っていたのだ。その足元には同じく黒い毛を持つ猫が一匹。

 そのどちらも西園寺には気づいておらず、先に行ったカナたちの方を見つめている。

 もしや女子高生を狙う変質者か何かだろうかと、彼女の頬にはひとつ冷や汗が伝った。だとすれば、恐らくカナたちを狙っているのだろう。カナは性格こそ最悪だが、顔立ちは非常に可愛らしい。



「ひ……ッ!?」



 だが、彼女がそんなことを考えていた矢先――ふと、当の不審人物が西園寺の方を振り返ったのだ。

 てっきり中年だろうと思っていたのだが、フードの下に見える顔立ちは若い。二十歳前後ほどの青年という印象を受ける上に、とても整った風貌の持ち主だ。

 青年は暫し西園寺を見つめた末に、静かに眉を寄せる。まるで訝るように。



「……トート、この方……我々の姿が見えているのでは?」

「ひぇッ……! ね、猫がしゃべった……!?」

「……そのようだな」



 あろうことか、青年の足元にいる猫が人語を喋り出したのだ。その事実に西園寺は瞬時に蒼褪めると、大仰に後退る。テレビ番組で「うまいうまい」と言いながらごはんを食べる犬や、飼い主の出迎えに「おかえり~」と言ってくれる猫などは見たことはあるが、このようにハッキリと人語を喋る動物など見たことがない。

 言葉を教わったオウムやインコならば分からないでもないが、見るからに猫だ。

 しかし、青年や猫はさほど驚いたような様子もなく、静かに口を開いた。



「おい、娘」

「は、はははひッ!?」

「あと二日だけ耐えてくれ」

「……はい?」



 青年の言葉は、西園寺には理解できなかった。耐えるとは、一体何のことだろうか、と。

 思い当たることはある、いじめだ。だが、見ず知らずの彼がいじめをどうにかしてくれるなどあり得る話ではない。

 では、どういう意味なのだろうか――西園寺はそう考えたが、彼が続きを口にするよりも先にカナたちが大声を張り上げ始めた。


「ちょっとおぉ! 西園寺さん、なにやってるワケぇ!? さっさとしてよね! このグズッ、ノロマぁ!!」

「あっ……」


 急き立てる彼女の声に西園寺は前方と青年とを何度か交互に眺めた末に、青年――トートにぺこりと頭を下げて、大慌てで駆け出していく。

 トートは複雑な面持ちで彼女の背中を見送り、脇に下ろした拳を指先が白くなるほどに握り締めた。


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