「少しは楽しませてくれそうではないか」
阿東は懐から数枚の札を取り出すと、勢いよく突き出してくる。
すると、札から禍々しい気配を放つ髑髏が現れ、大きく口を開けてトートへと襲い掛かってきた。このまま喰らってやろうと言うのだ。
阿東の霊能力をたっぷりと込められたその一撃は、人間の目には見えない。傍から見れば、阿東が一人で何もない空間に札を突き出しているように見えるだろう。
しかし、トートやトイフェルにはそうではない。直撃を喰らえば魂そのものに大打撃を与える攻撃だ。
「(厄介な……閻魔の奴め、知っていて言わなかったな……)」
トートは内心で閻魔へ文句を連ねると、体当たりでもかますかの如く一直線に飛んでくる髑髏の咬み付き攻撃を真横に跳ぶことで躱す。改めて片手で器用に鎌をひと回転させると、刃を思い切り髑髏の後頭部へとぶち当てた。
その一撃を受けて髑髏はあっさりと空気に溶けて消えていく。しかし、阿東は焦ることをしないし、トートもこの程度で終わるとは全くもって思っていない。即座に向き直ると、不敵に笑う阿東に自然と表情が歪んだ。
「ほほう、今回の死神は少しは楽しませてくれそうではないか」
口角を引き上げて笑う様を忌々しそうに睨み据えながら、トイフェルは猫目をゆるりと細める。普段から何かと賢いこの猫のこと、阿東の発言のひとつひとつを聞き逃すはずがない。
「(今回のとは……まったく、そういうことですか。魂の回収とは言われましたが、このような厄介な者まで含まれているとは――)」
口にこそ出さないが、トイフェルは内心で閻魔へとひとつ舌打ちをした。
普段の主であれば、いくら高い霊能力を持った者であってもそうそう苦戦などするはずはない。しかし、今のトートは本来の力の半分も引き出せない状態だ。相手が悪すぎる。
「そらそら、あっさり消滅してガッカリさせないでくれたまえよ!」
「トート、一旦退きましょう。幸いにも、会話までは聞かれていないようです、今のあなたの状態では……!」
「術をかけられたあの者はどうなる、ここで退くわけにはいかない。なんとしても仕留める」
阿東が死神の存在を感知できる人間だとは知らなかった。
そのため、トイフェルは一時撤退を考えたのだが――トートが気になるのは、つい先ほど阿東によって催眠術をかけられた女性のようだ。現在も畳の上に転がって意識を飛ばしている。
ここでトートとトイフェルが撤退すれば、次は彼女が阿東の魔の手にかかることになる。そんなことを見過ごせるほど、トートは非情ではない。
「(……一撃でいい、肉体と魂の繋がりさえ断ち切れれば……それで終わる)」
トートが振り回す鎌は、肉体に傷を付けるものではない。あくまでも魂に影響を与えるものだ。一撃でも浴びせることができれば――簡単に魂を引きずり出せる。
しかし、トートはそれが決して簡単なことではないと分かっていた。彼の目に映るのは――阿東の身を取り囲むようにして出現した大小様々な髑髏の群れだ。阿東が展開した術のようなものだろう。
「恐ろしい霊能力です、あれほどのものをあんなに複数操れるとは……」
「さあさあ、来ないのならばこちらから行くぞ! 避けきれるかなぁ!?」
阿東が口角を引き上げて笑みを深めると、数珠を握る手を再び勢いよく突き出す。それと共に阿東の周囲に展開していた髑髏たちが大口を開けて飛び掛かってきた。
とは言え、その姿はあくまでも髑髏。首から下など存在しない。ゆえに、先ほど同様ほぼ体当たりの勢いだ。
迫りくる群れを前に、トートは回避という選択をしなかった。両手で愛用の得物を構え、片足を一歩後ろに引く。
「(避けるまでもない、全て一掃する――!)」
鎌の柄を両手でグッと握り締めて、一息に振り抜くべく髑髏の群れに照準を合わせた。
本来の力を出せないとは言え、トートが全力で叩き込めばこのような髑髏など盾にさえならない。襲い来る群れを一掃した勢いで、その奥にいる阿東の魂を引きずり出す。トートの狙いはそれだ。
奥歯を噛み締め、後ろに下げた片足に全体重を一旦乗せ、勢いをつけて得物を振ろうとした――――まさにその時だった。
「――死神さんっ!!」
トートの背中に、すっかり聞き慣れた声が届いたのである。
この場にはあまりにも不似合いな少女の声。それは紛れもない、西園寺のものだった。
トートは反射的に肩越しに後方を見遣ったが、最悪なことに幻聴ではなかったらしい。彼の目はしっかりと彼女の姿を捉えていた。
今、この鎌を振れば比較的近くにいる彼女の魂まで巻き込まれる恐れがある。そうなれば、まだ生きられる――否、生きなければならない西園寺の魂さえ引きずり出すことになってしまうのだ。
「彩さん!? なぜこんな場所に!?」
「きゃ……ッ!?」
西園寺は、目の前で繰り広げられる光景に双眸を見開き絶句した。霊感の強い彼女の目は、阿東が放った髑髏の群れさえも捉えてしまう。今まさにトートを喰らおうと迫る髑髏を見て、真っ青になりながら両手で己の口元を覆った。
トートは真正面へ視線と意識を戻すと、眉根を寄せて双眸を細める。
――仕事と人命。
天秤にかけるには、あまりにも重みが違い過ぎた。
トートは振るおうとした鎌を両手に持ち直し、せめて少しでも衝撃を和らげるべくその両手を前へと突き出す。主人の意図を察したトイフェルは彼の足元で双眸を輝かせ、腹の底から声を出した。それは超音波の如く髑髏の群れに襲い掛かったが、僅かに勢いが落ちただけで完全に止めるまでには至らない。
「死神さん! トイフェルちゃん!」
トートとトイフェルに襲い掛かる髑髏が真正面から激突する様を、西園寺は悲痛な叫び声を上げて見ているしかできなかった。




