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◆Prologue◆


 眠ることを知らない夜の繁華街に、救急車のけたたましいサイレンが響き渡る。

 赤いライトをまき散らしながら颯爽と走る白い車は人々の興味を惹くが、それも一瞬のこと。辺りを行き交う通行人たちは、次の瞬間には手元のスマホへと視線を落とし、黙々と歩き始める。


 居合わせた数人は嫌そうな表情を浮かべて、救急車が走り去った方を見つめていたが――やがて興味は失われ、人の群れへと紛れていった。


 程なくして繁華街の一角で停車した救急車からは、看護士と思われる数人が降りてくる。バタバタと慌てた様子で彼らが入っていくのは、こじんまりと佇むホテル――所謂、ラブホテルという場所だ。

 ストレッチャーを持ち中に入っていく救急隊員を見つめながら、一人の看護士が運転席から降りてきた男性に声をかけた。その表情には不安の色が見て取れる。

 けれども運転手の男は面倒くさそうに車に寄りかかると、ポケットから煙草を取り出して一本口にくわえて先端に火を点けた。



「……はぁ、ホテルで心臓発作とは最悪ですねぇ」

「最悪なのは家族だろ。不倫の挙句ラブホで腹上死なんて奥さんにしてみりゃ悪夢だろうよ」

「でも、未遂みたいですよ。ショックは受けてるみたいですけど、まだ始める前だったとか」

「それでも似たようなモンだよ、家族にとっちゃあな」



 煙草を人差し指と親指でつまみ、ふっと男が息を吐き出すと白い煙がふわりふわりと夜の闇へと消えていく。

 夜の街には数えきれないほどの人間が存在している。

 それ故に、繁華街の一角で起きた騒動に深い興味を寄せる者などいなかった。



 騒動の現場となったホテルの屋上――そこに、ひとつの人影があった。

 夜の闇に紛れる漆黒の衣を羽織る様は、傍目には不審人物にしか見えない。すっぽりと頭を覆うフードの下から覗く髪は、青みかかった黒髪。

 肌は不気味なほどに白く、双眸は灰色をしている。見た目から推測できる年齢は――恐らく二十歳前後だろう。



「お見事です、デァ・トート」



 そんな不審人物の傍には、衣と同じ色をした黒毛の猫が一匹。金色の猫目をぎょろぎょろと輝かせながら、傍らに座り込む青年を見上げて称賛を贈った。

 ふわふわの毛を持つその猫は、品種で言うのならばノルウェージャンフォレストキャット――凛々しい雰囲気が漂う成猫だ。

 デァ・トート――そう呼ばれた黒衣の青年は、その黒猫を横目に見遣り、ふと口元に薄く笑みを滲ませた。そしてすぐに救急車を見下ろして双眸を細める。



「しかし、いつもながら人間は人の死に対して随分と無関心なのだな」

「一部例外はいますが、人間は己を偽ることなど容易でございます。上辺では悲しんでいるように見せかけて、内心ではまったく興味がないなど日常茶飯事ですからね。我々が見ている()が真実の姿でしょう」



 喋る黒猫の淡々とした言葉に対し、青年はつまらなさそうに救急車の周辺を見下ろす。そこには、煙草を吹かす運転手の男と、不安そうな面持ちで溜息を吐く看護士がいた。

 遠くからはパトカーのサイレンも聴こえてくるが、青年の興味はすぐに消失し――次に彼は己の斜め後方へと視線を投げかける。

 すると、暗い屋上の片隅には一人の中年男性が所在なげに佇んでいた。けれども、その身体は透き通っていて、その場に肉体がないことを暗に示している。



「な……なんだ、ここは……屋上? 俺は、なんで……確か……」

笹川功(ささがわいさお)、数多くの婦女暴行を繰り返してきたようだな。今夜も学生を言葉巧みに騙し、このような場所に連れ込んで行為を行おうとした――そこまでは覚えているか?」

「だ、誰だテメェはッ!?」

「覚えているかと訊いているのだが……まあ、いい。笹川功、お前は連れ込んだ学生と性行為を行おうとしたところで心臓発作を起こし、そのまま死んだのだ。……と言っても、お前を死なせたのは俺だがな」



 至極当然のように紡がれていく言葉に、笹川功と呼ばれた中年男性は暫し呆気に取られて黒衣の青年を見つめていたが、やがて我に返ると大股で歩き、距離を詰めた。

 その表情はどこまでも必死で、下手をするとそのまま泣き始めてしまいそうだ。



「お、お前が俺を死なせただと!?」

「うむ。お前、年端もいかぬ多くの娘を随分と食い物にしていたそうだな。そのせいで娘たち数人が自ら命を絶ち、予定外の命が複数この世を離れたことで閻魔は怒り心頭だ。それ故にお前の魂を強制的に回収することとなった」

「な……なんだ、なにを言ってやがるんだ……? テメェ、ふざけたことばっかぬかしやがって! 一体何者だ!?」



 青年の言葉を、男はまったく理解ができなかった。

 自分の頭でも分かるように説明を求めて虚勢を張るが、青年はそんな男を見て興味なさそうに目を細めると、己の肩に飛び乗ってきた黒猫を片手で撫でながら静かに口を開く。



「冥界案内人……お前にも分かるように自己紹介するのなら――死神だ」



 青年がそう口にすると、肩に乗った黒猫の双眸が一際力強い輝きを放ち――次の瞬間、ホテルの屋上には男の悲痛な叫びが木霊したが、魂となった男の声が聞こえた者は誰一人いなかった。



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