94、第4の選択
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何が一番旨かったかと聞かれれば“カレー”だ。
それも、本格的なカレーでは無くて遠い昔に食べた記憶のある家庭的なカレーだった。
なぜ、あれだけ豪華な料理の中にあんなモノがあるのかと訪ねたら、まず“あんなモノ”と言った事について指導が入った。
あれは、俺の記憶の中から一番旨いと感じたモノを用意したという事だった。
それを“あんなモノ”扱いしてはいけないと、やけに大人びた口調で言われたが、四桁の年齢と言われていたので、妙に納得出来た。
一番旨いモノの記憶は同時に一番大切で、一番幸せな時間を再現したという事だった。
だからか……。
こんなにも満たされているのは。
「決まったかい?」
食事を終えて、デザートで一息ついていた俺にイフが問いかける。
イフの粋な計らいは、カレーだけでは無かった。
どれだけ食事をしても、満腹にはならずに、好きなだけ好きなモノを食べられるというオマケ付きだった。
「イフ、お前はどれを選んで欲しいんだ?」
「僕かい? 僕は何だって良いよ」
「そんな風には見えねーよ」
「そんな事を言われたって僕には君に強制する事は出来ないし、僕自身も君の選択が楽しみでもあるんだ」
「だったらそろそろ選ばねーとな」
俺は立ち上がりイフに右腕を差し出した。
「何をやっているんだい? もしかして、今さら詠唱でもすれば何かが変わるとかこの期に及んでそんな事を考えている分けではないだろう?」
「あぁ、俺が選ぶのは犠牲だ」
「そんなモノ選択しには無いよ?」
「いいや、あるね、イフ! お前が気付いてねーだけだ」
イフが自信の身体の前で右腕を一降りする。
「気にしないでおくれよ、これだけの膨大なデータは流石に確認するのに時間がかかるんだ」
そう言って右腕を降ったままの姿勢で固まるイフの周りに膨大な数の赤い文字が渦巻き出した。
「何をやってれんだ!?」
俺の声にもまるで反応を示さないが、すべての文字を目で追ってるのか、眼球が物凄い勢いで動いている。
しばらくの間、俺が読み取る事の出来ない速度で渦巻いていた文字は次第にその速度を緩めて俺でも読める速度になってきたが、それが崩れたアルファベットだという事以外は理解出来なかった。
「やっぱり無いよ! 君が選ぶ犠牲なんてルールには当てはまらない!!」
「だから気付いてねーだけだって」
「分かった、もう一度見てみるよ」
「俺の話を聞いた方が早いだろ?」
「イヤだね! 僕は何としても見つけ出したいんだよ!」
「だったら気が済むまでやれよ」
俺は、断固として耳を傾けないイフに背中を向けて、どれだけ見ても見飽きる事の無い青い星の眺めを独り占めにした。
「なぁ、そろそろ分かったか?」
「答えは簡単だったんだね?」
残った料理を俺が食い尽くす頃にようやくイフが答えを見つけたらしい。
「犠牲? そんな答え最初から無かったんだ! 君は“栄光”を“犠牲”と皮肉を込めてそう呼びたかったんだろ?」
「違うよ」
「っえ!?」
「だから違うって言ってるだろ?」
「そんな分けは無い! 僕は何度も何度もすべてルールを読み返したけど、そんなモノは存在しなかった」
「だろうな」
「っえ!? 君は僕をバカにしてるのかい?」
「そんな事はねーよ」
俺が豪華な食事を堪能していた数十分間か、或いはもっと長い時間立ったまま必死で考えていたイフに称賛を送るように、イフの側まで近づき肩を抱き寄せた。
「っな!? もしかして君は僕を脅せば何とかなるとか思っているのかい?」
「そんな分けねーって、お前が一番分かってるんだろ?」
「さすがに、君はそんなにバカでは無い事は理解してういるよ」
「だろ?」
「分かったよ、正しい答えがあるというのではあれば、場合によっては僕の完敗だよ、早くそれを言ってみると良いよ!」
景色がまた真っ白な部屋に戻り、隣にいたイフと向かい合わせに立っている。
本人はあやふやにしたが、こいつは間違い無くこの世界の本当の神だ。
こいつも神である為にルールに縛られているらしいが、そのルールの中では間違い無く最強だ。何でも出来る。
「俺は、お前が新たに創る世界で、今度はルールに従って、救いたい全員を連れて来る事にするよ」
「な、何を言ってるんだい?」
「創るんだろ? もう一度世界を」
「それは、君が神以外の選択をするんだったら創る、創るけれども」
「何か不具合があるか?」
「無いよ! 無いけど、最高な3つの選択を君は……」
「そうだよ、どれも選ばない」
「神になって、簡単な試練を与えて皆をクリアさせる選択も出来るんだよ!?」
「だろうな、それも考えた」
「それに、君は全員を解放する事だって出来たんだよ!?」
「だろうな、それも考えた」
「君が“金”を選択するとは考え無かったが、その選択だって出来たはずだ!」
「だろうな、まぁそれも少しは考えた、一応な」
「何も選択しないという事が“犠牲”と言うのか?」
「全ての選択を犠牲にするんだ、間違いじゃねーだろ?」
「そうだけど……」
再び俺はイフの肩を抱き寄せる。
完全に意気消沈した様子で下を向いているイフを強く抱き寄せる。
今度は不意に景色を変えられる事も、立ち位置を変えられる事も無かった。




