92、最終到達者
どこまでも。
どこまでも、縦穴は続いた。
白い各階層に同じように白い部屋があり、同じように複数の白衣を着た人々が白いベッドで寝ている人々を観察している。
どこまでも続く縦穴を落ちて行く。
昔、本当にかなり昔の事だ。
俺は、海外旅行をした時に、一度だけスカイダイビングというモノをやった事がある。
最初こそ凄まじい重力を感じて落下して行くが、途中からまるで重力から解放されたように身体が浮いた感覚を覚える。
風は凄まじく、落下している感覚は有るが、最初、途中、最後とそれぞれに感覚が異なる。
俺は、どこまでも続く縦穴に違和感を覚えた。
その感覚は、以前感じたスカイダイビングのそれとは異なった。
『ホントに君は無茶苦茶だね』
頭の中に声が響く。
『しょうがない、認めるしか無いのかな』
落下する感覚が突然に身体から引いて行く。
直前まで見えていた、各階層の明かりは突然の暗転で何も見えなくなる。
上下の感覚が無くなり、気付くとある部屋の一室に立っていた。
「おめでとう! 君を完全なる到達者と認めてあげるよ」
そこは、部屋の壁が全て映像を映し出すモニターのようになっている薄暗い部屋だった。
声の主は、黒っぽく肩まで伸びた髪を頭の後ろで一つに結んでいる、金色の瞳を持つ不思議な少年だった。
この声の主を一目で少年と思ったのは、声が少年のようだった事と、着ている服装が、少年が着る正装というのだろうか、タキシードとは少し異なる、つまり少年っぽい格好をしていたからだ。
「立ち話もなんだから、そこの椅子にでも座ると良いよ」
揃った前髪を揺らしながら、少年は部屋の端にあった椅子に座ると、そう言ってパチンッと指を鳴らすと、俺の目の前に無機質な部屋に不釣り合いな、木で創られた暖かい雰囲気の椅子が突然に音も無く現れた。
「言っただろ? 言わなかったかい? その椅子に座ると良いよ」
少年が再度そう言うと、次の瞬間俺は椅子に座っていた。
椅子に無理矢理に座らされた感覚は無かった。
気付くと椅子に座っていたのだ。
「所で、いつから気付いていたんだい? 気付いていたのかい?」
「何をだ?」
「何も気付いて無かったのかい? やっぱり!」
「さっきから何を言っている? この状況は何なんだ?」
少年は、憤りを覚えた様子で立ち上がると、突然に笑みを見せ、手を叩き始めた。
「どちらにしても、この部屋に入れてしまったんだから、君の勝ちだよ」
「ここは…… どこだ?」
「君は全てのイベントを達成したんだよ」
少年がそう言うと、突然に景色が変わり、変わったと言うか、気付いたら、草原に立っていた。
「さて、報酬んなんだけ、君は何を選ぶ? 流石にここではルールが絶対だからね! それに関しては1mmも譲れないからね」
「報酬?」
「さて、選ぶと良いよ、君は何を選ぶ、元の世界に多額の現金を持ち帰るか、神となってこの世界を創造するか、この世界に囚われている人々を解放するか、選べるのは一度限り、一つだけだよ」
少年がそう言うと、再び景色が変わった。
俺は、正方形の真っ白な部屋に少年と二人きりで向かい合う形で真っ白な椅子に座っていた。
「これが、この世界の全てだよ、知りたかったんだろ? 真実が」
「これが、全てってどういう事なんだ? 白衣の男が言ってた事は何だったんだ?」
「あれは、最後のイベント“WORLDEND”もしもこの世界がそんな世界で君が一番大切なモノを失っても、そんな現実を受け入れられるかって言うイベントで、仮にそれが嘘の真実だと見抜いた場合は、白衣の男がラスボス“最果ての獣”へとその姿を変えて、君にスキルと魔力が復活して戦ってどっちが勝つかっていう壮大なシナリオを用意していたんだけど、君がそれらを全て無視して、飛び降りるから筋書きが変わったんだよ」
少年は、いつの間にか現れていた真っ白なテーブルの上に用意されていたシフォンケーキのようなモノを食べながら、久しぶりにみたコーラのような飲み物を飲みながら残念そうな表情でそう言った。
「ただね、君が飛び降りただけだったら、そのまま殺してバットエンドでも良かったんだけど、まさかあそこで詠唱をされると、システムが判断しきれなかったんだよ、君が何をやりたかったのかをさ」
ズズズと音をたてて少年はコーラを飲み干す。
「あ、君ももしかして飲みたかったかい?」
少年がそう言うと既に俺の手のひらの中にグラスにたっぷり注がれたコーラが握られていた。
「さて、もう一度聞くよ、君は何を選ぶ?」
「俺は、チイユに……」
「さっきから、君は何かにつけてチイユ、チイユと、本当に女々しい男だね、どーして僕は、システムはこんな男を……」
俺がコーラの入ったグラスのストローに口を付けようとすると、次の瞬間には俺は両手を膝の上に置き、コーラのグラスは消えていた。
「やっぱり、君にコーラはあげない、それよりも早く選ぶと良いよ」
「囚われている人々を解放するとして、人々には俺も含まれているのか?」
「良い質問だね! それでこそ、最終到達者!!」
少年は、初めて嬉しそうに笑った。




