91、真実の果てに
「良いんだよ、君の思いは当然だ」
「俺が…… 俺が、あの世界に戻って皆を連れて来る」
「そうだね、本来だったらそれも試験に組み込まれていたんだが、君が試験段階を無視して目覚めてしまったから、あの世界に還す事は出来ないんだ」
俺の頭の中に黄金の扉を破壊した光景が浮かぶ。
「思い出したかい?」
「あぁ……」
「まぁ、そのお陰で君は全ての人々を置き去りにして真っ先に最短で目覚める事が出来たんだけど、それも一つの試験の結果だね」
「チイユは…… 最後の扉の前に居たチイユはあの扉を通って目覚める事は出来ないのか? チイユが言ってた伏線ってなんだ?」
「伏線? の、意味はよく分からないが、チイユがこちらの世界で目覚める事は無いんだよ」
「何を、言ってる?」
「知ってるかい? 常に状況が変化するMMORPGでは、それらの不具合を修正する機能が備わっている事を」
「知らねーよ! それよりも目覚めないってどーいう事だよ!」
「彼女が、その機能そのものだからだよ」
俺は一度大きく空気を吸い込み、呼吸を整える。
「ジン君、君があまりにも色々と規格外だった為に、様々な不具合が発生してね、それを修正する為にチイユという存在が必要だったんだよ」
「つまり?」
「つまり、チイユという存在は現実には存在しないんだよ」
俺の胸の奥に、心という臓器があるとして、それがガラスか何かで出来ているとして、それが今激しく音を立てて砕け散る感覚が全身を支配した。
いつからか、白衣の男の瞳を見ることが出来なくなっていた。
「どうしたんだい? ゲームの中ではあんなにも強気で、規格外の事を起こし続け、犯し続けてきた君が、君らしく無いじゃないか、こんな事位で」
こんな事位と言ったか? 今、こいつはこんな事位と言ったのか?
「チイユに会わせろ……」
「だから、チイユは現実の世界に居ないし、あの世界に還る事は出来ないんだ、諦めたまえ」
「お前は、俺が諦める姿を見た事があるのか?」
「だったら、どうするんだい? 現実の世界では詠唱は無いし、スキルも無い、君が言ってる事はただの我が儘なんだよ、大人なんだから、もう少し現状を受け入れて理解すると思ったんだが」
「だから、お前の知ってる俺はそんなに大人だったのかと聞いている?」
視線を上げて、男の瞳を見ると、俺から視線を外し何やら考え込んでいた。
いつからこの男は俺から視線を外したんだ?
「俺は言ったよな?」
「何をかね?」
「何もかも失ったとしても、俺が守りたいモノ位は絶対に守ると」
「そんな事を言った所で、無理なモノは無理なんだよ」
俺は、椅子を倒し立ち上がり、白衣の男に背を向け、不自然な中庭をあとにすると、必死にチイユの姿を探した。
目覚める直前に見たあの光景が、夢でも無く、ゲームの世界でも無いというのであれば、現実に、この世界のどこかに必ず居るという強い思いで、全ての場所を探して回った。
薄着に裸足で走り回る俺を、白衣を着た人々が驚き止めようとするが、どういう分けか、本気で止めようとするモノは居なかった。
その様子は、俺に触れるなとでも言われているようだった。
底が見えない縦穴がある広大な空間をどこまでも降りてチイユを探した。
途中、エンディや、ローヤ、他にも見たことのある顔が沢山居た。
しかしどこまで行ってもチイユの姿が無い。
どれだけの時間探したのか、息は切れ、思うように身体を動かせない。
それでも、広大な空間の階層の縦穴の下に地面が見える事は無い。
これだけ居ればどこかに必ず居ると信じて、俺は全身の疲労と痛みに耐えて必死に探した。
「ジン君! 諦めたまえ、それよりも元の生活に戻れるように準備をしようじゃないか!」
「うるせー! そんなの俺は求めて無いんだよ! チイユだけが、チイユだけが俺の全てだったんだ!」
「何を言ってるんだ、他にも君は様々な女性達と出会ったではないか? チイユ以外であれば、目覚める可能性はあるんだ! それよりも、今無理すると大変な事になるぞ!」
「大変な事って何だよ?」
「私は、私達は君の身体の心配をしてるんだ!」
白衣の男が必死で俺の事を考えてくれているのは理解出来る。
それでも、理解出来ない事がある。
「待て! ジン君! 何をしようとしているんだ!」
俺は、縦穴と白い床を隔てる柵に立ち右腕を前に伸ばした。
「古よりも深きモノ……」
「そんな、詠唱無駄だと言ってるんだ! なぁ、危ないからその柵から降りるんだ!」
白衣の男の静止を聞き流し詠唱を続ける。
「太陽を飲み込む漆黒の闇よ
今、同刻の断りを破りて
汝の力を示さん
我、
汝と交わり世界に災厄と希望をもたらせるモノ
闇を深く、光を遮り、刻を奏でよ
金は満たされた
我、刻を満たすモノなり
我の声を聞け
我に力を与えよ」
「災厄と希望の神よ
我の意思と、金色の力を得て、今ここに顕現せよ!」
この詠唱に何の意味があったのか、なぜあんな事をしたのか俺にも分からないが、詠唱を終えるとそのまま下の見えない縦穴に飛び降りた。




