8、チューとリアルの果てに
「何してるっすか、ローヤ!諦め無いんじゃなかったんすか⁉」
「ははははは、こんなの無理だよ」
俺は、ローヤの目線まで屈むと、思いっきりその顔を殴った。
さっき叩かれたお返しだ。
「心配するなチイユ、俺が何とかしてやる」
「ジンさんはいつも口先だけっす」
なんだ、お前、やっぱり俺の事をそんな風に思ってたのか?
「でも、それでも、オイラの前に立って守ってくれる姿は、かっこいいっすよ」
……分かっている、目の前に居るのは、青髪の少女では無い事も、ただのおっさんだという事も分かっている。それなのに、それなのに、俺の中から熱いものが込み上げて来る。
絶対に守る!
強くその事を決意した時、文字の崩壊は完全に終わり、飛竜が羽ばたく風圧で、俺は吹き飛ばされ風圧で壁に叩きつけられる。
チイユは、自身を中心にスキルで防御した状態で、その防御の壁を飛竜に叩き付ける。
暴れる飛竜の風の刃で、チイユの表皮には次々に傷がついて行く。
それでも必死に、ローヤを含めた全員を守ろうとしている。
俺が吹き飛ばされた時、栗色の髪の女に風の刃が飛ばされ、それを防ぐ事にやっとで、その風圧を受けて飛ばされる俺に構う余裕が無かったのだろう。
それでも、そんな間抜けな俺の事を気にかけている。
集中力が途切れ、ダメージを受ける、それでも周囲には傷一つ付けないように必死で守っている。
俺は何をやっているんだ……
折角チュートリアルを終えてスキルを身に付けたのに……
……
スキル!?
俺のスキルは何なんだ、どうやって発動するんだ!?
「スキル発動!」
俺は、見よう見まねで叫んでみた。
これで何とかなるとは思っては無かった、が、何とかなった。
俺が叫び終えると、飛竜が現れた時と同じように、俺の前に、空中に文字が刻まれ出した。
“スキル;幸運
使用する際に、対価として金貨を用い、幸運を消費する”
その下にも、使用方法や注意点等かなりの文字数が描かれていたが、一瞬にして現れ、一瞬にして消えた。その文字を俺は上の二行しか読み取る事が出来なかった。
それでも可能性があるなら。
「ローヤ金貨を貸してくれ」
俺は、必死にローヤに近付き、金貨を貰った。
その間も必死でチイユが守ってくれる。
その姿は既にボロボロになり、白と青の綺麗な洋服が血で赤く染まっていた。
俺に殴られたまま、地面に転がり天井を眺めるローヤは、無気力に俺に金貨を渡すと右腕で顔を覆い隠す。
どうすれば良いんだ?わからねーが、急がないとチイユが持たない。
今度こそ俺が皆を助ける!
「スキル発動!“黄金の軌跡”」
俺は、スキル発動と共に輝きを放つ金貨を飛竜めがけて投げつけた。
その間に、幾重にも重なった風の刃が飛んで来たが、その全てをチイユが防いでくれた。
これでダメなら死んだ方がましだ。
その思いと共に、俺の手から金貨が放たれる。
放たれた金貨は、まるで弾丸のように飛竜めがけて飛ん行き、飛竜にぶつかると大爆発を巻き起こした。
爆煙が拡散すると、そこには片翼の飛竜が口を開き牙を剥き出しにして、前方に風の渦を巻き上げていた。
次の瞬間、飛竜が業火を吹き出し、風の渦を纏いその色を赤から蒼色へと変色させ、破壊的な熱量を含む光線となってチイユを直撃した。
「スキル発動!“多重不可防壁”」
岩壁を溶かす程の熱量を、服を焦がしながらもなんとか耐える様子に思わず魅入ってしまう。
「ジンさん、これを使って下さい!」
栗色の髪の女が金貨を投げた。
俺の近くに落ちたそれを急いで拾う。
これで、もう一撃さっきのスキルが発動出来る。
出来る!?
本当に俺に出来るのか?
いいや、出来る、絶対出来る。
この命の全てを注ぎ込んでも良い、何が起きても良い絶対に発動させる。
「ジンさん……それ、大金貨っす……」
チイユが今にも消え入りそうな声で放った言葉を理解した。
金貨がさっきのモノに比べてかなりデカい。
さらに、裏表にはそれぞれ、絵画の様な装飾が施されている。
これが、40枚で4億の価値と、チイユが例えていたのを思い出す。
と、言う事は……1枚1000万……。
さっきの金貨はどうなった?
考える余裕は無い。
飛竜が先程の破壊光線を放った時と同じ動作を、映像をなぞるように行い始めた。
「スキル発動!“幸運の輝き”」
俺は、光輝く大金貨を思いっきり飛竜に向けて投げつけた。
それと同時に、先程よりも熱量を増した破壊的な光線が飛竜の口から吹き出され、俺の放った金色の軌跡と衝突した。
それにより、破壊的な光線は打ち消され、その場で無数の帯となって膨れ上がった金色の軌跡が飛竜へと続き、残った片翼と、身体の中の至るところを貫いた。
直後、飛竜は断末魔を上げる事無く、その場に落下して息絶えた。
俺が漏らす呼吸が、静まり返った洞窟内部に響く。
「やった……す」
チイユが俺に向けて親指を立てそう言うとその場に崩れ落ちた。
それはまるでスローモーションでも見ているかの如く。
さっきまで放心状態だったローヤが、チイユに駆け寄り、チイユの服が地面に着き、次は身体かと思うギリギリの所で受け止めた。
正に電光石火。
俺は、そんなに速く動けるんだったら、もっと協力しろよと思いながら、全身から血を抜かれたような虚脱感に教われ、その場に倒れ込んだ。
当然受け止めてくれる人はいない。
頭を抱えていた男達が視線を上げ、事の顛末を飲み込めずに、倒れた飛竜を見ている様子が視界に飛び込んで来た。
お前ら、どいつもこいつも俺を労えよ、助けろよ、抱き抱えろよと思っていたら、栗色の髪の少女が駆け寄って来て、膝枕をしてくれた後に、スキルで治癒を施してくれた。
殆ど怪我なんか無い俺の治癒よりも、先にチイユを助けてくれと促し、そのまま俺は虚脱感に包まれ眠ってしまった。
これは、まだ暫く後で知る事になるんだが、俺には魔力が殆ど無い。
スキルを発動する際に、多少魔力を失うのだと言う。
普通だったら数十回、或いは数百回スキルを使った後に魔力を使い果たし、虚脱感に教われると言うのだが、俺はたったの2回でその時を迎えてしまったらしい。
酷く情けない話だ。
しかも神殿でチュートリアル後に受けるお告げ……俺の目の前に現れた文字は、本来であればゆっくり一晩かけて書き写す位の時間はその場に出現している筈なのだが、スペシャルイベントに発展した後遺症か、一瞬しか現れ無かった為に、今後どんな弊害があるか分からず、スキルの特性も完全には理解出来ないであろうと、ローヤからは笑われ、チイユからは、その未知数のスキルと、たったの2発で神話の飛竜を倒した事から、さらに寵愛を受ける事となった。
ただ、洞窟の中での最後の記憶は、栗色の髪の女“アリィ”が俺を地面に投げ転がし、チイユの回復に向かう後ろ姿だった。
俺が、山の麓のホテル的な建造物の一室で目覚めた時、その時の事を深く謝るついでに、“アリィ”が自己紹介をしてくれた。
「ごめんなさい、ごめんなさい、それから、ごめんなさい、自己紹介がまだでした」
「私は、“聖女連合”所属の騎士、“アリアナ・アリアーデ”と言います」
「本当に、今回の事は、特に最後は、本当に酷かったと自覚してます」
「助けてくれて、ありがとうございました」
「本当にありがとうございました」
「俺の方こそ、命を助けて貰って、大金貨まで貰って、ありがとな」
「……違うんです、あの金貨は、本当に申し訳ないんですが、返して貰わないと、連合の資金なんです」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……っえ⁉」
暫くの沈黙のあとに俺が発した声を、そこに居た全員に笑われた事を、その顔を俺は一生忘れねぇ。
【今回のイベント報酬】
“大道具入”
“神の盾”
“回復薬×30本”
“大地の杖”
“悪魔の箱”
“聖邪の鎧”
~金銀財宝一部換金済~
大金貨×182枚
金貨×8枚
【18億2800万相当】
以下
銀貨、銅貨、他道具省略
俺達は、1日にして有名人となり、それにより様々なトラブルや、イベントに巻き込まれて行く。
しかし、その事を何も知らないその時の俺は、どうやって大金貨を返そうか、必死で考え、追い討ちで、アリィの潤んだ瞳に追い詰められていた。