71、満たされて癒されて
ルーディーのスキルを使えば直ぐに着く事は出来たんだろうが、無駄に魔力を消費させる分けにも行かず徒歩でゆっくりと進む事にした。
森には獣が多く潜伏しており、その一頭一頭が幻獣や、魔獣の類いだ。
これも眷属が召喚された影響なのか、ルシアンの王都から漏れ出て来た獣達なのであろう。
通常のパーティーであれば、一瞬で全滅でもおかしくないが、金貨が十分に手元にあり、忘却の女神を召喚した状態で、アオバが同行していれば、魔獣であっても、アオバが途中言い放ったように虫に等しい。
ここに来るまで影に隠れ怯えながら来た、影の男は、その様子を見て、より一層の絶望感を味わったという事を後に聞く事になる。
それほどに強力な獣達が徘徊するんだから、当然周囲の村や町は滅びている。
そんな中、ローヤが指揮を取り、再建した町が一ヶ所だけあるという。
再建には、要塞都市クリオネの力を借りたという事だ。
森の木々の切れ間に、不自然な岩肌を剥き出しにした岩山が見えて来た。
それを、町の中心に置く形に、10m程の壁が見えて来た。
決してそんなに大きな町と言う訳では無いが、壁の向こうは下が見えない程の崖になっていて、その向こうに町が見える。
町に行くためには、一ヶ所だけ存在する門を抜けて、その先にある橋を渡り、さらに崖を越えるとそこにはまた10m程の壁があり、反対側にある門を抜けると漸く町の中に辿り着く事が出来る。
これだけ厳重に守らないとならない程に、この辺りの環境は劣悪なモノになっているという事だ。
そして、そんな町の人口は僅かに数百名程度だと言う事だった。
ルシアン王国で生き残れたのは、たったこれだけだという事だ。
俺は、ざわつく気持ちを抑えつけ、忘却の女神と、サティを従え、ローヤの案内で鉄壁の町“ヴァルハ”へと入った。
突然の俺達の訪問に町の人々はざわつく。毎日繰り返される戦いに、人々の表情は疲れきっている。
長老達の反応はどこも同じで、サティを見るなり直ぐに触れ、忘却の女神の姿に拝みたおす。
若者達の反応はというと、俺達が神なのか、悪魔なのかを見定めているように感じた。
ローヤは町の人々に客人だとだけ告げると、中央に聳える、岩山へと案内した。そこは簡易的な城の作りを模していて、今はローヤと町に避難した、重要な人物達を匿っているという事だった。
こんなに厳重な町でも、日々獣の襲来を防ぐ為に、周囲を巡回して近づく獣を倒して行く必要があるという事で、俺達がそんな幻獣、魔獣を簡単に倒す所を見たローヤは、“そんなに簡単に倒せるなら周囲の獣を殲滅してくれると死者が減るんだけどな”と呟いた。当然、この町の人々に罪が無い事は分かってる。聞くべき事をしっかりと聞いたらそうするつもりだ。
しかし、こいつはあれだけの拷問を受けてまだ、俺に反抗する気力があるのか? 違うか、こいつはこう言う奴なんだ。
思った事は口にして、それが悪魔だろうが、神だろうが利用できるモノは利用して、自分の目的の達成だけを考えている。
城の中は酷く簡易的で、今までに見たどの城よりもボロい。
室内は岩肌が剥き出しで、椅子も、机もその辺の木で簡単に作ったモノだった。
食料が不足していると嘆く城の料理人に対して、明日には大量に手に入るからあるだけだしてくれと、ローヤが根拠の無い事を言うと、料理人達は歓喜に震え、これでもかという程に豪華な料理を用意してくれた。
「ルシアンを救いたいんでしょ? あ、違うかチイユを助けたいだけか」
鶏肉を一口食べると、まだ何も聞いて無いのに、饒舌になって話を始めた。
「あの壁は、少しは気付いてると思うんだけど、チイユのスキルだよ」
「今までに何度も突破しようと試みたけど、ルーディーだったかな? 君のよく知るヒビキのスキルでも変化させる事は出来なかった、しかもあの中は時が止まったように全てのモノが静止しているというオマケ付きだ」
俺達は、久しぶりのまともな食事に舌鼓を打ちながら、ローヤの話を聞き流していた。
「君達、僕の話をちゃんと聞いてるのかい?」
「聞いてる、聞いてる、聞いてるから続きをどーぞ」
「どーぞ」
アオバが、見た事も無い西洋の豪華な料理に興奮しながら、俺と同じようにローヤに対して自由に話を続ければ良いでは無いかと頷いている。
俺は、8割り位は真剣にローヤの話を聞いているが、アオバに至っては半分も聞いていないだろう。
それほどに豪華な食事だった。
「その食材も最後の食材だからね、ルシアンの王都にある食材を手に入れないと明日以降、ここの城の人達は食べるモノが無いんだからね」
「それがどーかしたか? それよりも、お前の目的を早く言え」
「本当に、自由だよね、良いよね圧倒的強者は、自分の好きに出来て」
「で? お前の目的は何だ?」
俺が魔力を迸らせると、傍らで指をくわえて料理を見ていた忘却の女神が食べたくても食べられない苛立ちをローヤに向けた。
「分かった! 分かったから、その炎をこっちに向けないでくれ、お願いだからさぁ……」
一応、拷問の一定の効果はあるようだが、それでも好き勝手言うこいつの反応を確かめた。
「僕の目的はただ一つ! チイユと元の世界に帰り二人で幸せに暮らす事だよ」
「それで? その為にはどうしたら良いんだ?」
「分からない…… ただそれを知っている人物は知っているよ」
忘却の女神が再び、ローヤに炎を向ける。
「ごめん! 勿体ぶるつもりは無いんだ! ただ、こう言う喋り方が抜けないんだよ、癖なんだよ、お願いだから許してくれよぉぉぉぉ」
ローヤは椅子から立ち上がると、持っていた皿を投げ起き、床に頭を擦り付け謝罪すると、頭を床に付けたままに話を続けた。
「“シンエツ共和国”、その国を統治する男で、この世界で最強の男と言われている奴が全てを知っているという事なんだ」
「ルーディー本当か?」
「俺も、詳しくは知りませんが、その者であれば何かを知っているというのは真実かと」
「そうか、それでローヤ、それと今回のルシアン襲撃、何の関係があるんだ?」
「僕は、最強の男の名前さえも知らないんだ、ただ、そいつの遣いだと言う奴から“神の翼”を受け取り、真実に辿り着きたければ言う通りに動けと言われて、それを実行していただけなんだよ、本当なんだよ」
「遣い? そいつは何処にいるんだ?」
「王都に閉じ込められてるから、あの壁をなんとかしないとならないんだけど、君にどうにか出来るのかい?」
「おい! 貴様!! 神を愚弄するか!!」
ルーディーが壁に立て掛けてある剣を掴み、床に頭を付けたままのローヤにその剣を突き付ける。
「ルーディー落ち着け! 取り合えず、今すぐ行かなくても大丈夫なんだろ?」
「はい」
ローヤが全てを話、憔悴しきった様子で一言そう答えた。
「ルーディーもう良いから、その剣を元の場所に戻して、食事を終えたら風呂に入って今日は寝るぞ」
「神がそう仰るのであれば……」
ルーディーは残念そうに剣を壁に立て掛ける。
アオバはと言うと、食事に夢中でこちらの状況などまるで把握していない。
こいつの弱点が一つ分かった気がした。
その日は言った通りに、食事を済ませ、地下水を貯蔵している所に炎で無理矢理に沸騰させ、地下に大浴場を作り、そのまま一人でゆっくりと風呂に浸かった。
その間には、ローヤ達を拘束して、アオバとルーディーが交代で見張った。
俺が呑気に風呂に浸かり、忘却の女神を一旦右手の甲の魔方陣へと還し、落ち着いてフカフカのベットで眠り、翌朝目が覚めると、すぐ目の前には寝息をたてるアオバの顔があった。
これは、どういう事だ?




