69、絶対的恐怖
ルーディーのスキルは確かに強力だが、チートと言うには程遠い。
なぜなら、燃費の悪い魔力消費が必要であり、さらにその魔力は一時的に渡してある分しか使えない。
それが尽きれば、一瞬一瞬で燃やし尽くす程の効力しか発揮出来ない。
それゆえに、今はその時では無い。
「アオバ、少しだけ時間を稼げるか？」
「お任せ下さい！ 死んでも守りきります！」
「ルーディー、アオバに危険が及べばその時はお前のスキルで助けてやれ！」
アオバだけ俺の命令を受けズルいという、嫉妬の表情を浮かべていたルーディーに役割を与えてやると、一瞬にしてその表情は喜びに満たされる。
「なんだか、よく分からないけどさ、そんな変なの二人連れて来て、ホント、ジンの考える事は良く分からないよ」
「あぁ、分からなくて良いよ、俺もお前の考えを分かろうとは思ってねーからな！」
俺の発する言葉を受け、今まで浮かべていた余裕の表情が崩れる。
それと同時に、聞き慣れないスキルを発動した。
「スキル発動！ “弾丸蟻”」
「これがスキル、でしょうか？」
電撃を纏い飛んで来た黒い固まりをアオバが薙刀で刈り取る。
初撃は、不意を突かれたハズだった。それにも関わらずアオバはそれらからルーディーを守った。
目の前で発動するスキルが通用する分けなく、簡単に刈り取られる。
「良いですね、ジンはいつもいつも女に守って貰えて」
「何だと？」
「君が今までどこで何をしていたか知らないけど、僕は君が居ない間に必死にチイユを助ける事だけ、それだけを考えていたんだ、それなのに君は違う女を連れて、それだけでは飽き足らずに、守って貰うなんて、バカなんじゃないの？」
「スキル発動！ “強欲な百足”」
「スキル発動！ “疾風航路”」
ローヤの右腕から繰り出される、鋼のムカデからアオバを救い出すと、ローヤがその様子を見て邪魔だと小さい声で呟いた。
次の瞬間、ルーディーはアオバを残して影に引きずり込まれる。
それと同時に鋼のムカデが反撃を与える暇も無い程にアオバを襲う。
アオバの着衣はムカデの鋭利な足が絡み付き切り刻まれ、服の下の皮膚も傷つき血が流れ始める。
一瞬の出来事だった。
俺はアオバの言葉と、ルーディーの力を、ルーディーに与えた魔力の力を信じ、魔力を高まらせ詠唱を始めた。
「赤きモノよ、さらに紅く、煩わしき色彩を全て白く染め、我が名の元に此の世界を紅と白に染め上げん」
「出でよ！ 忘却の女神！！」
「ちょっと待ってよ、ジン！ そんな詠唱を、いつ、どこで覚えたんだい？」
うろたえるローヤを気にも止めずに、手の甲の魔方陣を空中に展開する。
詠唱を阻止するように、ムカデが俺を襲うが、全身を盾にして、アオバがムカデの攻撃を一身に受け止める。
アオバの全身に巻き付いたムカデは、アオバの身体を侵食するように、無数に生える足を突き刺して行く。
「ジン！ 君の力は分かったけどさ、何かしてご覧よ、この女の身体がどうなても知らないよ」
「……私の身体など気になさるな！ 私もろとも、この男を燃やし尽くして下され！」
「あぁ、そうするとしよう！」
「何を言ってるんだい？ 君がやろうとしている事は、覇道だよ！？ 全てを失う事になるよ？ それでも良いのかい？」
「二度と言わねーから良く聞くんだな、ローヤ！ 俺は全てを失ってでも守りたいモノを守ると決めたんだ！ やれ！ 全てを燃やし尽くせ！」
『天の上にも天の下にも唯一、我独りと知り、それでも尚、尊き者を守り行く事を運命とする！ 我の名を呼べ、我の力を求めよ！』
『「天照大御神」』
忘却の女神は、魔方陣を全身に纏い、俺の右の手の甲へと集まると、より一層その輝きを強めた。
ローヤはムカデで締め付けるたアオバを盾として、俺と自分の間に起き、無様にも怯えうずくまっている。
右手に集まった炎の魔力が膨張し、最大限に高まった事を感じると、ゆっくりと肘を曲げギリギリまで魔力を維持し、魔力が弾け飛ぶ勢いをそのままに手を前に付き出し全ての魔力の炎を放出した。
その勢いは凄まじく、両足で踏ん張り、付き出した右腕を左腕で支えないと、遥か後方に吹き飛んでしまいそうな程だった。
炎の直撃を受けているアオバの表情は、全てを受け入れるような優しい顔をしていた。
ローヤは、続けざまにスキルを発動し、幾重にも重なる硬い殻を纏った昆虫を召喚するが、一瞬にして全てが消し炭となる。
当然、アオバに絡み付くムカデも同様に燃やし尽くし、そこに隠れるローヤも焼けただれて行く。
「……ジン様、これは？」
ローヤの後方にある、見えない防壁まで炎が突き進むと、壁にぶつかると花火のように拡散して炎が散って行く。
しかし、ローヤに盾にされたアオバは火傷を負うどころか、ムカデに傷つけられた惨たらしい傷口が瞬時に癒されて行く。
“天照大御神”守るべきモノを癒し、敵対するモノを燃やし尽くす炎。
本来であれば、ローヤを燃やし尽くす事は簡単だった。
しかし、この壁の正体や、チイユ達の事を聞かなければならない。
声を出せる最低限の声帯をを守り、あとは命の保証など必要無い程に身体を燃やした。
痛みで絶叫するローヤには、もがき苦しみ、のたうち回る程の体力も残されていない。
それでも、必死に生きようとするのが人間の本能だ。
「……俺は、ただ、この男に雇われていただけだ、た、た、助けてくれ」
ローヤの影から一人の男が這い出て来る。
その手には、俺から奪ったであろう大道具入を持っていた。
「それだけか？ 俺から、チイユから奪ったモノを全て返して貰おう」
「頼む、その前に、この身体を治してくれ、た、頼む」
「アオバどうする？」
俺が判断を委ねたアオバに対して、影から這い出た男は必死にすがり付き、命乞いをしているが、アオバから出た言葉は非情の一言だった。
「必要ありますでしょうか？ 両腕両足を切り落として、それでもジン様の言う事を聞かないというのであれば、臓物を一つずつ破壊して行けば良いのでは？ それでジン様にご満足頂ける結果をもたらせるのであれば、死なない程度に回復して差し上げれば良いのでは無いでしょうか？」
「そうだな、お前の言う通りだな」
アオバの言葉に頷き、影から這い出た男に歩み寄る。
「もぅ、何も望みません！ 望まないから、どうかこれを受け取って下さいいぃぃぃいい！！」
影から這い出て来た男は、4つの大道具入を影から取りだし、俺に差し出した。その表情は、諦めにも見えるが、喜びに満ちたようにも見えた。
俺は無言で、全ての大道具入を受けとり、一つを腰に巻き、残りをアオバに渡すと、影から這い出た男に一度視線を送り、再びローヤにその視線を送る。
それと同時に、アオバが影から這い出て来た名前も知らない男に薙刀の一振りで止めをさす。男は、一瞬の断末魔の後に息絶えるが、俺の視界には既に入っていない。
次は、お前だと言わんばかりに、表皮を焦がし今にも絶命しそうなローヤを睨みつける。
