64、暴力と策略
腹部から胸部にかけて魔方陣が浮かび上がる。
右手の甲は脈打ち、浮かび上がった魔方陣が交じり合う。
壁の向こうの金貨や大金貨が俺の心音に共鳴して、魔王の復活で見せたように溶けて魔方陣に流れ込む。
そうしている間にも、他の全ては時が止まったように微動だにしない。
この場合はしたくとも出来ないんだろう。
「はぁ~久しぶりの世界の空気はどうしてこうも不味いんじゃろうな」
魔方陣から浮かび上がる影が形を成すと、金色の長い髪を右手で後ろに弾き、この世界の空気の味に文句を付けている。
「それで、ジン様よ、お前の望みは何なのだ?」
「……」
「おやおや、妾の美しき美貌に黙りか? それならそれで良いが、取り合えず、目の前の脆弱な命を葬るか?」
「……」
「何か申さないと、無駄に魔力を消費して、ジン様よ、お前の願いを叶えられないでは無いか」
「…… 元の世界に帰る方法を教えてくれ」
「今、何と申したのか?」
俺の発言が、望みが余程予想から外れていたのか、今までに見た事も無い、感じた事も無い、災厄と絶望の神の脱力感が伝わってくる。
「何と? 申したのじゃ? こいつらを葬るのでは無いのか?」
「あぁ、それも確かに考えたが、そんな事、お前の力を借りなくても出来るからな」
「確かに、こんな吹けば飛ぶ程の命、どうとでもなるだろうが、唐突にどうしたのじゃ?」
「元々、ずっと考えていた」
黒と白の世界が少しずつ色味を帯びていくのが分かる。
「あまり時間も無さそうじゃのう」
「あぁ、だから元の……」
災厄と絶望の神は俺の言葉を遮り、久しぶりに出会った恋人に抱きつくように、大切な宝物を愛でるように、激しくも、優しく口を塞ぐ。
暖かい感触が、俺の口の中に絡み付く。
左の瞳が熱く、燃えるようだが、嫌な感覚は無い。
痛みも、苦しみも一切感じられない。
あるのは、快楽と、悦に至る感覚のみ。
ずっとこうしてたいと、全てを忘れてその快楽に身を委ねてしまいそうになる既の所で踏み止まり、両の腕を振りほどき、言葉の続きを発しようとすると、悲しそうに災厄と絶望の神は悲しそうな表情を見せ答えてくれた。
「ジン様よ、お前が何を言っているのか妾には理解出来ない」
「そんな、そんな分け無いだろ! 神だろ!?」
「そうなんじゃが、妾に出来なくとも、分からなくとも、答えを知ってそうなモノは知っておる」
話を一旦止めて、色を取り戻しつつある部屋をゆっくりと歩くと、ニカ、トリス、ヒビキを黒い鎖のようなモノを巻き付け拘束した。
「知識の神、と言えばもっともらしい名前じゃと思うじゃろう」
「知識の神? そいつが答えを知っているのか!?」
「きっと、多分、そうじゃろうと言う可能性の話じゃがな、少なくとも、万が一も、億が一も無く、そのモノが知らなければ、その質問に答えは無いと言う事じゃ」
景色が完全に色を取り戻すと、捕らえられた3人が、今度は自分達の状況が理解出来ないという様子で、災厄と希望の神を見上げている。
「これは、どういう事なんです?」
取り乱し、発狂寸前のトリスが声を発すると、黒い球を手のひらに産み出し、それをトリスの口に突っ込んだ。
躊躇せず、前歯を折り、窒息するのでは無いかと思う程の口には収まりきれないモノを強引に押し込む。
「妾の許可無く口を開くと、口を塞ぐが理解出来るか?」
「スキル発動!」
ガキンッ!
ヒビキがスキルの発動を唱えると、お前は妾の言う事が聞こえないのかと言わんばかりに、頬を突き破り二本の黒い金属の棒を突き刺した。
二本の金属の棒は交差して、激しい金属音を響かせて地面に突き刺さる。
当然、ヒビキはスキル発動をさせる事は出来ずに、瞳からは血を流し、災厄と希望の神を通り過ぎ、後ろに居る俺の事を睨んでいる。
が、その瞳が気にくわないのか、ゆっくりと、優しく柔らかいモノを潰すように、災厄と希望の神は右指を一本立てると、優しく口に含み、ヒビキの左眼に圧しあてると、音も無く左眼は潰れた。
「叫ぶで無いぞ? 泣き叫べば、横に並んだ二人にも同じ事が起こるじゃろう」
ヒビキは苦悶に表情を歪め、必死に痛みに耐えている。
トリスは痛みと、苦しみから泣き叫んでいるんだろうが、口を塞がれ何も発する事は出来ない。
ニカはと言うと、現状を理解する事を諦め、壊れた表情でただただ、何も無い空間を眺めている。次に、自分の番が回らない事を願いながら。
「漸くだまったか、ジン様よ、そろそろ願いを申してはくれないか?」
「だったら、ここから少し遠いが、ルシアンに行って、チイユを救う事は出来ないか?」
「すまんのう、ジン様よ、妾の時は短いんじゃ、そんな瞬間的な移動も出来ないしのう、どうしたモノかのう」
何だよ、何も出来ねーじゃねーか。
「今、何と、申した?」
「な、お前俺の心の声が……」
「ジン様よ、お前といつも、どうやって会話をしておると思うとるんじゃ?」
そうだった……
「まぁ、今回は聞こえなかった事にしておくがのう」
「妾にも、出来る事と出来ない事があるんじゃから、しようが無いでは無いか……」
そう言いながら、八つ当たりののようにトリスの右腕を引き千切る。
腕を失った、肩の付け根の所から血が吹き出る。
「災厄と希望の神! 今すぐ血を止めろ! まだ殺すには早い!」
今まで、虚無に徹していた、ニカが声を漏らして、涙を流し怯えている。
俺の、声に反応したのは、災厄と希望の神では無く、後ろから飛び出して来たサティだった。
サティは、災厄と希望の神の手から、トリスの腕をくわえると、トリスの腕に繋ぎ、黄緑の優しい炎で綺麗に傷を癒した。
その炎の光に薄っらとあてられたニカが、少しだけ落ち着きを取り戻す。
「サティ! ついでにヒビキの口も癒して俺の質問に答えられるようにしてくれ」
サティは、可愛らしく“にゃ~”と鳴くと、俺の言葉通りにヒビキの傷を癒し、災厄と希望の神が、不満な表情を浮かべ二本の金属の棒をゆっくりと引き抜く。
“余計な事はするな”と、念をおして、ヒビキの両の脚を叩き折る。
サティが首を傾げ、癒さなくても良いのかと訴えかけてくるので、俺は自分の元へと呼び、優しく抱き上げ、話を進めた。
「ヒビキ…… で、良かったか? 状況が少しでも理解出来たんだったら、俺の言う事を聞いた方が良いぞ?」
強者故に、これ程の痛みを味わった事が無かったのか、俺の言うことに素直に頷いている。
その瞳は完全に怯えきっているが、俺のせいでは無いと、自分に言い聞かせて話を聞いた。




