62、苦くて不味い真実
小屋の中は、暖かく、淹れてくれた紅茶が不安を拭い、癒される。
茶菓子まで用意してくれていて、雪山に入って以来久しぶりにこんなにもゆっくりとした時間を感じる事が出来る。
「それで、まずは二人の名前を教えてくれはしないだろうか?」
二人は、ハッとした顔をすると早口で順番に名乗った。
紺色の髪の女性が、トリス・グランディーネ。
パステルピンクの髪の女性が、ニカ・グランディーネ。
驚く事に、二人共俺と同じ世界から来た冒険者で、元スマホユーザーだという事で、さらには元の世界では実の姉妹だという事だった。
どういう経緯でこの世界に来たのか等は、俺と、他の冒険者達と同じように覚えて無いらしい。
真っ暗な森で目覚めた二人は、目覚めた時から共に二人で行動していたらしい。幸いにも、付近に現れる獣達は、彼女達の力だったら簡単に倒せるモノだったが、スマホと現実とでは迫力も、実際に身体に受ける衝撃もあまりにも違い過ぎて、どうして良いか分からない所にチイユが現れ導いてくれたという事だった。
今では、すっかりこの世界の法則だったり戦いに慣れて来た所で、今回の問題に巻き込まれたという事だった。
元々、この要塞都市クリオネは、チイユが皆を纏め、自らのスキルを駆使して独立国家として造り上げたという事だった。
あの荘厳な橋も、チイユとその仲間達7人で造り上げ、さらにこの都市の原型も只の岩場だった所をこんなにも素晴らしい都市に仕上げたのは、チイユの数多くある功績の一つだという事だった。
しかし、時は経ち、この都市を造り上げた始まりの7人の冒険者達は、それぞれの地に、自分達の目的の為に去って行き、チイユもそんな冒険者の一人だったという事だと、涙を浮かべトリスが語った。
話は脱線し、チイユの昔話で盛り上がった。
全部俺の知らない話だったが、成る程、チイユだったらきっとそうするだろうなという、昔から変わらない話に、不思議と懐かしさを覚えた。
創設者達を失った要塞都市は、代わりに彼女達が管理運営していたが、南の大国“シンエツ共和国”と北の大国“ツヴェルクワ王国”の争いに挟まれる形となり、要塞都市を守る為、大国の力を借りツヴェルクワ王国を退け、今ではシンエツ共和国の領地となったという事だった。
その際に領主を任されたのが、二人の兄であり、始まりの7人の最後の一人で、危機的状況の際に二人が助けを求め、シンエツ共和国との話を取りまとめた、この要塞都市の帝王と呼ばれる“ヒビキ・クランディーネ”だという事だった。
二人は、兄の影響でスマホゲームを始めた。
初めは意味も分からずやって居たが、手に入れたスキルが役に立つと兄に言われるがままに毎日ログインして気付いたらスマホを触っていたらしい。そして、ある日の事。給料を引き出そうと、給与口座を見て唖然としたらしい。
そこには、心当たりの無い金額が振り込まれており、その額が普通の額では無かったという事だったが、兄がゲームの報酬だからとだけ教えてくれたらしい。
好きなモノが買えるようになった事が嬉しくて、それからはゲームに没頭してしまい、気付けば、トッププレーヤー達に必要不可欠なサポート役として、スマホゲームの頃は大変重宝されていたという事だった。
それでも、こんな世界に来ることは望んでおらず、出来る事だったら何とか元の世界に帰りたいと、二人はチイユの話をする嬉しそうな表情と変わって、とても寂しそうな表情で語った。
「昔話も、この都市の状況も大体分かったが、肝心な本題、つまり何からどう助けて欲しいのか話さないと、夜が明けるぞ?」
「申し訳ございません、しかしご心配はありません、この小屋にはジンさんが宿泊出来るように準備が整っておりますから」
「そういう問題じゃなくて、早く解決したいんだろ? だったら、早く本題を話してくれ」
その前にと、トリスは重苦しい鎧を脱ぎ始めた。
外は薄暗くなっていたが、ここが地下だという事はその時は忘れていた。
当たり前に、暗くなったら夜だと言いたいように、鎧の下の臼布一枚になって寛ぎ始めた。
気付くと飲み物は、紅茶から酒に変わっていて、茶菓子も片付けられ、トリスが話している間にニカが用意してくれた夕食が並べられていた。
リリムの事を心配すると、朝までは起きないから大丈夫だと、何が大丈夫なのか分からないが、妙な説得力に思わず納得してしまった。
「結論から申し上げまして、ジンさんには兄を倒して頂き、この都市を救って頂きたいのです!」
「兄は、要塞都市で帝王と呼ばれるようになって人が変わったようにこの都市を恐怖で支配するようになりました」
「恐怖って言うけど、この都市は、観光とかで賑わってて、俺が言うのも何だが、防衛面もしっかりしてて、良くできてると思うけどな」
「そんな事はありません!」
トリスが、銀のフォークをテーブルに叩きつけて立ち上がり、鋭い瞳で俺を睨み付けてる。
「トリス!」
ニカの声に、我を取り戻したように、恥ずかしそうに俺に謝罪してゆっくりと倒れた椅子を元に戻し座った。
「兄は、独裁なんてするような男ではありませんでした」
「チイユ様と他の5人の方々と同じように、自分の事を省みずこの都市の建設に取り組んでおりました」
「そもそもさ、省みない奴が、そんなカネの臭いしかしねースマホゲームを始めるのか? ヤり込むのか?」
「兄を、悪く言わないで下さい! たとえジンさんでも怒りますよ!」
トリスが再び髪の毛を逆立てる勢いで、フォークを強く握りしめている。
「悪くは言わねーよ、事実を言ってるだけだ」
「トリス落ち着いて! ジンさんもトリスを煽らないで下さい!」
「良いか、よく聞けよ! ニカお前も俺が今から言う事を事実として受け止めるんだ」
「えぇ、そこまで言うんだったら良いですよ、言ってみて下さい、私もこれ以上トリスを止める事はしません!」
ニカも頬を膨らませ、明らかに機嫌を悪くしている様子だが、そんな事は関係無い。
「お前達の兄は、この都市を造って出ていくと、都合が良い時、良いタイミングで帰って来て、都合よく話を纏めて、帝王と呼ばれ、気付けば独裁都市の出来上がりって…… これ全部、最初から」
ニカが慌てて俺に飛び付き抱き締めるように、口を塞いだ。
トリスは大粒の涙を流すと、話を最後まで聞く事無く立ち上がると、部屋から飛び出し、違う部屋へと音を荒らげ入って行った。
「何だよ……」
俺はニカの手を振りほどき、硬直するニカの身体を解すように立ち上がらせ、奥にあるソファーにゆっくりと座らせた。
「きっと、全部ジンさんの言う通りなんです……」
ニカは、俺が淹れた不味いコーヒーを一口飲み、苦そうな表情をすると、そう呟き話を続けた。




