6、見送る少女と、新たな出会い
山の入り口は上が見えない程の階段になっている。
その入り口にチラホラと人の影が見える。
ローヤが言うには、こっちの世界の住人も成人になると神からスキルを授かる為に、チュートリアルを受けるらしい。
そして、こっちの世界の住人にとって見ればeasyモードさえも命がけの登頂になるという事だった。
それで、心配をした親が入り口で、ああやってウロウロする事は珍しくない、むしろ常時見られる光景だという事だった。
「じゃあ、行ってくる!」
「頑張るっす!お土産よろしくっす!!」
「気を付けて下さいね」
「あぁ、任せろ、チートスキルを持ち帰って来るからな!」
「頼もしいっす、流石ジンさんっす」
見送るチイユがどんどん小さくなって行く。
この化け物マウンテンを登りきる事が出来るのか、不安で仕方ないが、取り合えず歩を進めた。
階段を登るのに丸3日費やした。
その間、食料、飲み物は一切手に入らずに、非常食は底を尽きかけた。
かろうじて、僅かばかりの非常食を残し、階段を登りきり、大樹の森と木彫りの立て看板が置かれた山道へと出る事が出来た。
まずは食料確保と考えたその時、丁寧にも食料からこちらへと飛び出してきた。
黒い毛皮の、兎と呼ぶには獰猛すぎる、虎のような猫科の瞳と、しなやかさに加えて、牙と爪まで備えている。
だが、突っ込んで来たからにはこいつは俺に食われる覚悟があるんだろう。
背中に背負った鞄を降ろし、鋼の剣を構える。
きっと俺を襲って来る、間違いないと確信していた兎は、剣に怯えて物凄い速度で森の奥へと逃げていった。
どんな見た目でも兎は、兎か……拘束するのが先だったか、でもどうやって……
考えてもしょうがない、俺は鞄を背負って再び頂上を目指す。
途中ありがたい事に、山小屋が用意されていて、心配する事無く、そこに食料と水が備えられていた。
この道具は、それでも万が一遭難や、山小屋にたどり着けない時に使うアイテムなんだとその時やっと気付く事が出来た。
山小屋を利用しながら、時に山小屋で確保した食料で野宿をやりながら、数十日、やっとの思いで頂上が見える所までたどり着いた。
よく見ると、確かに頂上には神殿らしきものがある。
あそこで祈りを捧げれば、あとは来た道を帰るだけ。
しかもその時には、スキルが身に付いていて、怯えて逃げ隠れしたり、されたりしていた獣達を気にせず一気に駆け降りる事が出来るかも。
そう考えると、今までの疲れを忘れて、一気に残りの山を登る事が出来た。
すでに、辺りに木々は無く、乾いた砂や、岩が転がるだけだった。
それでも十分な水と食料は確保している。
獣の類いも、この辺りまでは来ないらしく、一気に登る事が出来た。
やっとの思いで辿り着いた神殿に、一人の少女が眠っていた。
「おい、大丈夫か⁉」
「はい、ちょっと疲れただけなんで、少しだけ眠ったら出ていきます」
そう言って寝息を立てて、俺に背中を向けた。
折角の登頂の記念すべき瞬間がこの女のせいで台無しだ。
俺はぶつぶつ文句を良いながら、神殿の奥へと進んだ。
外は、昼間は暑く、夜は急激に寒くなる。
しかし、神殿の中は、快適の一言だ。
例えて言うなら、完全に空調を管理された建物の中といった印象を受けた。
神殿の奥には、タッチパネル式の大きな液晶パネルがあった。
ふざけてやがる。どれだけ俺達をバカにすれば良いんだ?
そう、呪文のように唱えながら俺は言われるがままにタッチパネルに出る質問に答えた。
最後の儀式は、パネルの前にある聖杯に利き腕を突っ込むというモノだった。
さて、それじゃあ突っ込むか。
俺は、袖を肘の上まで捲り上げ、大きめな聖杯の水に腕を突っ込もうとした。
その時、神殿が大きく揺れた。
俺は慌てて聖杯が置かれた机の下に身を隠す。
揺れが収まると同時に、目の前に聖杯が落ちてきた。
「っえ⁉」
俺は何とも情けない声を出してしまった。
でもよ、でもよぅ……聖杯の水が全部溢れてるんだぜ……
俺の儀式はどうしたら良いんだ?
分けもわからず、聖杯の中の水を覗き込む。
中には、缶ジュース一本分位の水が残っている。
どうするか……
取り合えず……飲むか⁉
よし!飲もう!!
付けるだけで効果があるんだったら、飲んだら凄くね⁉きっとスゴい効果が現れるし、水なんだから、きっとご利益目的で飲んだ奴もいるだろう。
よし!飲もう!!
俺は、クソ重い聖杯を傾け、全て飲み干した。
「ダメ!」
イヤ、遅いから……
入り口で寝ていた、栗色の髪に、チイユと違って上から下までしっかり防具で身を包んだ女の人が慌てて入って来た。
白地に赤い刺繍をあしらった、スカートタイプの布地が素肌が露になるほどに乱れて、そんな事はお構いなしに俺に向かって走り寄る。
「ダメです!それは、強すぎる秘薬にもなりますが、死んでしまいます!!」
「っえ⁉」
俺、死ぬのか?と、言う事は今は生きているのか?
死後の世界、つまりはこれは転生先の異世界では無いと言うフラグなのか?
そんな分けの分からない事を考えていたら、身体の奥底から痛みと熱が溢れて来た。
吐き出したいそれを、意地でも我慢した。
痛みと、苦しみでもがいた。
のたうち回った。
何でこんな苦しい思いをしてるんだ?
飲んだら悪いもん飲んだからか?
スマホでチュートリアルをやらなかったからか?
聖杯が落下する前に腕を入れなかったからか?
そもそも、どうして揺れたんだよ。
ここまで何日も揺れなかったのに、なんであのタイミングなんだよ。
クソ運命、呪ってやる、ブッ壊してやる、絶対許さねぇぇぇええぇえ!!
「スキル発動!女神の息吹」
ショートの髪が少し伸びた位の栗色の髪がフワッと浮き上がり、輝くと、その光は全身を廻り、女は俺を抱き締め、その光で包んでくれた。
「貰いたてのスキルだし、効果があるのかわからないけど、頑張って!」
胸を……押し付けられて……苦しい……
太腿がスベスベで、柔らかくて、チイユとは違う甘酸っぱい、これはこれで良い匂いだ……
意識が遠退いて行く。
「大丈夫ですか?大丈夫ですか⁉」
意識が遠退いて行く中、唇に熱いものを感じた。
……なんだ……これ?
唇から、喉の奥に熱いものが流れ込んで来る。
流れ込んで来たものは、肺にぶつかると、肺を満たしてそのまま外に飛び出して行く。
「ッカハ!」
息を吹き返すとは、正にこの事を言うんだろう。
絶命しかけた。
確かにその感覚だけが残っている。
さっきの熱いものは、人工呼吸……?
この口の中に残る感覚は、この女の息と、唾液か?
「良かった!大丈夫ですか⁉」
邪な考えが一瞬で吹き飛んだ。
栗色の髪が風で遊ばれ、赤みがかった瞳は真っ直ぐに俺を見つめ、抑えきれない程の大粒の涙が溢れ出ていた。
見ず知らずの俺を、心配して、あろう事か人工呼吸までして、復活したら涙を流して喜んでくれて……
人生最高じゃねーか!
「あ、ありがとう」
俺は慌てて感謝の意を表した。
女はニコッと笑い、良かったですと呟き涙を吹いた。
「俺は、ジン」
「迷惑をかけた、本当に申し訳無いと思っている」
「この恩は必ず返す、助かったありがとう」
「そんな、そんな良いです、大丈夫です、助かったみたいで、私はそれだけで十分です、満足です」
「イヤ、それじゃあ俺の気がすまない!」
そんなやり取りをしていると、もう一度大きな揺れがおき、慌てて外に出た途端に地面に亀裂が入り、栗色の髪の女がその中に落ちて行った。
クッソ!
俺は助けるのを一瞬躊躇した自分を叱責して、潔く女が落ちた亀裂に飛び込んだ。
待ってろよ、絶対に助ける。
亀裂は斜めに入っていて、滑り落ちるように落下して行く。
落下した先には、綺麗なエメラルドグリーンの地下水が溜まっていて、見事な水飛沫を打ち上げそこに落ちた。