40、絶望と希望に包まれて
「断罪の剣」
俺はそう言って、強く握りしめた剣を振った。
「それは、なんだ?」
「そんなモノ、正解も不正解も関係ないでは無いか!」
忘却の女神は、両の手を前に突き出し炎の壁を作り出すが、今までの不可解な出来事が無かったかのように俺の振った剣から放たれた漆黒の剣戟は炎を揺らす事も無く通りすぎ、忘却の女神を斬り伏せた。
「これだけの力を…… 持ちながら、なぜ、我が力を欲する!?」
「そんなモン簡単だ、お前の力が必要だからだろ?」
「罪も咎も全て無かった事にするのか……」
『妾が特別に認めてやろう、お前の力、ジン様に差し出せ』
忘却の女神は、剣戟を受け、地面に崩れ落ち、身体中から炎が漏れ出た状態で俺の方へと身体を引きずり向かって来る。
俺は急いで忘却の女神を抱き抱えると、さっきまでの熱は無く、やけに冷たく感じた。
災厄と希望の神の声が森に響いた。
「右手を差し出せ」
「右手はお前に斬り落とされてねーんだよ」
俺が少し皮肉っぽく言うと、忘却の女神は自身の左手を差し出し、無いハズの俺の右手を掴んだ。
確かにそこに、忘却の女神の柔らかくて、少し暖かい手の感触がある。
「不正解だが、仕方が無い」
そう言うと、全身が真っ赤に輝き俺の右腕に流れ込んで来た。
真っ赤な光は徐々に俺の右腕の形を形成して、光が落ち着くと、俺の右腕が生えて来たように、斬り落とされた事が無かったかのように元の姿を取り戻した。
その右手の甲には、災厄と希望の神の魔方陣とは異なる、画張った形状の魔方陣が浮かび上がった。
「我が力、求める時は、いつでも呼び出せ」
そこから先は、何度呼び掛けても、眠ったように何の反応も無くなった。
「凄いの……」
黄緑色の少女が、事の顛末を見送ると、小さな声でそう呟いた。
「皆、ウチの力を力で捩じ伏せ奪って行くの、いつも痛くて辛くて助けて欲しかったの、誰も助けてくれなくて、それでも助けてくれたの」
「サティ、それがウチの名前なの」
「ウチの事も一緒に連れって欲しいの……」
黄緑色の髪の少女はサティと名乗ると、可愛らしい小さな猫の姿に変わり、こちらの回答を伺うように、長い尻尾を垂らし俺の事を首を傾げ覗き込んでいる。
その毛は、黄色と緑の斑模様で、炎を纏っている。
「俺の名前はジンだ! サティ、おいで」
両手を広げ、サティに差し出す。
それを見たサティは、勢いよく飛び出すと俺の身体を駆け上り、グルリと身体を回ると、俺の頬にキスをして、忘却の女神に刻まれた魔方陣へと吸い寄せられ、赤い魔方陣の中に、黄緑色の紋様を刻んだ。
「ずっと一緒にいるの、助けてくれてありがとなの」
『やれやれ、ジン様よ、お前は誰にでも手を出すんじゃのう』
「な、人聞きの悪い、そんなんじゃねーよ!」
俺の雑な言葉に、災厄と希望の神の殺意が迸る。
「悪い、悪かった、悪かったです!」
『冗談じゃ、まぁほどほどにしてくれよのう、じゃないと妬くぞ?』
「大丈夫です、次からは必ず相談致します!」
『そうじゃ、そうじゃ、ジン様よ、次からは男の神にしてくだされ、女ばかりに手をだしおって、ホントに妬いてしまうからのう』
災厄と希望の神の殺意と嫉妬の痛みを強く身体に刻んで、俺は森の出口へと急いだ。
あれだけ迷っていた森の中を、道が浮かび上がり輝いて見えるように、どこをどう行けば良いのか理解出来た。
そこからは僅か1日で森の出口へと辿り着く事が出来た。
「これは! どういう事なんだ!?」
「忘却の女神、おい! これはどういう事なんだよ!」
『騒ぐでない、煩いのう、妾が教えてやろう』
出口に辿り着いた俺は、騒がずにはいられなかった。
なぜなら、そこには、俺の体が横たわっていたからだ。
深い眠りに入った忘却の女神に変わり、災厄と希望の神が教えてくれた。
この森のイベントは、精神の世界で、肉体は入る事が出来ないという事だった。なので、そこに倒れているのは、俺の本体で、何年も森の中に居たと思ってたのは、僅か数日の出来事だったという事らしい。
「マジか……」
俺は両手で頭を抱え、自身の身体の前で膝を付く。
実際には、そこまでの事を全て見抜き、魔力と精神力で忘却の女神を上回った時だけ、契約が成立するという事だったのらしいが、それを災厄と希望の神の圧倒的魔力だけで捩じ伏せたという事だから、こいつの力の強大さに呆れた。
自身の肉体の右腕をみると、斬られた所にうっすらと、赤い線が入っている。聞くと、精神世界での出来事は肉体に影響を及ぼすという事で、実際に死んでしまえば、肉体に還る事は出来なかったという事らしい。
俺は、災厄と希望の神に促されるままに、自身の肉体に触れ、なんとか愛しの自分の肉体へと還る事が出来た。
『ふぁぁ~妾も久しぶりに疲れたぞ、少し寝るから、ここから先、少しの間は、ジン様よ、お前の力で何とかするんじゃ』
「あぁ、ありがとな、本当にありがとう、お前の力のお陰で助かった」
『良い、良い、妾も満足じゃ、それよりも速く帰らないと、魔力が切れるぞ?』
災厄と希望の神はそう言い残し、俺の身体の奥へと消えて行くのを感じた。
「っ!? まさか!」
俺は、自分の身体に僅かに残る魔力と、僅かに光る身体を見て、“黄金の暴食”を発動していた事を思い出す。
しかし、思い出した時には既に手遅れだった。
意識が身体から離れて行く。
やっと還って来たと言うのに、動く事が出来ない。
暫くの余韻を引きずり、完全に魔力を使い果たして、意識が遠退いた。
身体の中に眠る、偉大なるモノ達の笑い声が聞こえた気がした。
「……俺だって、眠いん……だ……よ」
俺は、獣がいつ現れてもおかしくない森の入り口で、まったくの恐怖を感じる事無く、安心に包まれて深い眠りについた。




