39、守ると決めたモノは絶対に守る…… それが、神でも悪魔でも
「スキル発動! “黄金防壁”」
大金貨一枚を使い、続けざま金色に輝く防壁を形成して、炎を弾こうとしたが、直後、何も無かったかのように炎は消え、それと同時に忘却の女神の姿が消えた。
「これは? どう言う事だ?」
「ネネ様の時もそうだったの、向こうの攻撃は都合が良いようにこっちに届いて、こっちの攻撃は都合の良いように向こうには届かないの」
少女は、憔悴しきった様子で、そのまま地面に膝を付く。
しかし、ここでゆっくり休ませてくれる様子も無い。
一呼吸置いたように、鮮やかな青い炎を纏った、大型の熊のような獣が現れた。
「グルルルル」
熊の化け物は喉を鳴らし、俺達を威嚇すると、青い炎の固まりとなって突っ込んで来た。
俺は、少女を庇うように炎の固まりを蹴りあげ、その勢いで後方に飛ぶと、距離を明け、再びスキルを放つ。
しかし、結果はさっきと同じだった。
こちらのスキルは相手に届かない。
「もう、大丈夫なの、逃げて欲しいの」
「逃げる分けには行かねーんだよな」
「あぁ、別にお前の為だけって訳じゃねーんだけどよ、どうしてもあの炎の魔法を習得しなきゃならねーんだよ」
「そんなにボロボロになってまでなの? 恐くは無いの?」
少女は不安そうに俺の左腕を引っ張り、右腕に視線を送る。
その視線は、俺の体の至るところに出来た火傷を上から順番に辿って行く。
「俺が本当に怖いのはな、守りたいもんを守れかった時だからさ」
「だから、こんなモン、お前が笑ってくれれば問題ねーよ」
少女に掴まれた左腕の指をそっとほどいて、少女の頭に手のひらを乗せる。
少しは安心出来たのか、少女の顔に生気が戻って来たように感じる。
その顔には、一生懸命無理した笑顔が輝いている。
「絶対倒してやるから、安心して見ていろ!」
俺は少女に背を向けると、オレンジ色の炎を纏い現れた虎の化け物に、金貨を握りしめ、そのまま一気に詰め寄り光る拳を叩きつけた。
実態が無いんじゃないかと不安が芽生え初めていた所に、確かな手応えを感じた。
虎の化け物は、木々を薙ぎ倒し吹き飛ぶと、まるで何事も無かったように俺の前に再び現れ口を開けると、牙のように鋭い燃える刃を飛ばして来た。
後ろには少女が居て、避ける訳にはいかない。
俺は、金貨の残数を気にしながらも、スキルの防壁で、その攻撃を弾き飛ばした。
「不正解だ」
虎の化け物は、そう言い残すと蜃気楼のように残影を残し消えて行った。
蛇、鷲、狐、鼠、牛、羊……
様々な獣の姿で繰り返し現れては、向こうの攻撃はこちらに届き、こちらの攻撃は、相手には届かず、身体の輝きは弱まり、残る金貨も僅かとなってきた。
次に現れたのは、再び先程の真っ赤な髪の少女の姿だった。
手には剥き身の剣を持っている。
それは、最初に出会った少年が持っていた、俺の右腕を斬り落としたそれと同じモノだった。
「どれもこれも不正解だ」
「その左腕を斬り落とし、その首を貰って帰ろうか」
「俺の命だけで済むならラッキーじゃねーか」
「何を言う?」
「この娘には手を出さねーんだろ? ネネ様とか言ったか? 本当にこの娘を殺そうと思っていれば、その時に出来たハズじゃねーか? そうだろ? 忘却の女神!!」
「正解だ!」
さっきは避ける事も出来なかった剣戟を見送る事が出来る。
忘却の女神は、その赤い髪を燃え上がらせ、次々に俺を斬りつける。
しかし、その全てを俺は避けきる。
俺の攻撃は当たらない、向こうの攻撃は触れれば即アウト。
「これでどうだ?」
俺は、真っ赤な炎を纏う忘却の女神を抱き締める。
その包容は、優しく忘却の女神を包み、その炎は激しく俺を焼き焦がす。
しかし、“黄金の暴食”で極限まで高めたステータスでギリギリの所で命を留める事が出来る。
「攻撃じゃなければ良いんだろう?」
「正解だ」
「しかし、その身体はいつまで耐えれるのか?」
杞憂だね。
そんなに長くは耐えられねーよ。
だが、これで十分だ。
忘却の女神が剣を握りしめる右の手のひらをそっと握り込み、ゆっくりと誘導すると、忘却の女神も何も言わず俺の誘導に従う。
何が出来るんだ? と、言わんばかりの表情で憐れむように見守る忘却の女神をそのまま誘導し俺の左目に触れさせる。
“災禍の左目”
真っ赤に燃え盛る景色は、黒く染まり、歪みを帯びて行く。
『ジン様よ、やはりお前は阿呆よのう』
「誰が阿呆だ、めちゃくちゃ頭使ってるじゃねーか」
『妾を見くびるか? 愚弄するのか?』
『もちろん気付いておる』
『ジン様よ、お前が何もかも理解した上で、こんな事をやっているのは』
『だからじゃ、ジン様、お前は阿呆なのだ』
ゆっくりと辺りを歩いて回り、災厄と希望の神はそっと黄緑色の髪の少女の髪に触れる。
『今度は、取り返しがつかないと申したな?』
「あぁ、間違いなく聞いた」
『そうであれば、この娘の命、貰っても良いな?』
「どうしてそうなる? 災禍の左目…… お前のモノに触れたのは、そこの赤髪の女だろ? それとも、同じ“神”は殺せないのか?」
災厄と希望の神は、俺の言葉を聞くと辺りを全て漆黒の殺意に包み、少女の前から消えて俺の背後で、痛みを伴うと錯覚するほどの殺意を纏って、首筋に冷たく重たい息を吹きつける。
『ふぅ~』
『気付いておるのだろう?』
「何に気付いてるんだ?」
「ぐふっ!?」
『発する言葉には、気を付けるのじゃ、“アレ”では、躾が足らんかったかのう?』
俺の胸に、激烈な痛みが突き抜ける。
呼吸は止まり、息が出来ずに苦しい。
痛くて、苦しくて堪らないのに、悶え苦しむ事も出来ない。
何か暖かいモノが瞳から流れ落ちる。
真っ黒な世界に、赤い滴が溢れ落ちる。
俺の瞳から血液が流れ出す。
恐る恐る視線を落とすと、俺の胸から災厄と希望の神の幼く弱々しい手が飛び出し、その手には俺の…… 心臓? が、握られていた。
これが、心臓だと見た目で分かった訳じゃない。
理解出来ただけだ。
それを、それだと認識した途端に身体から力が抜け、意識が飛んだ。
どれだけの間意識が飛んでいたのか、永く、一瞬のようにも感じた。
瞳を開けると、災厄と希望の神の膝の上で仰向けになっていた。
『少しは理解出来たか? 妾の恐ろしさを、優しさを』
胸の痛みは恐ろしい程に癒えており、殺意に満ちた災厄と希望の神の表情は、子供を見守る母親のように、優しい表情に変わっていた。
『気付いておるのだろう? あの少女が本来の神獣だという事に』
「あぁ……」
『だったら、あの少女を殺せば良いのでは無いのか?』
「俺は、守ると決めたモノは絶対に守る…… それが、神でも悪魔でも」
『やはりジン様よ、お前は阿呆よのう』
『災禍の左目の代償は、あの少女に支払って貰うことになると考えなかったのか?』
「問題ねーよ、お前は優しいからな」
『やはりな……』
『ジン様よ、お前の事が妾は大好きじゃ、女神に気持ちを逸らすようであれば、諸ともじゃからのう』
災厄と希望の神は、そう言うと俺の頭を僅かの間、名残惜しいように撫でると、俺を立ち上がらせ、そっと胸の魔方陣に手を置いた。
魔方陣が一瞬光を放ち、その中に災厄と希望の神は消えて行った。
『ジン様よ、お前は誰にも渡さないからのう』
『絶対にじゃ……』
災厄と希望の神の言葉が余韻を残して消えると、自然と別の言葉が頭に浮かんで来た。
俺は、その言葉をそのまま発する。
「絶望に触れし黄昏の刻よ、希望に触れし暁の刻よ、今、ここに、その理を捨て我の力となれ」
詠唱に呼応するように大気が震え、目の前に紫色の魔方陣が現れる。
その魔方陣に優しく触れて、俺は一本の禍々しい剣を取り出す。




