38、忘却の女神
“天上天下唯我独尊”
チュウタに最強の魔法を習得したいと言って教えて貰ったのが、このイベントだった。
今までに何人達成出来たのかは不明だが、間違いなく、この世界で最強の魔法を習得出来ると言う事だった。
富士の樹海の場所にあたる“不価値の森”に生息している、神獣を見つけ出し、倒し、契約する事で炎属性最強の魔法を習得する事が出来るという事だった。
その話を聞いてどれだけ経ったのか、既に森は一面真っ白な雪に覆われていた。
今回、イエーミュとリリムが強く同行を希望していたが、この森で唯一無二の存在となる事が神獣に出会う為の最初の条件だという事で、二人にはエドに残って貰った。
チュウタのスキルは、戦いには全く役にたたないスキルという事で、今回は完全に俺1人でイベントに挑む事になった。
道具は持った、金貨も持った。
神獣以外の獣は一切出ないと聞いていた、この樹海で既に俺は100体以上の獣を倒している。
有り難い事に、山小屋が至るところにあり、食う、寝るには一切困らなかった。
それでも、樹海に入っておおよそ二つの季節を越えて、未だに神獣は勿論、このイベントに挑んでいるであろう冒険者に出会う事も無かった。
さらに季節は過ぎ、樹海は茹だるような暑さに包まれた。
もう既に、距離感や、位置感覚なんてモノは無く、自分が何を成すためにここに来たのかも分からなくなって来ていた。
「おい、にーちゃん、何してんだ? こんな所で?」
さらに同じ季節が何度か過ぎ、結局元の所へと帰りついてしまった。
このまま真っ直ぐに進めば、元の所へと帰る事が出来るだろう。
けど、もし帰れたとしても、魔法を手に入れる事は出来ないだろう…… そう考えたら、急に恐くなってきて来た道引き返し樹海の奥へと向かった。
限界を越えて樹海を探索する俺の前に、見たことも無い程の大樹が顔を出した。
これだけ巨大な木があれば、どこかのタイミングで見つける事も出来たであろう事を考えていたら、小学校低学年位の少年が自分の背丈程の剣を背中に背負い、樹海をさ迷う俺を追い出すかのように険しい表情で現れた。
「もしかして、お前も神獣を探しているのか? そんななりで?」
「そうなんだよ、良かったらにーちゃんに知ってる事と助けられる事があれば、教えてくれよ?」
瞬間、俺の差し出した右腕が宙を待った。
「不正解だ……」
少年は寂しそうに笑うと、全身を金色に輝かせ、樹海の奥へと消えていった。
もしかして、これがずっと樹海で一人きりで追い求めて来たイベント“天上天下唯我独尊”だって言うのか?
地面に転がる俺の二の腕から、スパッと切り落とされた右腕の切り口がゆっくりと赤く染まって行く。それを見届ける暇も無く、俺の右腕に焼けただれるような痛みが走る。
目線を下げると、蛇口を軽く開けた位の血液が流れ出てる。
それを知るのは、この樹海に唯一、我だけだとでも言いたいのか。
既にどこに行ったのか分からない少年の笑い声が聞こえた気がした。
……
樹海は深い夜の闇に包まれる。
今にも飛びそうな意識を、ギリギリの所で自信に留め、身体を引きずり、何もかもが黒く染まった樹海の中を進んでいた。
腕を切り落とされ、血液が流れ落ちるのを見た俺は、身体から熱いものが血液と同時に流れ出る感覚に襲われながら、近くの蔦で必死に腕を縛り、それでも不十分だった為に、残った左腕で必死に火をおこし、石を投げ入れ、熱した石で傷口を焼いた。
こんな所で、災厄と希望の神が俺に与えた災厄が役にたった。
元の世界に居た頃の俺だったら、最初の痛みで気絶して、血が流れる事を止める術無く、そのまま死んでいただろう。
でも、こんな痛み、既に何度も味わった。
共感覚を経て、何度も死ぬ程の痛みを、苦しみを味わった。
結果、腕を切り落とされる位の事には耐えれるようになったのか……
俺はようやく辿り着いた山小屋で、そんな事を考え、置いて来た右腕の事を思い、深い眠りにつく事が出来た。
傷口は、持ってきた回復薬のお陰で一晩で完治して、完全に痛みさえも消えた。
チュウタが万が一の為にと三つ持たせてくれた一つを使わせて貰った。
しかし、腕が生えてくる分けでは無く、ただ傷口に美しい、出来たので肌が形成されただけだった。
その右の腕で剣を握ろうとするが、当然掴めるハズも無い。
今回は、完全に不意をつかれてしまったが、今度は完全に警戒して、最初から全開で挑む。
成る程、こんな風に俺の前に現れるんだなという事は理解した。
理解したつもりで居たが、次に現れたのは、その神獣から逃げ惑う、鮮やかな黄緑色のロングヘアーの少女だった。
「良かったの、こんな所で冒険者に会えるなんて、本当に良かったの」
「助けて欲しいの、ネネ様を殺されて、ウチも今神獣に追われてるの、お願いなの、助けてなの」
俺の胸に飛び込んで来た少女を、もしかしたら、また神獣が化けた姿かも知れないと、一瞬考えはしたが、仮にそれで不意をつかれて殺されたとしても、俺は少女を突き放す事もせず、会ってそうそうに斬りつける事など論外と言っても良いほどに、強く抱き締めた。
「不正解だ」
そいつは、漆黒の鋼のような毛に覆われた狼の姿で俺達の前に現れた。
「天の上に人は無し、天の下には、唯一我が一人、尊ぶモノは我のみと知る」
狼はそう言うと、全身の毛を赤く燃え上がらせ、その身体は何倍にも大きくなった。
それと同時に、熱風が俺達を通りすぎる。
「アレは、ウチの見た、ネネ様を殺した神獣の姿じゃないの」
黄緑色の髪の少女は、金色の瞳を潤ませ、俺の胸の中で震えている。
「大丈夫だ、安心しろ、俺はあんな奴には殺られねぇ」
少女の頭を残った左腕でポンと叩くと、俺の背後へ回らせ、道具入から金貨を一枚取り出した。
「スキル発動! “黄金の軌跡”」
金貨は、真っ直ぐに、赤く燃える狼に向かって飛ぶと、その身体に触れると当時に大爆発を起こした。
「ほら、大丈夫だったろ?」
後ろを振り向く俺の頭を、少女が挟み無理やりに前を向かせる。
「まだなの!」
ゆっくりと爆煙の中を、真っ赤に燃える狼がこちらに向かって進んで来る。
「不正解だ」
「我が名は“忘却の女神”」
「我が力を望むモノよ、我を倒し、我を殺してみせよ」
巨大な狼は、真っ赤なロングヘアーで妖艶な赤い瞳の女性の姿に変わったかと思うと、口許に微笑みを浮かべ、さっきまでとは比べ物にならない熱量の炎を纏い、歩く速度を速めるでも無く、俺達に向かって進んで来た。
出し惜しみをしている場合じゃねーな……
俺は、左手で10枚の大金貨を掴み喰らった。
「スキル発動! “黄金の暴食”」
直後、忘却の女神が纏っていた炎が一点に集束され、俺達に向かって放たれた。




