35、限定的最強勇者
風が俺達を通りすぎ、無風となったその瞬間、城内にけたたましい警戒音が鳴り響く。
「これは!?」
「海獣が、マーマンが襲って来たのですよ」
「イエーミュ、金を貸してくれないか?」
「それは、勇者様だったら貸さずとも、幾らでも払いたい気持ちは山々なのですよ、でも今は……」
「そういう状況じゃ無い事位分かってる、でも、今必要なんだ!」
「痛いのです、ジン様、肩、痛いのです」
俺は思わずイエーミュの肩を持つ手に力を入れてしまった。
「ご、ごめん」
「はい、問題ないです、こう見えて痛いのは得意ですよ」
痛いのは得意ってそれってダメじゃねーかよ。
俺はスキルと事情を説明して金貨を借りようとしたが、全て無償で提供してくれるという事だったが、それには城の地下に行き、イエーミュと他に3人の重鎮の承認が必要になるという事だった。
もちろんすぐに承認して貰えるだろうけど、3人を探して、地下へ行き、鍵を解錠してその上で承認行動を取る必要がある為かなり時間がかかるという事だった。
話してる間にも、エドの城下街のすぐ側までマーマンが攻めて来ているようで、遠くに煙が上がり、砲弾の大きな音や、男達の声が天守閣へと届いた。
再び視線を海にやると、見た事も無いほどの大きな津波が押し寄せて来ていた。
城の外に慌てて飛び出すテマリばあさんと、何人かの魔導師の姿が見えた。
ばあさん達は、詠唱を行い、空中に大きな魔方陣を描き、魔方陣を中心に結界を展開して押し寄せる津波へとその結界を放つ。
魔方陣の結界は押し寄せる津波にぶつかると津波を止めた。
「おぉ~これだったら行けるんじゃねーか?」
「無理なのです、あれは一時的に津波を止めて、街の人々が避難する時間を稼いでいるだけなのです」
「でも、きっと城下街は全て津波に飲まれるのですよ」
イエーミュが小さく震えている。
“大丈夫っす、オイラが皆を守るっす!”
不意にチイユの声が聞こえた気がした。
確かにチイユの不可防壁だったら、あの津波を押し返す事も弾き飛ばす事も出来たかも知れないし、もっと適正な防御スキルを使えたかも知れない。
俺は、またチイユにどこかで頼っているんだな……
今度は、俺が助けるんだったな。
「イエーミュ、ちなみになんだが、少しでも金貨を持って無いよな?」
俺は、小さく震えるイエーミュの肩を抱き寄せ、津波を見据えて訪ねた。
ダメ元で聞いたつもりだったが、以外な回答が返って来た。
「これくらいで良ければいつでも持ち歩いているのです」
「ジン様のお役に立てるのです?」
あぁ、問題ない!
イエーミュが振り袖から出したのは、驚愕の大金貨28枚。
2800万相当がポッと出てきたから驚いた。
「イエーミュ、心配するな、全部俺が守るから」
ばあさん達が作り出した防御結界が歪みを帯びて崩壊して行き、津波はその勢いを衰える事無く、こっちに向かい押し寄せる。
俺は、久々に使うスキルに心を高鳴らせ、大金貨10枚を握りしめた。
「スキル発動! “黄金防壁”」
俺の発する声が、悲鳴に埋もれる月夜の空に響いた。
ばあさんが俺の存在に気付くと、他の魔導師達も満身創痍の表情で俺の事を見上げている。
俺に向かって祈りを乞うモノも見える。
やめてくれ、俺はそんな存在じゃない。
皆に助けられ、災禍を帯びた、金貨無しじゃ何もできねーような男だ。
でもな、金貨さえあれば、何だって出来る。
俺が放った10枚の大金貨が宙を舞い、六芒星を形成するとそのまま津波へとぶつかり、眩い金色の光を放ち津波を消し飛ばした。
「ジン様! 凄いのですよ、凄い、こんなの初めてです」
イエーミュが瓦に膝を付き両手で顔を覆っている。
「まだだ、イエーミュ、せっかく特等席に居るんだ、最後まで見て行けよ」
俺はイエーミュの視線を城下街へ向けるように促すと、消滅した津波の合間から出現した海獣に向けて大金貨1枚を放った。
「スキル発動! “黄金の軌跡”」
海獣は大きな爆発に巻き込まれ、弾け飛んだ。
当然だ、チイユが言うには飛竜は最上級の獣だと言う事だったが、眷俗にも劣る海獣を倒すには十分すぎる一撃なんだからな。
「スキル発動! “黄金の流星”」
さらに10枚の大金貨を使って、残るマーマンを一掃する。
至る所から、歓声が巻き起こる。
深夜だと言うのに、城下街全体が歓声で揺れ、気付くと城の広場を沢山の人々が埋めつくし、俺の事を涙を流し称えていた。
「ジン様、私は決めたのです、あなた様の生涯の伴侶として添い遂げると決めたのです」
イエーミュが俺に飛び付き、涙を流し俺の胸に何度も顔を擦り付けてくる。
……
今までの俺だったら、ここで完全に油断していただろう。
金貨も使い切っていたか、奪われていた。
まだ、手元には最低限の金貨を握りしめ、イエーミュをそっと俺から引き剥がし辺りを警戒する。
そもそもこのイベントは、誰かが悪意を持って発生させたモノだ。
だったら、イベントの途中、もしくはイベントを達成して気が緩むこの瞬間を狙っているハズだ。
しかし、暫く待っても何かが起きる気配は感じられなかった。
城の外にも沢山の人が集まり収集がつかなくなっている。
何かを起こすなら今この時がベストだろう。
「イエーミュ様? 例え国王と言えども、リリムのお婿様に手を出すことは許さないよ!」
天守閣から城の中へと入ると、階段を駆け上がって来たリリムが、俺の手を掴むイエーミュの手を叩き振りほどいた。
「何をするのです、失礼極まりないのですよ!」
イエーミュが、聞いたことも無いほどの低い声、強い口調でリリムに良い放つ。
二人の間で、火花が散っているのが見える。
「今は、それどころじゃねーだろ」
「「それどころって、どういう事!?」」
「です?」
二人の声が重なる。
「だったら、ジン君はどっちが良いのかここでハッキリさせてよね」
「ジン様は当然、私の事を選んでくれるのです」
「私は生涯伴侶として添い遂げるのです!」
二人の討論は暫く続いたが、俺は割って入る事も、先に行く事も出来ないでいた。
そんな状況から助け出してくれたのは、イベントの恩恵だった。
天守閣に現れる、黄金の扉を見つけて、二人は黙り、沈黙の後に視線を交わし、俺に声を揃え謝罪すると、扉へと向かうように促された。
二人に手を引かれ、再び天守閣へと向かう。
城の周辺に集まっていた人々は、ばあさんと城の人々の頑張りで散らされていた。
俺は久々のドアノブの感覚に感慨深いモノを感じながらそっと扉を開いた。




