34、優しい口づけと優しい時間
「そんな事があるわけないじゃろ」
呆れたばあさんが、俺の左目に触ろうとするが、俺が全力でそれを拒絶する。
「いい加減にするんじゃ!」
「ばあちゃん、ごめんね、リリムはジン君の言う事信じるよ……」
リリムはそう言うとゆっくりと立ち上がり、拒絶する俺の両手を掴んで優しく抱き締めた。
「やめろ! やめてくれ!!」
それでも拒絶し続ける俺の事を強く抱き締めると、俺の震えが止まるまでじっとそのままで居てくれた。
「ジン君は、痛い事が、苦しい事が怖いんじゃ無いんだよね」
お前に何が分かるんだ、俺は、何度も死んだ方がマシだと思う程の痛みを苦しみを味わったんだ。
「誰かがさ…… 傷つく事がイヤなんだよね」
違うんだよ、守れない事が……
「違うか……」
そうだよ、違うよ。
「手の届く人達を守れなかった事が、辛かったんだね」
そうだよ、俺はいつも弱くて、無力で、何も守れないんだよ。
だから、せめて、目の前の、手の届く所に居た、チイユだけは守りたかったんだよ。それなのに、俺は何も出来ずに、この前も、災厄と希望の神の力を借りなければ何も出来なかった。それなのに、その力に頼った為に無関係な人々を殺してしまいそうになって、俺に何が出来るって言うんだよ、何もしない方が良いのか!?
「リリムは、ジン君のお嫁さんになるって決めたよ」
「っえ!?」
「何? 聞こえなかったの?」
「でも、大事な事だから一回しか言わないよ」
リリムはそう言うと、俺の唇に柔らかい唇をそっと重ねた。
「左目以外は全部リリムのモノだからね! 神様だかなんだか知らないけど、もう勝手に制約だか、契約だかやったらダメだからね!!」
この世界に来て、沢山口づけをした。
けど、なぜかそんなに嬉しく無かった。
でも、今だけは違った。
リリムの口づけは、優しくて、俺の事を本当に愛してくれているって、そう分かる口づけだったから。
俺は生まれて初めて、本当に愛されてると感じる口づけをした。
ばあさんは、その様子を見て、やれやれと、俺の言った事をようやく信じてくれたようだ。
それでも、そんな事はどんな文献でも、資料でも、言い伝えでも聞いた事が無いと言う事だった。
「盛り上がっている所悪いのですが、最悪のイベント発生に対する対策を考えてくれないと困るのですよ……」
イエーミュが申し訳無さそうに、そっと扉を開けて入って来た。
「すまんのう、色々と想定外の事が起きすぎて、まぁ良い事なんじゃがのう」
ばあさんは杖を持つと、それでは本題に入ろうかと、城に集まっているこの国のお偉い方を集めた。
“海獣の逆鱗”
それが、今この国に迫りつつある驚異だという。
何者かが、海に封印された海獣を起こし、強制的にイベントを発生させたという事だった。
北の海に眠る海獣は、目覚めると共に北の大地を水没させ、その上で幻獣マーマンを大量に産み出し、北の大地から順番にこの島を蹂躙しているという事だった。
それを止める為に国中から優秀な魔導師や剣士を集めており、その中でも最高峰の実力と名声を持つテマリ・スカーレットの力が必要だという事だった。
さらに、その状況の中、海獣を遥かに凌ぐ力を持つ眷俗を倒したという勇者の来訪に、ここに集められたお偉い方は感動に震えていた。
その感動と言えば、ある年配のじいさんは、感動に震え、涙を流しそのまま気絶して医療室へと運ばれるといった程だった。
それでどういう魔法が使えるかと聞かれれば、ばあさんが先日の山を荒らした騒動はこいつの仕業だと言うと、白い目で見られるのかと思えば、さらに気絶するじいさんが増えただけで、勇者という肩書きに城中が歓喜し勝ちを確信したというだけで、いつ来るのか、その数や、戦略などあったモノでは無かった。
その事に不満と、不安を覚え、再度話し合うべきだと言ったら、俺が居ない所ではちゃんと話されているが、お前が聞いた所で戦術や戦略など理解出来ないと、ばあさんに笑われた。
せめて、いつ攻めて来るかだけでも教えて欲しいと言う問いに対して、ばあさんは“いつ来ても良いように備えておれ”と、他の老人達と同じようにお気楽な回答だった。
この街に着くまでに殆ど眠れる事も無く、疲れを引きずって来たハズなのに、その日の夜は眠る事が出来ずに、イエーミュの提案で天守閣へと出て、海を眺め風に当たる事にした。
「横に座っても良いのです?」
天守閣で仰向けになり、広大な星空に手を伸ばしていると、イエーミュも天守閣へとやって来て俺に話しかけた。
長い夜、この国の事を色々と教えてくれた。
この国はやはり東の果てに位置する島国という事で、自身を強化する事や、珍しいアイテムを求めている冒険者が立ち寄る事は殆ど無く、イベントが発生する度に、自分達で何とかやって来たと言う事だった。
中でも、海獣の類いは、この国に被害をもたらすイベントの類いでは、最大級の被害をもたらせるというイベントという事で、どんな手を使ってでも早期解決して来たと言う事だった。
冒険者が海獣を倒さない場合の解決方法は一つしか無いという事だった。
それは、国の王が自らの命を贄として差し出すという事だった。
だから、この国では代々女が王となり、贄として、自分の番を待つと言うのが風習だという事だった。
もし、あと少し俺達の到着が遅れれば、イエーミュは全身に鎖を巻かれ贄としてその短い障害を終わらせる事になっていたという事だった。
「大丈夫! 心配するな、そんな事には俺がさせねーから、絶対な」
「はい、ありがとうなのですよ」
イエーミュは、長い髪を夜風に靡かせ、そっと頭を俺の肩に置く。
災禍の左目の事は気にはなったが、リリムのお陰か、今まで程の恐怖感は無い。
しかも、まだこんなにも若い女性が明日には贄となり、その短い生涯に幕を降ろしていたかも知れないと言うのであれば、どれ程怖かった事か、俺に出来るのであれば、少しの間、俺の肩を貸す事位は、まぁ良いかと言う気持ちもあった。
大きな月が、元の世界では見た事も無いほどの大きな月が明るく俺達を照らす。
優しい時間がイエーミュの心の傷を癒して行く気がした。




