31、痛みの代償に
俺は2つの剣を強く握りしめ、身体を廻る自分のモノとは到底思えない魔力を確かめると、ヒュドラの向こうに転がる皆を見据えて、真っ直ぐに斬り込んだ。
身体の中を廻る魔力が時間と共に物凄い勢いで、身体の外に流れ出て行くのが分かる。ゆっくりとやってる時間は無いようだ。
最初から全力で、ヒュドラに一撃をくらわせる。
その一撃は、ズドンと凄まじい音を立て、漆黒の雷を纏い、ヒュドラを突き抜けると遥か彼方まで、木々を斬り焦がし地面を抉った。
こんなモノ、皆に当てたらとんでもない事になる。
眷属でも痛みを感じるのか、俺の…… 災厄と希望の神からの借り物の一撃をくらったヒュドラは、身体が2つに分かれ片方は崩れ落ち、片方は必死に立ち上がり、残った3本の首は、痛みに顔を歪め狂ったように暴れ俺に向かって来る。
俺に迫り来る牙を、さっきの二の舞にならないように、空に向け、もう一本の剣で牙を防ぐように受けようと、ただ、受けようとした、それだけなのに、漆黒の炎が巻き起こり、首を吹き飛ばし、太陽の光を遮る程に空へと突き抜けた。
漆黒の炎の剣戟を受けたヒュドラは、もがき、苦しみ、のたうち回る。
横たわり動かない、残り半分のヒュドラの再生を警戒してたが、その様子は感じられない。
よく見ると、俺が斬った切口からは、漆黒の電気が放電していて、再生しようと蠢く表皮を焼いている。
急ぎ、皆を背にするように回り込み、一気に2本の剣で続けざまに斬りつける。山の表面が形状を変え、漆黒の雷と炎が駆け巡る。
ヒュドラの身体の体積は減り、抉れた地面にめり込んでいる。
何度剣を振ったのか、気付くと目の前に、眷属の討伐報酬の金色の扉が出現していた。
漆黒の炎は山を包み3日3晩燃え続け、木々を焼き付くし鎮火した。
身体を廻る、自分のモノでは無い魔力の気配が消えると、二本の剣は煙となって消えて行った。
引き換えに、堪えきれない程の痛みが身体に訪れる。
膝を付き、横たわる。
「ジン…… 流石にこれはやりすぎじゃ」
「なんだ、ばあさん、元気そうじゃねーか」
一言発する度に、痛みで気を失いそうになるが、必死に堪える。
「ワシもリリムも毒耐性がある鎧を聖神化しとるからのう、残るのは牙のタメージ位じゃ」
「リリムも平気なのか?」
「ホレ、見てみろ」
リリムはクロの容態を確認すると、急ぎ俺に駆け寄って来た。
「ジン君、君はホントにスゴいね」
それだけ言うと、俺の頬に優しくキスをしてクロを背負い、街へと急いだ。
「ジン、大丈夫か? これを飲むんじゃ」
どこかで見た事のある小瓶を渡された。
それを飲むと、傷口は塞がり、外傷の痛みは無くなったが、契約の代償なのか、身体を切り裂かれるような痛みは暫くの間続いた。
情けない事に、ばあさんの肩を借り、やっとの思いで街まで歩くと、急ぎ宿屋へと入り、食事を取る事も無くベットに倒れ込んだ。
俺が熱を出し、痛みと戦っている間に、ばあさんは扉の中のアイテムを現金化したり、眷属討伐と、その代償に山が焼けた事などを領主へ報告し、税金やらなんやらの手続きを全て済ませ、ルシアン王国に関しての情報交換から、次の旅の準備から何から何までを全て行ってくれた。
痛みが引いた俺は宿屋から出る事は無く、そのままばあさんの帰りを待った。
クロは解毒の為、ここから更に東に行った所にある、この国の王都で治療を行っていて、リリムは付き添いで王都に滞在しているという事だった。
山の火事や、一連の事は全てこの宿屋の看板娘“マリーナ”が教えてくれた。
マリーナは、朝食、昼食、夕食を部屋に運び、風呂の無い宿屋で、毎晩俺の身体を拭いてくれた。
初めは、恥ずかしく拒んだが、業務として行うマリーナの姿を見て、邪で恥ずかしい気持ちは無くなった。
俺の痛みが完全に消え、部屋で身体を動かしていると、マリーナが外へ行かないかと提案して来た。
買い物でも良いし、街を見て回っても良いと。
俺が“それって、デートみたいだな”って言うと、頬を赤らめ本気で恥ずかしがっていたが、あまりにも毎日言ってくるので、ある日二人で朝から街へと出掛けた。
海に面し、強固な守りに固められたこの街の名前は“キョウド”と言うらしい。聞き覚えのある響きに地図を見せて貰うと、日本の地図を簡略化したようなモノだった。
さらに、世界地図を見せて貰い驚いた。
正しく、元の世界の世界地図と同じような構造になっていて、キョウドは日本の大体大阪の位置、クロが向かった王都“エド”は、東京が位置するだろう場所だった。
そして、ルシアン王国はヨーロッパ、大体イタリアとかフランスとかその辺りに位置しているんだが、教養の無い俺は大体の位置関係しか理解出来なかった。
はっきり言える事は、ルシアン王国へと帰る為には、東の果てから、西の果てへと向かう必要があるという事だった。
まぁ、元はスマホゲームの中の世界なんだからこの世界地図も納得は出来る。街を歩く人々も和装を好む人が多く、街路樹も桜が咲き誇っていて、どの景色も和をモチーフにしており、とても綺麗だった。
食事も、和食や、お好み焼き風のモノや、クレープなど驚きのごちゃまぜ文化だったが、どれも美味しく納得の作りだった。
久しぶりにゆっくりと流れる時間に身を委ね、マリーナとの一日のデートを満喫した。
相変わらず、金貨が手元に無く不安ではあったが、ばあさんが扉に入り金貨を手に入れてるだろうと若干の余裕はあった。
マリーナは、しっかりしているようで、実はかなり間の抜けた女だった。
クレープを買えば、転んで何とかクレープを守ることは出来ても、顔を地面で擦り傷を負ったり、好きなモノを見つけ急ぎ走って行けば、こちらを向いて走るモノだから、そのまま川に落ちたり、服を乾かす為に公園で日光浴をしていたら、そのまま寝入って夕方まで起きなかったり。
紫がかった黒い髪が夕方の少し肌寒い風に揺れる。
小さく、卵形のまとまった顔つきで、スヤスヤと気持ち良さそうに寝ている。
もしもヒュドラがこの街で暴れていれば、この娘も被害に合い、こんなにも安心して眠れる事は無かったんだと思うと、自分が守れた事が嬉しくて、公園の椅子に腰掛け、はしゃぐ子供達や、寛ぐ大人達を眺め、思わず涙が溢れ出して来た。
「ジンさん? どうしたんですか?」
不意にマリーナが目を冷まし俺の涙を拭う。
マリーナが右手で俺の涙を拭い、その手が俺の左目に触れる。
その瞬間、それまでの安らぎの時が崩壊する。
『災禍の左目』
それが、俺が人外の魔力を手に入れた代償に手に入れた災厄だった。




