30、神の力が宿りし者
「当然、扉には俺が入るからな、まぁリリムがどうしても入りたいと言うなら考えてやるが」
そんな事はどうでも良い。
今さらアイテムなんかに興味は無い、金貨があれば良い。
金貨一枚貰えれば、俺はそれでなんとかする。
「待つんじゃ!」
「ばあさんはダメだ、引退してるるんだから俺に譲ってくれ」
「違う!」
腕を頭の上で組むクロをばあさんが一喝する。
「どうしたって言うんだよ」
「扉はどこじゃ!? まだ、ヒュドラは死んどらん!」
「っ何!?」
突然にクロの足元の土が隆起し、ヒュドラの首が飛び出し、クロの足に噛みつくと地面に何度も叩きつけた。
「やめろー!」
リリムがクロに噛みつくヒュドラの首を斬り落とし、クロを助け出すが、続けざまに4本のヒュドラの首が、隆起した地面から飛び出して来て、クロを抱き抱えるリリムの小さな身体を執拗に追いかけ回す。
「吹き抜ける風、大地に纏いて、災いをもたらさん」
「風の災難」
ばあさんが風を操り、周囲に転がる岩や木々をヒュドラの胴体にぶつけるが、時間稼ぎにもならない。
ヒュドラが身体を捻り起き上がると、地面に触れていた胴体からは9本の首が生えていて、それらが同時に地面から飛び出て周辺の地面が崩壊する。
ばあさんは、老婆とは思えない動きで、隆起する地面から瞬時に飛び上がり、安全な地面に着地する。
リリムは、崩壊する地面を跳び跳ね、ばあさんの横に見事に着地した。
俺はと言うと、無様にも、何とか隆起し崩壊する地面と地面の間にハマり難を逃れた。
ばあさんと、リリムが同時に安堵する様子が目に入る。
恥ずかしくて、むしろこのまま穴の奥に入って死んでしまいたい衝動にかられるが、途端に恐怖が込み上げ、命からがら安全な地面に這って逃れた。
「ジンく~ん! だいじょ~ぶ~?」
リリムの声が響く。
クロが毒をくらいながらも、リリムの背中で笑ってるのが分かる。
言っとくけど、お前もリリムに助けられてんだからな! 同類だからな!
そんな悠長な事を考えていると、ヒュドラはその様子に怒り狂ったように、暴れ出した。
「ばあちゃん、ちょっと待っててね」
「速く戻っておくれよ」
リリムが背負ったクロを何処かに起きに行こうとするが、ヒュドラがそれを許さない。
9本の首全てがリリムを集中的に襲う。
避けるのがやっとなのか、剣でヒュドラを斬り刻んだ時のスピードが出せないでいる。
ばあさんも詠唱を行う間を与えて貰えずに、杖で攻撃を必死に防いでいる。
こんな時にチイユが居てくれたら……
俺は、またチイユの事を考えていた。
何か出来ないか必死で考えるが、膝が笑い、気付けば剣をどこかで落としたらしく、空っぽの手が震えている。
俺の目の前で、再びテレジアの惨劇が起ころうとしている。
それなのに、俺には何も出来ない。
そうだ、金貨があれば、金貨さえあれば……
全身をくまなく探すが、当然あるハズも無い。
俺が、そんな無駄な事をしている間に、ばあさんと、リリムがヒュドラの首に吹き飛ばされ、地面に叩きつけられ、ついにはその牙の餌食になる。
また……何も出来なかった……
『力が欲しいか?』
っ!?
何だ?
誰だ?
『力が欲しいかと聞いておる、妾の声を忘れたのか?』
災厄と希望の神……か?
『力が欲しければ、対価を差し出せ』
それが……無理なんだよ。
金貨一枚無いのに、444万枚なんてどうやって用意すれば良いんだよ!
『それは、妾に会いたい場合じゃ』
『会えなくて寂しいのは分かるが、それが全てじゃ無いと申しておる』
何を言っているのか全く理解出来ない俺の胸の魔方陣が輝きを放つ。
視線を腹部に落とし、再び前に向けるとそこには、災厄と希望の神が立っていた。
『恐れなくとも大丈夫じゃよ、ここにいる妾はジン様よ、お前のイメージじゃ』
確かに言われて見れば、前に感じた絶対的な存在感は感じられず、若干透けても見える。
『対価は払えるのか?』
「あぁ、対価だろうと、命だろうと、何だろうと持っていけ!」
「ここで、やらなければ、やれなければ死んだ方がましだ!」
『それでこそ、妾のジン様じゃ』
『本当に死んでも良いんじゃな?』
「あぁ、二言はねぇ!」
本当だ、こんな惨めな思いをする位だったら死んででも、こいつを倒す!
クロ、まだ息はあるだろうな、目は見えてるだろうな、見ていろ俺の最後の姿を!
『心配をするな、命までは取らん、いや、それよりも不幸になるかもしれんが、な……』
災厄と希望の神はそう言うと、俺の左の眼球をじっとりと舐め回した。
眼球を舐められる初めての感覚は、暖かくて、想像したよりも嫌じゃない、イヤむしろ味わった事の無い感覚が俺を包む。
『この左目は、妾のモノじゃ』
『妾の許可無く触れた者には災厄が訪れる事を努々忘れるなよ』
災厄と希望の女神はそう言い残すと、俺の身体に交わるように消えていった。
代わりに、俺の身体に刻まれた魔方陣から、濃い紫色の、何やら見たことも無いような古代文字が飛び出して俺の前に刻まれて行き、それは完成すると光を放ち、再び俺の身体へと吸い込まれた。
それと同時に言葉が頭の中に浮かんで来る。
俺は浮かんだ言葉を、そのままに口に発した。
「古よりも深きモノ、太陽を飲み込む漆黒の闇よ、今同刻の断りを破りて、汝の名のままに、我が力を世界に示さん」
「神力解放」
俺の身体を漆黒の魔力が渦巻く。
渦巻く魔力は、周囲に黒い稲光を放ち触れたもの全てを焦がす。
「災厄と災難」
高まりきった、とても自分のモノとは思えない漆黒の魔力を両手に集め、災厄と災難の二本の剣を造り出した。
魔の力を用いて、世界の断りを斬り咲く。




