28、嫉妬
必死で訴えかける俺に、二人が声を揃え返した言葉は、意外な方法だった。
「どうした? 意外そうな顔をして、ジン、お前も魔法が一つ使えるとステータスには記されとったぞ?」
「そぅなの? ジン君の魔法見てみた!」
瞳を輝かせ、どんな魔法が使えるのか、どうやって修得したのかと興味津々に聞いてくるリリムが、尋問、拷問に感じてしょうがない。
それも、これも、俺の召喚魔法が簡単には使えない事を知った上で魔法が使えると言ったばあちゃんのせいだ。
完全に俺で遊んでいる。
あぁ、分かった。そっちがその気ならこっちだってその気で……って別に何をする気じゃ無いけど、とにかく俺のスゲー所を見せてやる。
「ホレ、遊んどらんと、準備して行くぞ」
ばあさんが、朝食から、弁当から、荷物から準備してくれていた。
この世界に来て、初めて着る装備らしい装備は、若干違和感はあるものの、今までずっとシャツにズボンだけの服装だったから、胸当てや、革靴、装飾品に、背中にズシッと思い剣を携えると、いよいよこれがとてもじゃないが、スマホの世界とか、現実から離れた世界とはとてもじゃないが、そんな事を考えられる気にはならない。
街道に現れた“12の眷属 ヒュドラ”は、ゆっくりと休みながら港のある大きな街へと向かっているという事だった。
扉を叩き訪ねて来た男、“クロ”はこの村でも最強クラスの魔導師という事だったが、その魔力と魔法を使ってもヒュドラには傷一つ付ける事が出来なかったらしい。正確には、傷を負わせる事は出来たのだが、ヒュドラの特性である超再生で、瞬時に傷は回復し手出しが出来ず、仲間の無念を晴らす事無く、逃げ帰ってきたという事だった。
なぜ、そんなに強い魔導師が、ばあさんの所に始めに来たのかと言うと、このばあさん、この国でも最強の元魔法騎士団の団長を勤め、団を脱退してからもこういった困った案件が次から次に舞い込んで来るのだと、困った様子で言っていた。でも、その表情はそんなに嫌そうには見えなかった。
「ジン君、剣は扱えるのかい?」
家を出る所で、唐突にリリムが訪ねて来た。
俺に剣が馴染んでいないらしい。
「俺は、剣をスキルで作り出していたからな、実物の剣は慣れてないんだ」
剣をスキルで作り出すなんて、スキルはそんな事も出来るのかと、再び、いや幾度目かの羨望の眼差しで俺を見てくる。
イヤ、そんな目で俺を見るのはやめなさい。
俺は、金貨が無いと何も出来ないんだ。
獣の類いも、どこまでこの剣で倒せる事か、不安しかない。
「何をしとるんじゃ、急いで行くぞ」
ばあちゃんが、上から下まで真っ黒のローブで身を包み、それらしい杖を持ち、家の玄関でグズグズとしている俺達を急がせた。
リリムは、出会った時のオーバーオールと首元にタオルを巻いて、工事現場で被るようなヘルメットを被った格好とは次元の異なる、上から下まで完璧な全身装甲防具を身に付け、完全に戦闘体制に入っている。
防具は、白く綺麗な光沢を放ち、全身を纏った方が防御力が上がるだろうと俺の心配をよそに、スカートタイプで、ロングブーツのような防具とスカートのような防具の間は、完全に生身の肌が露出している。
冑は、頭に置いた申し訳ない程度のモノで、顔は完全に出ていて、昨日のヘルメットよりも面積が小さく、不安しか無いが、道中その事をばあさんに言うと、加護があるからそんなモノ見た目重視でいいんじゃと、軽くあしらわれた。
見た目重視とは良く言ったもので、あんなに暑そうなのに、実際身に付けると体温を自動で管理し、常に暑さや寒さを一定の範囲で管理し、快適なモノだと言うし、重量も普通のドレスや、スカート、シャツ位のモノしか無いという事だった。
しかも、防具の加護によっては、それらの能力はさらに向上し、つまり見た目は関係ないという事だった。
言われて見れば、チイユはいつもメイドだったり、ワンピースだったり、好きな格好をしていたが、飛竜の攻撃を防いだり、何かと聖神化を自身に行っているせいと言うか、お陰と言うか、つまり装備は、防具は見た目じゃ無いと言う事は理解出来た。
理解出来たが、俺のこの格好は何だ!?
めちゃくちゃ暑いし、かなり重い。
その事に関して文句を言うと、それは普通の防具だから当たり前だと言われた。
ちなみ、俺が大道具入丸ごと奪われた“嫉妬の鎧”は状態管理が出来る最上級の防具で、極寒の寒さにも耐え、睡眠異常の影響を受けないモノだったという事を後に知る事になるが、今はそんな事を考える気にもならない程、真昼の暑さと、防具の重さに苦しめられた。
日中を必死の思いで山道を進むが、山を越える事は出来ず、山道から少し離れた所で焚き火を囲い就寝する事にした。
俺がやっとの思いで防具を外し、丸太に腰かけると、リリムがどこかに走り、あっという間に鹿のような動物を狩って抱えて来た。
「ジン君、今日は良く頑張ったね、偉い偉い!」
よしよしと、リリムが少し背伸びをして俺の頭を撫でる。
若干その手は動物臭かったが、イヤでは無かった。
「まだ、イチャイチャするでない、早く飯にするぞ」
「ホレ、ジン! クロ! もっと薪を拾って来んか!」
まだも何も、イチャイチャする気は毛頭ないんだが、まぁ仕方ない、素直に拾って来るか。
「おい! 貴様!」
俺とやっと二人きりになれたと言わんばかりに、クロが突然薪を拾う俺の肩を押した。その反動で、折角拾った薪が地面に転がる。
「っあ!?」
俺は、怒りで頭に血がのぼり、ゼロ距離でクロに詰め寄る。
その瞬間に、頬に痛烈な拳がめり込み、近くの木まで吹き飛ばされる。
っえ!? 俺何かしたか?
吹き飛ばされた衝撃で、空気が震え、木々が揺れ、音が鳴る。
その音を聞いて近くにいたリリムが俺に駆け寄って来る。
「クロ! リリムのお婿さんに何をする! 事と返答次第じゃ叩っ斬るよ!」
「だってよぅ、俺が少し村から離れてる隙に、俺が大好きなリリムちゃんの家に上がり込んで、気付けば婿とか納得できねぇよ……」
「そもそもばあさんも、ばあさんだ、リリムの婿に相応しいのは、最低でも英雄位だとか言ってたのに、こんな冴えない、体力も、魔力も無い男とか、俺は……俺は納得出来ないよ!」
黒い髪に、茶色い瞳の青年が激昂し俺を殴り、今はリリムに愚痴って涙ぐんでいる。
こんな状況にしたのは、まさしくばあさん何だが、きっとこの状況も分かってるハズだろうに、こちらに関心を示しもしない。
まぁ、俺達の夕食の準備で忙しいんだろうが、それにしても、だ。
「そっかぁ、クロはリリムの事大好きなんだもんね、ごめんね何も話して無くて」
「そうだよ、リリムちゃん、酷いよう」
クロがリリムの手を握り、何やら上目使いで必死に訴えかけている様子がやたら滑稽に見えて、こんな状況なのに、つい笑ってしまった。
「貴様! な、な、な、何が可笑しい!?」
迂闊だった。申し訳ないという気持ちはあるが、その様子を見て、さらに笑いが込み上げてくる。
当然、堪えきれる分けもない。
「はーっはっはっは、あははははは、あはは、あはは……」
暫くの間俺の笑い声が、山中に響く。
クロは剣を握りしめ、今にも俺に斬りかかってくるんじゃねーだろうなという、鬼の形相で俺を睨んでいる。
そのクロを、リリムが抑えてる。
「あぁ、すまん、すまん、悪かった、別にリリムをお前から奪う気はねーから心配すんな!」
「奪うとか、べ、べ、別にリリムは俺のモノじゃねーしな!」
「そうだよ、リリムはもうジン君のモノなの、婚約の儀も済ませたんだから!」
……
「っ!? 何ぃぃぃぃいぃいいいぃいいいぃいいい!!」
クロの声が山中に響き、虫の声をかき消す。
「貴様! やはりここで殺す!」
「って、痛って!!」
突然にクロの背後に現れたばあさんが、木で出来たシャモジのようなモノで、死ぬんじゃねーかと思う程に、クロの後頭部を思いっきり殴った。
当然と言えば、当然だが、クロの後頭部から血液が流れ、顔を伝い地面に落ちる。
「お前たち! いい加減にするんじゃ、誰に夕飯の支度をやらせて遊んどるんじゃ! 薪を拾えと言ったじゃろ! 分かったら早くせい!」
「でも、ばあさん!」
「でもも、何も無いんじゃ、早くやれと言ったらやるんじゃ! そんなんだから、リリムをポッと出の男に奪われるんじゃ!」
クロはそれ以上には何も言い返せず、無言で黙々と薪を拾った。
その瞳には涙を浮かべ、俺を見る目が益々荒んで行くのが分かった。
道中でも何か有る度に俺に絡み、俺の邪魔をしてはリリムとばあさんに怒られ、何だか見ていて可愛そうだったが、俺も十分に被害を被っている分けで、とにかく早くこの旅が終わって欲しかった。
しかし、歩けど歩けど山を越える事は出来ず、チュートリアルの事を思い出していた。




