25、疑心暗鬼の鬼になりて
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「これから行うのは、拷問であって尋問じゃない、話す気になったら話してくれ」
「それで、この拷問をやめる気にはならないかも知れないがな」
そう言って、テレジアの城の地下で微笑むのは、聖女連合のリーダー“マリアンヌ・テレジア”だ。
城の地下牢に捕らわれたアリィはその日の内に姿を消した。
その方が都合が良かったからだ。
チイユが“妖精樹”のイベント報酬、“開花の実”を渡してアリィを密かに逃がしたという事だった。
“開花の実”の効能は、石化を解くというモノだった。
万が一俺が石化された時の為にチイユが手に入れてくれていたらしいが、大量に手に入ったからアリィに渡したらしい。
俺は、チイユがそこまで考えて汗水流していたときに、俺は……俺はアリィと……いや、考えるのは止めとこう。
アリィは、幻想の森で石化された仲間達を次々に解放して、城の敷地に立てられていた人々を解放したという事だった。
一度は俺達を裏切り、絶望の淵に立っていたアリィをこんなにあっさりチイユは救ったのだ。
アリィは、既に俺の事なんかどうでも良いようで、チイユにベッタリ付きっきりだった。
噂では、毎晩チイユと風呂に入り、チイユの身体を流しているらしいが、聞かなかった事にして、考えるのも控えてる。
そりゃ、多少は、考えてしまう。そりゃ、仕方ない事だ。
だって、俺も風呂であんな事をされてしまっては……
そんな事を考えていたら、ローヤの悲鳴が俺の耳に入ってきて、カビ臭い現実へと引き戻された。
「冗談でしょ、こんな、酷すぎるよ、ねぇジンさん、こんな事やめさせて、痛ぁぁぁあぁぁああああああい!!」
言葉に表すのも耐えがたい責め苦がローヤを襲う。
聖女連合。響きは良いが、その実は、回復を用いて永遠悶絶を繰り返す拷問を行う、テレジアの領地を支える諜報機関だそうだ。
痛め付けて、死にかけた者を回復させて、ひたすらに寝る間も与えられず聖女連合が満足するまで拷問は続くという事だった。
既にローヤは知っている事を全て吐いたんだろう。
その証が冒頭のマリアンヌの台詞だ。
これは、既に尋問を終えたあとの拷問であるという事だ。
なぜ俺がこの場に居るのか。
それは、チイユがローヤの様子を見てきて欲しいと言ったからだ。
その真意は……多分俺だったら無意味な拷問を止めさせると思ったからだろうか。
いや、少し違うか……マリアンヌの尋問は終わったかも知れないが、俺にはまだ聞きたい事が山ほどある。
「なぁ、マリアンヌ、俺が尋問、じゃなかったな、拷問を止めろって言ったら止めてくれるか?」
「当然です、ジン様はこの世界に3人しか居ない勇者の一人ですもの、なんだって、今すぐ服を脱げと言われれば、いえ、それ以上の事だってなんでもしますわ」
そう言いながら既に、ピンヒールの靴を脱ぎ捨てている。
イヤイヤ、そんな事求めて無いし、そんな事があれば、災厄が俺の身に降りかかる。
俺はそっとマリアンヌを避けて、ローヤに訪ねた。
「なぁ、ローヤ、どうしてあんな事やったんだ?」
「だぁ~か~ら~、ゲームを楽しむためって言ったじゃないか」
「かぁ~痛いぃぃぃいい!」
俺に嘗めた口を聞いたのが気に食わなかったのか、マリアンヌが間髪いれず見るのも辛い拷問を行う。
そしてすぐに、回復スキルでローヤの傷を癒す。
その方法は、シズネと同じ、口づけだった。
ローヤの眼が蕩けている。
今だったら間違いなく何でも正直に話すだろう。
「それで、本当の目的はなんだ?」
「君たちと一緒だよ、僕も元の世界に帰る方法が知りたかったんだ、それには、あそこで使ったモノとは比べ物にならない金貨がいるんだよ、分かるでしょ、手っ取り早かったんだぁああぁああぁあぁっぁぁぁ!」
「ジンさん、いえ、ジン様ぁぁ、お願いだからぁぁ、この拷問をぉぉ止めさせてぇぇぇ、だから痛いってぇぇぇえええぇええ!」
絶えずマリアンヌが高揚した表情で拷問を続けている。
しかし、拷問の後の癒しは正直少し羨ましい。
「当然、ジン様だったら少しの疲れでもこのスキルで癒しますわ」
俺の胸にゆっくりと手を添えようとするが、その手にはローヤの血がベットリと付いていて、それを察して寂しそうにローヤに八つ当たりとも取れる拷問を繰り返す。
その間も泣き叫び、俺に助けを乞う。
「もぅ、その位で良いよ、回復させたら、また牢に繋いでいてくれ」
「ダメっす、ジンさんローヤはそんなタマじゃないっす」
チイユが急ぎ階段を降りてくる。
降りてくるなり、マリアンヌを威嚇している。
「ローヤ、オイラ調べたっす、仲間がいたっすね?」
「何を言ってるんだい、そんなの居ないよ、全部一人でぇえええぇ痛えぇええ!」
その後どれだけ拷問を繰り返しても、仲間の存在を認めなかった。
ローヤの謀略のせいで、多くのテレジアの民が犠牲となった。
数日の内に仲間の、共犯と言うよりは、主犯の正体を吐かなければ死刑となる事を俺はローヤに告げて、拷問の行く末を見守った。
が、結局死刑当日になってもローヤは主犯の名前を明かさなかった。
「なぁ、ローヤ、主犯が居るんだろ、教えてくれよ」
「だから、ジンさん、そんなの、居ないって、言ってるでしょ」
「嘘だね」
「嘘じゃないよ、居たら直ぐに言うよ……」
「フン、俺の知ってるローヤは居なくても適当に、話作ってでも言うよ」
「……」
「チイユに関係してるのか?」
「どうしてそう思うんだい?」
「イヤ、チイユだって俺の為だったらローヤ、お前と同じように何でもやるだろうなと思ってさ」
「チイユの事も俺の事も知った風な口を聞くのはやめてくれよ」
「そうだな…… 話す気にはならないか?」
「ならないね」
それが死刑前日にローヤと交わした最後の言葉だった。
死刑執行当日。
それは酷い雨の日だった。
ローヤの顔からは、拷問にさらされ続けた結果、生気が完全に消えていた。
死刑の内容は至ってシンプルだった。
テレジアの市街地の広場で、大衆の前で、ギロチンによる斬首刑というものだ。
しかし、実際に死刑の執行が行われる事は無かった。
死刑執行の正にその時、突然に黒い4つの影が上空から雨に紛れて落ちてきた。
その衝撃で完全にテレジアの市街地は崩壊した。
“サイクロプス”
“テーバイ”
“ゴーゴン”
“ベヒモス”
世界に散らばった12の眷属の内、4体が突然にテレジアの、この狭い街に現れれば当然の結果だった。
こんな事が出来るのは、神の翼を持つチイユだけ……?
ローヤがどんな拷問を行っても吐かなかった主犯って、もしかして!?
いいや、違うな、チイユ・タスクロードという少女は俺に嫌われる事を何より嫌う。俺の為と良いながらも、常に俺からの見返りを求めている。
良くも、悪くも、俺はそんなチイユを信じている。
だったら、誰がこんな酷い事を……
テレジアの市街地は、ローヤの死刑執行を拝もうと沢山の人々が集まっていたが、今は眷属に死刑を執行される側に回っている。
俺も冷静には考えている場合じゃねぇな。
チイユがスキルを発動して、一人でも多くの人を守ろうとしているが、数が多すぎる。
眷属と共に、魔獣や幻獣、巨獣が次々に現れてくる。
街のあちこちで、炎が上がり、泣き叫ぶ悲鳴が反響して、テレジアの街は阿鼻叫喚の地獄絵図と化した。




