22、魔王の目覚めと災厄の訪れ
地面に落ちた金塊は二つに分離して、一つが“悪魔の箱”に入って行った。
残った金塊は蠢き、形を成して行く。
「はは、はははは、成功だよ」
表情の固まっていたローヤが歓喜に満ち、身体を震わせ笑い出す。
俺は静かに、目の前の金塊の成形を見守り、悪魔の箱に入った金塊の行方を案ずる。
目の前に、外枠が白く輝く、赤い文字が刻まれて行く。
“魔王の目覚め”
「残念だったね、ホントに残念だ、イベントはこれで発生してしまったよ、もぅ止められないね、いやぁ~残念だったねぇぇぇぇ」
「ははは、あははははははは、あは、あははは」
俺はローヤを殴り殺したい衝動を抑える、奇跡を待つ。
「……妾を呼ぶのは誰じゃ?」
悪魔の箱から、声が聞こえる。しかし、その声に集中する事が出来ない。
目の前に、形成された金塊は、熱を帯びて赤く輝くと、次第に黒く落ち着き、黒く焼けただれた表皮が剥がれるように落ちていく。
そこに現れたのは、全身真っ黒な鋼のような皮膚に覆われ、間接、胸の中央に幾つかある切れ目、瞳があるであろう場所、頭に生える4本の角からは、内包する灼熱の炎が溢れださんとする高温の光が、眩く光り漏れている。
手足は長く、指先はどこからどこが爪なのか分からない程に鋭利な鋼で纏っているようだ。
背中には、コウモリの様な大きな2枚の羽がその存在感を放ち、その下、臀部からは、禍々しい程のオーラを纏った竜の首の様な蛇がゆっくりと動きこちらを伺っている。
「……おい、妾を無視するのか?」
目の前に、魔王が光る瞳でこちらを見据えている。
“魔王の目覚め”の文字の崩壊がゆっくりと始まっている。
飛竜の時と同じであれば、このあと目の前の、この重圧が動き出す。
分かっている。備えなければならない、警戒しなければならない、動かなければならない。
……しかし、動けない。
なぜなら、俺はそれ以上の重圧と、殺意に後ろから抱き締められているからだ。
「お前だろ? 妾を召喚したのは? なぜ無視をするのじゃ?」
「目の前に何か気になるものでもあるのか? 妾よりも? か?」
恐怖で後ろを振り返る事が出来ない。目の前の“魔王の目覚め”など、そんなものどうでも良くなってしまう。
俺を後ろから抱き締める殺意は、音も無く、俺の横を通りすぎて行く。
恐怖でその容姿を直視する事が出来ない。
そう言えば、さっきから俺は呼吸を殆どしていない。
俺は、何を召喚したんだ?
恐怖の対象である存在は、そっと“魔王の目覚め”という文字に触れると、爪を立て、ゆっくりと握り潰しだした。
崩壊の始まった文字は、歪みを帯びて崩壊が止まる。
……何をしているんだ?
理解が追い付かない、チイユも、さっきまで笑っていたローヤでさえも氷ついた様に、時が停止したように完全に止まっている。
誰一人声を発する事が無い。
「なんじゃ、なんじゃ、懐かしの世界に召喚されたと思えば、どいつもこいつも妾を無視して、何がしたいんじゃ?」
恐怖の存在は、そう言うと同時に、次の瞬間には俺の顔の前に来ていた。
恐怖の存在が吐く息が冷たく俺を撫でる。
その息が俺の気道へと入って来ると、まるで心臓を握られたような苦しみが襲う。
「もう一度聞くぞ、良いか? 妾を召喚したのは、お前か?」
「……ぁぁ、俺だ」
剣が喉の奥から飛び出て来ると錯覚する程の痛みと引き換えに、やっとの思いで一言を発した。
「やっと喋ってくれたのぉ~」
「願いはなんなのじゃ? 妾と契約を結びたいのか?」
契約を結びたいか? こいつが何者で、何の代償を払えば俺はこの得体の知れない恐怖の存在と契約を結べるのか?
いや、考えるよりも、声を発し続けなければ、喋ることを止めれば殺される。違うな、きっとこの世界が滅んでしまう。
「お前の言う…… 事だったら、ら、何でも、聞く……」
「……だか、ら、だからこの世界に手を出すな!」
俺は何を言っている? この世界に手を出すな、俺はこの恐怖の存在を敵に回すつもりなのか?
そう言えば、いつも真っ先に俺を助けようと動くハズのチイユが全く動き出さない。
その状況、この恐怖を乗り越える事が出来るのであれば世界なんてどうでも良いんだが、俺は何を言ってしまった?
「なんと、見事な阿呆よのう、これは面白い、愉快じゃ、妾は愉快じゃ」
「お前は、自分の、自分達の命など、どうでも良いから世界に手を出すなと、しかも突然に妾に命令するとは、こんなに笑ったのは何万年ぶりじゃ?」
「良かろう、気に入ったぞ、お前と契約を結んでやろう」
恐怖の存在は、今尚その存在感を放ち、チイユも、ローヤも呼吸を忘れ、瞬きさえも忘れてしまい、視線を動かす事さえも出来ないんだが、俺の中からはスゥーっと恐怖の感情が消えて行った。
「妾は、災厄と希望の神」
「喜ぶが良いぞ、お前は神と契約したのじゃからな!」
「さぁ、可愛い可愛いお前様よ、そなたの名前と願いを言うてみるが良いぞ」
恐怖の対象であったその存在を、俺は、俺達は見る事が出来なかった。
そこに確かに居るんだが、その存在を認識する事を本能が拒んでいた。
それが、契約を結ぶと言われてからは、その存在を徐々にではあるが、俺の本能が認識を始めた。
今までどうして気付かなかったという程の、眩く光る金色の髪は、突然に空中に現れる文字のように、縁を黒く彩り発色している。
背丈は150cmに満たない程で、俺を見つめる瞳は角度によって常に色を変える、まるで宇宙を閉じ込めたような輝きを放ち、幾つもの線が折り重なって丸みを帯びて見える。
髪と同じように存在感を放つ睫毛に覆われていて、正直そこから先の印象を俺は上手く言い表せない……
「どうしたんじゃ? また、黙りか?」
「俺は、イベント“魔王の目覚め”を止める為にお前を召喚したんだ、叶えてくれるのか?」
突然、新鮮な風が俺の身体を駆け抜ける様に息が楽になり、すんなりと言葉が出てきた。
「なんじゃ、そんな事か、だったら既に止めておる」
俺は、再び“魔王の目覚め”の文字に視線を送る。
確かに…… 文字の崩壊は止まっている。
「鬱陶しかったからのう」
ニコリと微笑んで…… いるのか?
「そうだ、俺の名はジンだ!」
俺は、突然に起きる次から次の出来事に気を取られ、災厄と希望の神から訪ねられた質問に答える事を忘れていた。
あの、微笑みが強制的に思い出せてくれた。
「ジン、ジンかぁ~、良い名じゃのう」
俺の身体を舐め回す様に触れてくる。
「他には無いか? 無ければ、残念じゃが、妾は行くぞ?」
「あぁ、魔王を止めてくれてありがとう! 助かった!」
「ウフフフ、ジン様よ、ジン様はもっと強欲になるべきじゃ、世界を手にしたければのう、でも、まぁ良い、そんなお前を妾は気に入ったのじゃ」
気持ちの良い感覚が……
今までに味わった事も無い程の快楽が俺の中を通りすぎて行く。
立って居るのも辛い程に、体から力が抜けて行く。
「ジン様よ、また妾に会いたくなったらいつ呼んでくれても良いんじゃぞ」
「ただし、報酬に大金貨444万枚頂くがのう」
「これが、契約の証じゃ」
災厄と希望の神は、五本の指の先を俺の腹に突き刺すと、俺の身体に魔方陣を刻み、それを見守ると災厄と希望の神は、俺の身体の中に、正確には俺の身体に刻まれた魔方陣の中に消えて行った。
消えた後には、契約の内容が空中に刻まれた。
【災厄と希望の神】
――召喚契約内容――
召喚時には大金貨444万枚用いる
契約を結んでいる間、契約者は他の女と子作りを行う事が出来ない
他のモノと契約を結ぶ事が出来ない
……こんな、無茶苦茶な契約ありか!?




