2、“WORLDEND”現実に影響を及ぼすスマホゲーム~
「まさかね、そうやって俺を脅かしたってなんにも出ねーよ」
「悪かったす、ちょっとだけ脅かしたっす、実際には死なないっす」
「だろーよ、そんなんあるわけねーよな」
「でも、このゲームが現実世界に影響を及ぼすのは本当っす」
「このゲームで実際に手に入れたアイテムは現実の世界で換金できるんす、そして手に入れるアイテムによっては換金する必要も無く勝手に口座に現金が振り込まれてくるっす」
「はぁ?そんな分けねーだろ?」
「そんな分けはあるっす、というか、このゲーム今時知らないのはジンさん位のもんすよ、皆やってるっす」
「まじか?」
俺はそっとチュウタのスマホを覗き込む。
そこには、俺が見た事がある絵が、風景が描かれていた。
「こ、これ、パチスロのワドエンじゃねーか」
「だから、知らないのはジンさん位って言ったじゃ無いっすか」
「パチスロにもなる位、超話題のゲームっすよ」
「だって、チュウタ、お前“WORLDEND”って、格好よく言って……ワールドエンド、だから“ワドエン”……か……」
チュウタの口角が少し上がる。
「これ、え?まじでか?まじで、カネが振り込まれるゲームなんてあるのか?」
「そうなんすよねぇ、おいらも半信半疑でやって、というか、皆最初は半信半疑でやってたんすけど、振り込まれる事案が次々にSNSでアップされるようになると、皆やり始めたんす」
「おま、チュウタ、何で俺にそれを早く俺に教えてくれなかったんだよ」
俺は思わず立ち上がり、店の中に声が響く。
「お客さん、店内での騒ぎは困ります」
可愛らしい店員が困った顔で俺に注意する。
まぁ、当然だ、これだけ大声をあげれば当然注意される、仕方ない。
しかし、俺にはそれどころでは無い。
こんな、そんな、美味しい情報があるのに、何でチュウタは俺に教えてくれなかったのか、急いで会計を済ませて外に出る。
コンビニでコーヒーを買って、近くの公園のベンチに座って改めてその話を聞く。
チュウタの話によると、当然知っているだろう、知っていて当然だろうと思っていて、敢えて教えるまでも無い事と認識していたらしい。
しかも、チュウタは“ワドエン”の有力なアイテム情報やモンスターの情報を誰よりも俺に最優先で送っていて、俺がそれをパチスロの情報と勘違いするか、もしくは関係の無い情報と認識して既読スルーをしていたと言われ、スマホを読み返すと、確かにその通りだった。
「チュウタ、すまん、悪かった」
「良いっすよ、オイラも、もっと気にしとくべきだったっす」
「それで、おまえ、これでどれだけ儲けてるんだ?」
冬も近づき、枯れ葉がざわつく公園でちゅうたが遠くを歩く猫に視線を送る。
さっきまで居た居酒屋の方角から沢山の人の笑い声が聞こえる。
団体が帰って行ってるんだろう。
「1億っす」
「はぁ~ん、1億……1億⁉それって、おまえ、めちゃくちゃスゲーじゃねーか、何でその事、おま、今まで黙ってたんだよ、俺がどれだけ、どんな思いで5000を受け取っていたと思ってんだよ」
「悪かったっす、全部話すから許して欲しいっす」
「ちゅうたさ~ん、何が1億何すか?」
さっきまで、遠くで騒いでいた男女の集団が俺達を囲っていた。
その内の一人が、ベンチの後ろからチュウタに手を回す。
「そんなにカネ持ってるなら、俺達の給料上げて下さいよ~しゃちょ~う」
「おい、お前らその辺でやめとけよ、悪酔いしすぎだ!」
「うるせーよ、ジンさんよ、俺は前からお前が気にくわなかったんだよ」
顔に鈍痛が響く。景色が吹っ飛び、公園の砂が身体中にまとわり付く。
横から突然に、チュウタに手を回す男とは別の男に殴られたのだと、その数秒後に気付く。
次の瞬間、チュウタに手を回す男が俺の頭上を飛んで行き、俺を殴ったであろう男が俺の横に転がる。
男の顔は、鼻が折れ、口からは血の泡が吹き出し、一目で重症だと判断出来る程だった。
「おい、おまえら、オイラの事はどれだけ好きにしても良いっす、どれだけ殴ろうと、それがストレスの捌け口になるなら、それもアリっす」
「けどな、けど、ジンさんに手出しするなら、俺が絶対に許さないから覚えとけ!」
そう言いながら拳を握りしめるチュウタの身体から湯気が立ち上がっていた。
「いや、チュウタさん、俺達はそんな別にこんなつもりじゃ無かったんだ」
「悪かったよ、こいつ連れて変えるから、許して下さい」
「キャー、チュウタさん、やっぱり格好良い、大好き」
「ジンさん、カッコ悪っ」
「良いなぁ~チュウタさんに守られて、まぁダサいけど……」
どいつもこいつも、思い思いに好きな事言ってくれやがる。
俺だって不意打ちじゃなければ、こんな事にはと思いながらも、半生を振り返ってみる。
思えば、いつもこんな感じだったな。
受験の時は、散々勉強して合格間違い無いと言われ、急病で入院して受験を受ける事が出来ずに浪人して、挙げ句父親がリストラに合い受験所では無くなった。
就職して、上司に散々パワハラを受けて、それでも努力を重ねて仕事を覚えて成功を重ねてやっとの思いで昇格すると会社は倒産。
他にも色々と、まぁ、つまり、運が無かった。
イヤ、そう言って現実から目を背けていたのか、今の一撃だって冷静に周りに気を配っていれば避ける事は出来たかも知れない。
情けない、酷く情けない話だ。
「ジンさん、大丈夫っすか?怪我は?立ち上がれるっすか?」
「あぁ、大丈夫だ」
強いて言うなら、チュウタ、こいつに出会えた事は俺に取っての最大の財産と言えるだろうが、だからこそ守られている事が、色んな事を助けて貰いっぱなしである事が情けなかった。
俺は、身体についた砂埃を払って、立ち上がろうとした。
そこには、チュウタの大きくて不格好な手が差し出されていた。
一瞬戸惑ったけど、その手を素直に掴んで立ち上がるとすれ違い様にチュウタの背中を思いっきり叩いた。
「痛いっす、何するんすか⁉」
「助けて貰ったお礼だよ」
「そうっすか?これが?でもジンさんが元気そうで良かったっす」
素直になれない俺に、素直な反応のチュウタに胸の奥にモヤモヤしたモノを抱えてその日はチュウタの家に無理矢理上がり込んで眠る事にした。
「何なんすか、こんな汚い部屋に上がり込んで、ジンさんじゃなければ激怒っすよ、ホントにありえないっす」
「まぁ、そう言うなよ、それよりさっき話してた“ワドエン”俺にも教えてくれよ」
「あぁ~そういう魂胆っすね」
「なんだ、悪いのかよ」
本気で嫌がるチュウタを見て、挙げ句疑心暗鬼な表情を目の当たりにして、流石の俺も悪い事をしたかと罪悪感が浮かんで来た。
「違うんす、“ワドエン”は大丈夫なんすけど、その前にその汚い身体を洗って、その血が滲む頬っぺたに絆創膏を貼るっす」
「あ、そっか、悪かった、風呂借りるぞ」
上がり込むのは初めてじゃない、実は結構な頻度で上がり込んでる。
ネカフェ暮らしの俺には、ここは良い仮宿なんだ。
俺は勝手知った様子でタオルを準備して、着替えを出して風呂に入る。
おっさんの家の風呂なんて綺麗なもんじゃ無いけど、俺にとっては快適以外の何モノでも無い。
風呂から上がって、冷蔵庫から勝手にビールを出して飲んでると、チュウタが俺のスマホを触ってた。
その画面には、“WORLDEND”の文字が出ていた。
「あ、お帰りっす、チュートリアルまでやっておこうと思ったけど調度良かったっす、オイラも風呂って来るから、折角だからチュートリアルはジンさん、自分でやってくれっす」
「お、おぅ、ありがとな」
正直一瞬、人のスマホを勝手に触るなと思ったが、チュウタの面倒見の良さに頭が上がらない。
しかも、手に持ってるビールを咎めない所も、流石に器のデカさを感じる。
“ようこそ、WORLDENDの世界へ”
“あなたの代りにこの世界を駆け抜けるアバターを作成します”
“MAN” or “WOMAN”
「あ、アバターの作成は完全自動作成で、一度限りで、やり直しが出来ないからしっかり考えるんすよ!」
パンツ一枚のおっさんが風呂場からこっちを覗き、有り難いアドバイスをくれるが、結局やり直しが出来ないなら、迷う必要は無い。
俺は迷わず“MAN”を選んだ。
“ただいま、アバターの作成を行っております”
“以下の質問に回答願います”
俺は、住所や本名の入力、体型や髪型、細かい所を入力して行った。
住所不定の俺は、チュウタの住所を借りた。
そして最後に、口座番号の入力を行った。
これが、現実世界に恩恵をもたらせる、その最初の一歩ってやつか。
俺は、nowloading…の文字を見ながら、痛みを感じた頬に適当に探した絆創膏を貼った。
チュウタもしっかり髪を乾かして風呂場から出てきたが、その間もずっとnowloading…の文字が消えなかった。
「おっかしいっすね、こんな時間かかる事は無かったんすけど、エロ動画の見すぎで変なウイルスでも入ってるんじゃないっすか?」
「それは、おまえだ」
良い感じに酔いが回って眠たくなって来た。
この時、俺達は完全に気が抜けていた。この場合は、間抜けと言うに相応しく、間が抜けていた。
突然に無数の人の足音が、安アパートの階段を踏み鳴らす。
「おい、ここだ!」
一人の男の声が聞こえたと思ったら、玄関の扉がスッと開き6~7人位の奴等が土足で部屋一杯に押し入って来た。