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コハルとの出逢い

2019/01/11 加筆修正、バランス調整に伴い、サブタイトル変更しました。


「ちょっとだけ待っててくれよ、すぐ戻るから」


 十八歳程にまで成長した女性はこくんとうなずき、羽織ったヒロキのシャツにはにかむ様な笑顔を埋める。

 部屋へと戻ったヒロキに、ドクターウーマは疲れた様な声で話しかける。


「平安時代の平均的な寿命は三十歳ほど……栄養の無い食事によって、免疫力が落ちていた事が原因とも言われているが……そのまま放っていたら、長くても二十分程で確実に老衰して死んでしまう所だったよ」


「参ったな……出発早々得体の知れない化け物に、成長した迷子か……俺の旅は、一体どうなっちまうんだ? 」


 ドクターウーマは「フム……」と唸り、しばしの沈黙の後ある提案をする。


「ヒロキ、その子を協力者にしてみるのはどうだろう」


 ヒロキは驚いた様子で天井に向かって声をかける。


「何言ってるんだよ……あまり喋れないみたいだし、親元に帰さないと可哀想だろ。

 それに、妙な化け物にも襲われたし……女の子を危険な事に巻き込みたくはない」


「この頃の識字率しきじりつは低いと言われているからね……まぁ、今後の事を決める為にも、その子と相談しないといけないから、とりあえず『登録』しておくと良い」


 ドクターウーマの言葉の意味がわからないのか、首をひねるヒロキ。


「……『登録』? なんの話だ? 」


「簡潔に説明すると、今の君の様に時間の影響を受けない状態に変えることだよ」


「そんなことしたら、ガッツリ巻き込む事になるじゃないか……あの子の親御さんに申し訳ない」


「……その子を不用意にこの部屋に連れ込んだ時点で、諦めなければいけない事だとは思うがね。

 君に渡したガラケーで写真を撮れば、『登録』は完了する。それが終われば、すぐに部屋に連れて来ても構わないよ」


「……わかったよ……」


 ヒロキは痛い所をつかれたかの様に渋々うなずくと、外に出て呆気にとられた表情をした女性の写真を撮る。

 その後、恐る恐る成長が止まったことを確認した二人は、再び部屋へと舞い戻ると中央に座り込む。


「ヒロキの撮った写真は、こちらにも今届いたよ。

 ほぅほぅ……ヒロキ好みのナイスバディな女性じゃないか……良かったな」


「……親父は、俺の何を知ってるんだ? 何も良かないよ……そういや、名前はなんて言うんだろ。名前、言える? 」


 ヒロキは女性に向き直り、口元を強調して見せる様に話しかける。女性はぼうっとヒロキの顔を見た後、たどたどしく言葉を発する。


「……コハル」


「コハルか……いい名前だな」


 ヒロキはそう言うと、コハルの頭を優しく撫でる。コハルはくすぐったそうにしながらも、素直に喜びの表情を見せる。


「どちらにせよ、その子は親元へは帰せないだろう……協力者としてヒロキの側に置いておく方が、お互いに都合が良いと思うがね」


「……なんで、そう言い切れるんだよ」


 ヒロキは不機嫌そうな表情で天井を見上げ、ドクターウーマに問いかける。


「おそらくコハルは、人身御供ひとみごくうとして神に捧げられたんだろう。いわゆる、イケニエだよ」


 ヒロキはその言葉に息を飲む。そしてヒロキの真似をする様に、ぼぅっと天井を見上げ続けるコハルに目を移す。

 ドクターウーマは話を続ける。


「先程、君が言っていた化け物の事だがね……恐らく、魑魅魍魎ちみもうりょうの類いだろう。コハルは住んでいた村を守る為に、供物くもつとされたと推測される」


「供物……って、あんな奴らに食べさせるっていうのか? 」


「魑魅魍魎とは、いわゆる山や川などの自然の中で溜まった邪気が具現化したものと言われている。それらによる被害は、一部の地域では自然の神の怒りと考えられていた」


 ドクターウーマは、淡々と語り続ける。


「抗うすべを持たぬ人々は被害を最小限に抑える為……言わば、神の怒りを鎮めて自分達や家族の身を守る為に、供物くもつを捧げ祈る様になったとも言われている」


「……そんな事って……ありかよ」


 ヒロキは信じられないという様な表情でコハルを眺めている。

 コハルはキョロキョロと部屋の中を眺めていたが、ヒロキと目が合うと彼女は嬉しそうに笑顔を見せる。


「この子はさっきまで五歳位だったんだぞ。泣いたり笑ったり、色んな事をこれから経験していくっていう時に、化け物に喰われるのが運命だとでも言うのかよ」


 ヒロキは怒りの表情で拳を震わせていたが、コハルの笑顔を見た途端、目に涙を浮かべて彼女を抱き寄せる。コハルは驚いた表情でヒロキの抱擁を受けている。


「ヒロキ……酷な様だが、現代の常識や感情をコハルに押し付けるのは……間違っていると思う。

 彼女達はそれなりに、その時代を全力で生きている事に変わりないのだから……」


 しばらくの間、肩を震わせながらコハルを抱きしめていたヒロキは、涙を拭きながら身体を離す。


「……わかったよ、親父。そういう事なら、俺はコハルを協力者として旅に出る」


 ヒロキはそう言いながら立ち上がると、コハルに手を差し伸べる。


「今出来る、精一杯をやって行こう。そして、クソッタレな運命なんかぶち壊してやろうぜ、コハル」


 コハルは目の前に差し出された手をしばらく眺めてから、にこやかな笑顔をヒロキに向ける。


「ワタシ……ヒロキサマに、キョウリョク……する」


 突然コハルが言葉を発した事に驚いた様に、ヒロキは戸惑いの表情で彼女に尋ねる。


「コハル……お前、喋れたの……? 」


「……おぼえた」


「……これは、驚いたね……」


 それまで黙って事の成り行きを見守っていたドクターウーマが、驚きの声を上げる。


「今までのヒロキとの会話を聞いただけで、言葉を覚えてしまったのか……おそらく、急激な脳の発達によるものだと推測されるが、それにしても賢い子だね」


「……そんなのありかよ……まぁ、助かったけどな……」


 その後、コハルに言葉を教え始めたドクターウーマとヒロキだったが、彼女はあらゆる情報をスポンジが水を吸収する様に覚え、普通に会話する事が出来るようになる。


「ヒロキ、偶然とは言え協力者を探す手間が省けて良かったねぇ」


 からかう様なドクターウーマの声に便乗する様に、ヒロキのシャツに袖を通しただけの姿のコハルが、ヒロキを上目遣いで見上げる様に話しかける。


「しかも……猪突猛進なヒロキ様を抑える様に、沈着冷静で優秀な人材ですからね」


「……うるせぇ。

 なあ、親父……コハルの育て方、どこか間違ってないか? 」


 ヒロキはげんなりした様子で、コハルを眺める。ドクターウーマの愉しげな笑い声が部屋全体を包み込む。


「いやいや……ユーモアのある、可愛らしい娘じゃないか」


「……絶対、親父の影響が強過ぎるだろ……これ……」


 愉しげに含み笑いをしていたドクターウーマだったが、急に真面目な声で話しだす。


「さて……協力者も見つかった事だし、本格的にミキさんが消える事になった原因を探すとしようか、ヒロキ。

 ひとまず、平安時代での生活に慣れながら、情報を集めてみると良い」


「……情報ったって……ある程度方向性がないと、見当もつかないだろ」


 腕組みしながら天井を見上げるヒロキに、ドクターウーマは感心した様な言葉をかける。


「……少しは、頭を使える様になったかい? ヒロキ」


「馬鹿にするなって……そりゃあ、さっきは何も考えずに出発したけどさ……」


 口を尖らせながら話すヒロキに、ドクターウーマは声色を変えた言葉をかける。


「……自らの欠点を素直に認める事から、成長は始まるものだよ。忘れない様にね……」


「……親父? 」


 微妙に声色の違うドクターウーマの言葉に気付いたのか、ヒロキは首を傾げながら天井を見上げる。

 そんなヒロキに考える間を与えぬ様に、ドクターウーマは話題を変える。


「……さて、原因の見当だが……実は、あらかたついている」


「……はあ? 」


 ヒロキは驚いた様子で聞き返す。


「見当がついてるって……何で教えてくれないんだよっ」


「……意気揚々とこの部屋を出て行った君の、出鼻をくじく様な事をしたくなかったんだよ」

 

 その言葉に、ヒロキはガシガシと頭をかく。


「それにこれから先の長い旅で、疑問を持つ事の大切さを知って欲しかったという気持ちもあった」


「わかった、わかった……んで? どう見当がついてるんだ? 」


 ヒロキは煩わしそうな表情をしながらも、ドクターウーマに話を促す。


「この『時空病』というものはね、対象とする人物がひどく限定的なのだよ。もはや、呪いと言い換えても良い」


「んじゃ、なにか? ミキは、誰かの怨みを買って病気にさせられたって言うのか? そんな事あるわけ……」


 そこまで言ってからヒロキは、はたと動きを止めて考え込む。


「……あの娘が……? まさか……」


「……何か、思い当たる節がある様だね。私もさっきから悪い予感が拭えそうにないよ」


 ドクターウーマは深いため息をつく。


「この病気をかけるには、対象となる人物の先祖までさかのぼる必要がある。どの様な方法で病気にするかは分からないがね」


「……と言うことは、ミキの先祖にあたる人を見つけ出す必要がある訳か……そんなの、わかるのか? 」


「……まぁ多くの場合、特徴がよく似ている事がある。例えば、ソックリな顔立ちをしているとかね。それに、病気をかけた張本人が側にいるかもしれない……」


「……行って見なけりゃ、分からないって訳か……まぁ、これだけ聴ければ何とかなるだろ」


 明るい声で話すヒロキに向かって、ドクターウーマは楽しそうな含み笑いをする。


「ヒロキのそういう前向きな姿勢は、嫌いではないよ……何事もなく解決するといいね」


「よしっ……出発だ。いい加減コハルにちゃんとした服を着させてやらないとな」


 そう言うと、ヒロキはコハルの頭をぽんぽんと優しく撫でる。


「頼りにしてるぜ、コハル。宜しくな」


「任せてくださいっ、ヒロキ様」


 コハルは、はにかむような笑顔でヒロキを見上げ、勢いよくその胸に飛び込む。



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