凶行の行く末
ヒロキと宗近が守り刀を打ち始めて丸二日が経つ。
陽が高く昇る頃。工房の外に響き渡っていた、始めはリズムの悪かった槌打つ音も徐々に変化していた。
「……ウラァァッ」
ーーカァンッーーカァンッーーカァンッ
ヒロキは上半身裸になり、ほとばしる汗も構わず大槌で打ち込み続けている。
「良いぞ、その調子だ……」
宗近も大汗をかき、疲労の色が濃く現れている。しかし、その目にはまだ力がある様に見える。再びかまどの中に戻す前に、刀身を眺めながらうなずく宗近。
「ヒロキ、大槌はもういいだろう。これから火造りに入る。少し休んでもいいぞ」
「……そっすか……お言葉に甘えて……」
ヒロキは肩で息をしながら、ふらつく足取りで工房の外へと出る。井戸へと向かう途中、その側に人影を見て立ち止まる。
「ムネノリさん……」
「おう、ヒロキ。お疲れ。まあ、水飲め」
井戸の側にはヒロキの兄弟子の一人であるムネノリがいた。ヨシイエの実の弟ながら気性は穏やかで、歳の近いヒロキも度々世話になっている。
「すいません……ありがとうございます」
「いやぁ、一時はどうなるかと思ったけど……何とかやり切ったな、ヒロキ」
「……まだ、終わってないっすよ。火造り、焼き入れと残ってます」
「分かってるよ。俺は褒めてんだぜ」
ゴクゴクと美味そうに水を飲み干すヒロキに、ムネノリは嬉しそうに話しかける。
「ヨシイエ兄さんを筆頭に、ほとんどの弟子はお前が失敗すると踏んでたからな。見事、前評判を覆したってわけだ」
「まあ、そうですよね。自分でも、こんなに上手くいくとは思ってなかったですよ」
「すごいな……才能のある奴は……俺なんか腕力が無いから、未だに雑用ばかり押し付けられてよ」
愚痴り始めたムネノリに対して、ヒロキは苦笑いで返す。
「……ああ、悪い。休憩中に」
「……いえ」
丁度その時、遠くからヒロキを呼ぶ声が聞こえてくる。
「何処だ? ヒロキ……ああ、ここにいたか。師匠が呼んでるぞ」
「……わかりました、すぐ行きます」
慌てて工房へ向かうヒロキの背中に、ムネノリは声をかける。
「ヒロキ。今回の件で、お前を見直した奴は沢山いるからな。頑張れよ」
「……ありがとうございます」
笑顔になったヒロキは工房へと向かう。宗近は彼の表情を見てニヤリと笑う。
「……なんだ? 何か良いことでもあったのか? にやけおって……」
「えっ……にやけてますか? 」
「……まぁ良い。
火造りと焼き入れはワシが行う。後学のために良く見ておけ」
「はい、勉強させてもらいます」
そんなやりとりの中、ヒロキと宗近は鍛冶工程に集中し始める。
丁度その頃。
ヨシイエとその取り巻き二人は、焚き木と炭になる木材を取りに北の森へと来ていた。
「……クソっ……なんで俺がこんな事をしなければならぬ……」
ヨシイエは忌々しそうに顔を歪めながら、なぎ倒された樹木にナタの刃を撃ち込んでいる。
「ヒロキめ……あんな若造の雑用をやらされるとは……これ以上も無い屈辱……」
「……でも、実際のところアイツ(ヒロキ)凄いですよ。見る間に上手くなっていきましたから……」
取り巻きの一人がそう言い始めると、もう一人もそれに同調する様に口を開く。
「そうそう。あそこまでできる奴は、見たことないですよ。本格的に修行したら、どれだけ……」
「……ウルサイッ」
ヨシイエの叱責に、取り巻き二人は口をつぐむ。
「お前らは悔しくないのか? このままだと、俺たちの立場はまるで無くなってしまう……今までの修行に費やした時間が、無駄になってしまうんだぞっ」
憎らしげに吠えるヨシイエの姿に、取り巻き二人は顔を見合わせる。
「……それは、嫌ですけど……」
困り顔の取り巻き二人に一瞥をくれると、ヨシイエは鼻息荒く山奥へと足を向ける。
「ヨシイエさん、まだ奥へ行くんですか? 」
「そろそろ帰らないと、陽が暮れてしまいますよ」
「ウルサイ……あんな奴の言いなりになるほど、俺は落ちぶれておらぬ」
「……指示は、師匠が……」
「それに、ここはこの間牛の化け物が通った道じゃないんですか? 呪われてしまいますよ……」
取り巻きの一人が言った一言に、ヨシイエは振り返る。
「……なに? 」
「……そうだ……この先からヒロキが退治してくれた、あの馬鹿でかい牛の化け物がやって来たんだ」
「ヤバイですよ、またあんなのが出て来たらひとたまりもない……ヒロキは相槌打ってる最中ですし……帰りましょうヨシイエさん」
怯え始めた取り巻き二人を、ヨシイエは冷ややかに眺める。
「……また、ヒロキ……」
ヨシイエは、込み上げてくる感情を抑えきれなくなったようにわめき始める。
「……どいつもこいつも……ヒロキ、ヒロキと……アイツが一体どれほどの者だと言うんだっ」
「……ヨシイエ……さん? 」
「大方……あの牛の化け物も、ヒロキが自分で呼び出したに違いない」
ヨシイエの突飛な発言に、取り巻き二人は顔を見合わせる。
「……ヒロキが……自分で? 」
「……そんな事して、誰が得をするんですか? 」
「奴しかおらぬ……よく考えろ、お前ら」
取り巻き二人を睨みつけながらヨシイエは言葉を続ける。
「奴は妖魔を倒せる『オモイカネ』製の太刀を持っているんだぞ。自分で呼び出した妖魔に都を襲わせ、自分で退治すれば名声は欲しいままになる」
「……あっ、そうか」
「……でも、あいつがそこまでするかな……」
持論を展開したヨシイエは、山奥を睨むように見つめながら、おもむろに歩き始める。
「……奴の化けの皮を剥がしてやる……」
ヨシイエとその取り巻き二人は身を隠しやすい藪の中を、慎重に歩き始める。ヤブ蚊の襲撃に顔を歪めながら、鬼堂のある広場へと近づいて行く。
「この化け物が通った道に沿って行けば、必ずヒロキの悪事の証拠がある場所に出る。そんな気がする……」
「……もう、帰りましょうよ……ヨシイエさん。暗くなってきました」
「呪われるのは嫌だ……」
頭を抱え始めた取り巻き二人を叱責しながら、ヨシイエは歩みを止めず進み続ける。
やがて、鬼堂が口を開ける広場へと出る。辺りは陽が暮れ始め薄暗くなっていたが、広場に立てられたかがり火は、淡く周囲を照らしている。
「見ろ……こんな所にかがり火が立てられているぞ……俺の考えは間違っていない」
嬉しそうにつぶやくヨシイエに、取り巻きの一人が広場を指差しながら声をかける。
「ヨシイエさん、あそこ……」
「……あれは……ヒロキの妹か? 何してるんだ? あいつ……」
広場の中央、鬼堂の入り口前の地面の上に、後ろ手に縛られて転がされているコハルの姿が見える。起きてはいるようだがさるぐつわをかまされ、力無く横たわっている。
「ヒロキの手伝い……には、見えませんね」
「どちらかというと……イケニエ? まさか……」
「……シィッ……静かにしろ……誰か来る」
鬼堂の奥から男女二人の人影が現れる。
「そろそろ時間ですわね……クサナギ様。
逢魔が刻の訪れと共に依り代の命を断ち、憑依させる実験も大詰め……ついに、人を使った実験に着手しますわよ」
「うむ……依り代の心は絶望に満ちておるか? 」
「ええ……丸二日食事を与えていませんから。始めはだいぶうるさかったですが……」
コモチとクサナギは寝転がるコハルを眺めながら、不気味に微笑んでいる。ヒロキそっくりのクサナギの顔を見たヨシイエ達は、口々に驚きの声を上げている。
「……やはり……あれは間違いなく……」
「……ヒロキだ……あいつ、こんなとこで何を……」
ヨシイエはクサナギの顔を凝視している。その口元には歪んだ笑みが浮かんでいる。
「食事を与えぬだけで、この依り代は本当に絶望しているのか? コモチとやら……」
クサナギはコモチの説明に訝しむ様な表情を見せる。
「え……ええ。この者は仕事でいつも私達と競合していまして、負ける度に飯が食えないと騒いでおりましたので……」
その説明を聞き終わる前に、クサナギはコハルのさるぐつわを取り払う。
「女……今はどんな気分だ? 」
さるぐつわが無くなったコハルは弱々しく頭を上げ、クサナギの顔を見る。
「あなた……クサナギさんでしょう? イザヨイさんの元に……帰ってあげて……」
「……我の問いに答えよ……」
「イザヨイさんは……きっと今もクサナギさんを待ち続けていますよ……お願い……」
クサナギに対して必死に呼びかけを続けるコハルに、コモチは苛立ちを見せる。
「ええい……クサナギ様の問いに答えなさい」
コモチはしゃがみこみコハルの頰を二、三度張っている間、クサナギは二人に背を向け空を見上げる。血の様に赫く染まりつつある事を確認すると、コモチに声をかける。
「そろそろ儀式を始めよ」
クサナギに声をかけられたコモチは、鼻息荒く立ち上がるとコハルを尻目に鬼堂の入り口前に立つ。
「いけ好かないガキでしたが、最期くらいは私達の役に立ってもらいますわよ」
捨てゼリフを言い終わると、コモチは目を閉じて詠唱を始める。不意に、辺りの雰囲気が変わり始める。
「……貴女達が何を企んでいたとしても……上手くいくはずない……ヒロキ様……」
コハルは涙を流しながら、後ろ手に縛られた左手をぎゅっと握りしめる。
かがり火が激しく揺らめき出すと同時に、それまで森の中でさえずっていた鳥の鳴き声が止む。
「クサナギ様……そろそろ依り代を……」
「うむ……」
クサナギは長尺刀を鞘から抜き、二人の側へ近づいて行く。
「これ……ヤバイんと違いますか? ヨシイエさん……」
「逃げ……早く……逃げないと……」
「……シッ……静かにしろ……」
ヨシイエ達も固唾を飲んで見守る中、クサナギは刀身を地面と平行にするや否や、一息に目標を貫く。
その場の全員が息を飲む中、紅い雫が刀身を伝い地面にシミを作る。
「……な……何故……」
絞り出す様な声にコハルは目を開けて恐る恐る見上げる。
そこには、眉毛一つ動かす事なくコモチの胸を貫く、クサナギの姿があった。




