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♯影冤の人〜僕は過去で未来のキミと、二度出逢う〜  作者: 道楽もん
第二章 傀儡女編

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凶行の行く末


 ヒロキと宗近が守り刀を打ち始めて丸二日が経つ。


 陽が高く昇る頃。工房の外に響き渡っていた、始めはリズムの悪かった槌打つ音も徐々に変化していた。


「……ウラァァッ」



 ーーカァンッーーカァンッーーカァンッ



 ヒロキは上半身裸になり、ほとばしる汗も構わず大槌で打ち込み続けている。


「良いぞ、その調子だ……」


 宗近も大汗をかき、疲労の色が濃く現れている。しかし、その目にはまだ力がある様に見える。再びかまどの中に戻す前に、刀身を眺めながらうなずく宗近。


「ヒロキ、大槌はもういいだろう。これから火造りに入る。少し休んでもいいぞ」


「……そっすか……お言葉に甘えて……」


 ヒロキは肩で息をしながら、ふらつく足取りで工房の外へと出る。井戸へと向かう途中、その側に人影を見て立ち止まる。


「ムネノリさん……」


「おう、ヒロキ。お疲れ。まあ、水飲め」


 井戸の側にはヒロキの兄弟子の一人であるムネノリがいた。ヨシイエの実の弟ながら気性は穏やかで、歳の近いヒロキも度々世話になっている。


「すいません……ありがとうございます」


「いやぁ、一時はどうなるかと思ったけど……何とかやり切ったな、ヒロキ」


「……まだ、終わってないっすよ。火造り、焼き入れと残ってます」


「分かってるよ。俺は褒めてんだぜ」


 ゴクゴクと美味そうに水を飲み干すヒロキに、ムネノリは嬉しそうに話しかける。


「ヨシイエ兄さんを筆頭に、ほとんどの弟子はお前が失敗すると踏んでたからな。見事、前評判を覆したってわけだ」


「まあ、そうですよね。自分でも、こんなに上手くいくとは思ってなかったですよ」


「すごいな……才能のある奴は……俺なんか腕力が無いから、未だに雑用ばかり押し付けられてよ」


 愚痴り始めたムネノリに対して、ヒロキは苦笑いで返す。


「……ああ、悪い。休憩中に」


「……いえ」


 丁度その時、遠くからヒロキを呼ぶ声が聞こえてくる。


「何処だ? ヒロキ……ああ、ここにいたか。師匠が呼んでるぞ」


「……わかりました、すぐ行きます」


 慌てて工房へ向かうヒロキの背中に、ムネノリは声をかける。


「ヒロキ。今回の件で、お前を見直した奴は沢山いるからな。頑張れよ」


「……ありがとうございます」


 笑顔になったヒロキは工房へと向かう。宗近は彼の表情を見てニヤリと笑う。


「……なんだ? 何か良いことでもあったのか? にやけおって……」


「えっ……にやけてますか? 」


「……まぁ良い。

 火造りと焼き入れはワシが行う。後学のために良く見ておけ」


「はい、勉強させてもらいます」


 そんなやりとりの中、ヒロキと宗近は鍛冶工程に集中し始める。



 丁度その頃。

 ヨシイエとその取り巻き二人は、焚き木と炭になる木材を取りに北の森へと来ていた。


「……クソっ……なんで俺がこんな事をしなければならぬ……」


 ヨシイエは忌々しそうに顔を歪めながら、なぎ倒された樹木にナタの刃を撃ち込んでいる。


「ヒロキめ……あんな若造の雑用をやらされるとは……これ以上も無い屈辱……」


「……でも、実際のところアイツ(ヒロキ)凄いですよ。見る間に上手くなっていきましたから……」


 取り巻きの一人がそう言い始めると、もう一人もそれに同調する様に口を開く。


「そうそう。あそこまでできる奴は、見たことないですよ。本格的に修行したら、どれだけ……」


「……ウルサイッ」


 ヨシイエの叱責に、取り巻き二人は口をつぐむ。


「お前らは悔しくないのか? このままだと、俺たちの立場はまるで無くなってしまう……今までの修行に費やした時間が、無駄になってしまうんだぞっ」


 憎らしげに吠えるヨシイエの姿に、取り巻き二人は顔を見合わせる。


「……それは、嫌ですけど……」


 困り顔の取り巻き二人に一瞥をくれると、ヨシイエは鼻息荒く山奥へと足を向ける。


「ヨシイエさん、まだ奥へ行くんですか? 」


「そろそろ帰らないと、陽が暮れてしまいますよ」


「ウルサイ……あんな奴の言いなりになるほど、俺は落ちぶれておらぬ」


「……指示は、師匠が……」


「それに、ここはこの間牛の化け物が通った道じゃないんですか? 呪われてしまいますよ……」


 取り巻きの一人が言った一言に、ヨシイエは振り返る。


「……なに? 」


「……そうだ……この先からヒロキが退治してくれた、あの馬鹿でかい牛の化け物がやって来たんだ」


「ヤバイですよ、またあんなのが出て来たらひとたまりもない……ヒロキは相槌打ってる最中ですし……帰りましょうヨシイエさん」


 怯え始めた取り巻き二人を、ヨシイエは冷ややかに眺める。


「……また、ヒロキ……」


 ヨシイエは、込み上げてくる感情を抑えきれなくなったようにわめき始める。


「……どいつもこいつも……ヒロキ、ヒロキと……アイツが一体どれほどの者だと言うんだっ」


「……ヨシイエ……さん? 」


「大方……あの牛の化け物も、ヒロキが自分で呼び出したに違いない」


 ヨシイエの突飛な発言に、取り巻き二人は顔を見合わせる。


「……ヒロキが……自分で? 」


「……そんな事して、誰が得をするんですか? 」


ヒロキしかおらぬ……よく考えろ、お前ら」


 取り巻き二人を睨みつけながらヨシイエは言葉を続ける。


「奴は妖魔を倒せる『オモイカネ』製の太刀を持っているんだぞ。自分で呼び出した妖魔に都を襲わせ、自分で退治すれば名声は欲しいままになる」


「……あっ、そうか」


「……でも、あいつがそこまでするかな……」


 持論を展開したヨシイエは、山奥を睨むように見つめながら、おもむろに歩き始める。


「……奴の化けの皮を剥がしてやる……」


 ヨシイエとその取り巻き二人は身を隠しやすい藪の中を、慎重に歩き始める。ヤブ蚊の襲撃に顔を歪めながら、鬼堂のある広場へと近づいて行く。


「この化け物が通った道に沿って行けば、必ずヒロキの悪事の証拠がある場所に出る。そんな気がする……」


「……もう、帰りましょうよ……ヨシイエさん。暗くなってきました」


「呪われるのは嫌だ……」


 頭を抱え始めた取り巻き二人を叱責しながら、ヨシイエは歩みを止めず進み続ける。

 やがて、鬼堂が口を開ける広場へと出る。辺りは陽が暮れ始め薄暗くなっていたが、広場に立てられたかがり火は、淡く周囲を照らしている。


「見ろ……こんな所にかがり火が立てられているぞ……俺の考えは間違っていない」


 嬉しそうにつぶやくヨシイエに、取り巻きの一人が広場を指差しながら声をかける。


「ヨシイエさん、あそこ……」


「……あれは……ヒロキの妹か? 何してるんだ? あいつ……」


 広場の中央、鬼堂の入り口前の地面の上に、後ろ手に縛られて転がされているコハルの姿が見える。起きてはいるようだがさるぐつわをかまされ、力無く横たわっている。


「ヒロキの手伝い……には、見えませんね」


「どちらかというと……イケニエ? まさか……」


「……シィッ……静かにしろ……誰か来る」


 鬼堂の奥から男女二人の人影が現れる。


「そろそろ時間ですわね……クサナギ様。

 逢魔が刻の訪れと共に依り代の命を断ち、憑依させる実験も大詰め……ついに、人を使った実験に着手しますわよ」


「うむ……依り代の心は絶望に満ちておるか? 」


「ええ……丸二日食事を与えていませんから。始めはだいぶうるさかったですが……」


 コモチとクサナギは寝転がるコハルを眺めながら、不気味に微笑んでいる。ヒロキそっくりのクサナギの顔を見たヨシイエ達は、口々に驚きの声を上げている。


「……やはり……あれは間違いなく……」


「……ヒロキだ……あいつ、こんなとこで何を……」


 ヨシイエはクサナギの顔を凝視している。その口元には歪んだ笑みが浮かんでいる。


「食事を与えぬだけで、この依り代は本当に絶望しているのか? コモチとやら……」


 クサナギはコモチの説明に訝しむ様な表情を見せる。


「え……ええ。この者は仕事でいつも私達と競合していまして、負ける度に飯が食えないと騒いでおりましたので……」


 その説明を聞き終わる前に、クサナギはコハルのさるぐつわを取り払う。


「女……今はどんな気分だ? 」


 さるぐつわが無くなったコハルは弱々しく頭を上げ、クサナギの顔を見る。


「あなた……クサナギさんでしょう? イザヨイさんの元に……帰ってあげて……」


「……我の問いに答えよ……」


「イザヨイさんは……きっと今もクサナギさんを待ち続けていますよ……お願い……」


 クサナギに対して必死に呼びかけを続けるコハルに、コモチは苛立ちを見せる。


「ええい……クサナギ様の問いに答えなさい」


 コモチはしゃがみこみコハルの頰を二、三度張っている間、クサナギは二人に背を向け空を見上げる。血の様に赫く染まりつつある事を確認すると、コモチに声をかける。


「そろそろ儀式を始めよ」


 クサナギに声をかけられたコモチは、鼻息荒く立ち上がるとコハルを尻目に鬼堂の入り口前に立つ。


「いけ好かないガキでしたが、最期くらいは私達の役に立ってもらいますわよ」


 捨てゼリフを言い終わると、コモチは目を閉じて詠唱を始める。不意に、辺りの雰囲気が変わり始める。


「……貴女達が何を企んでいたとしても……上手くいくはずない……ヒロキ様……」


 コハルは涙を流しながら、後ろ手に縛られた左手をぎゅっと握りしめる。


 かがり火が激しく揺らめき出すと同時に、それまで森の中でさえずっていた鳥の鳴き声が止む。


「クサナギ様……そろそろ依り代を……」


「うむ……」


 クサナギは長尺刀を鞘から抜き、二人の側へ近づいて行く。


「これ……ヤバイんと違いますか? ヨシイエさん……」


「逃げ……早く……逃げないと……」


「……シッ……静かにしろ……」


 ヨシイエ達も固唾を飲んで見守る中、クサナギは刀身を地面と平行にするや否や、一息に目標を貫く。


 その場の全員が息を飲む中、紅い雫が刀身を伝い地面にシミを作る。


「……な……何故……」


 絞り出す様な声にコハルは目を開けて恐る恐る見上げる。


 そこには、眉毛一つ動かす事なくコモチの胸を貫く、クサナギの姿があった。


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