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♯影冤の人〜僕は過去で未来のキミと、二度出逢う〜  作者: 道楽もん
第二章 傀儡女編

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帝の守り刀


 翌日。日が昇るとすぐにヒロキとコハルの二人は、未だに帰ってこないトウキチの探索に乗り出す。


「都の北の方は探したのか? コハル」


「まだです。東側の、いつも水浴びする湖周辺だけしか、探せませんでした」


「北は確か……『牛鬼』がやって来た方向だよな、行ってみるか。

 コハル、お前は家にいろ」


「そんな、私も探します」


 意気込むコハルに向かって、ヒロキは首を横に振りながら諭す様に話しかける。


「ダメだ。何が居るか分からないし、一人の方が身軽だ。お前はトウキチが帰ってきた時のために自宅待機だ」


「……わかりました……トウキチ……」


 表情の暗くなってしまったコハルを元気づけてから、ヒロキは北の山裾に広がる森を目指し歩き始める。


 半刻程で森に到着したヒロキは、早速トウキチの探索を始める。森には、先日『牛鬼』が樹木をなぎ倒して出来た道が、今も生々しく残っている。


「見通しは良いな……これを辿りながら探してみるか……」


 乱雑に折り重なり行く手を阻む倒木に手を焼きながらも、ヒロキは道を辿り山の奥へと歩を進める。


「トウキチもこの道を通ったとは言えないから、空振りに終わるかもしれないけど……しかし、一体どこまで続くんだこれ……」


 ヒロキがぼやきながら辿った道も、やがて拓けた広場の様な場所に出る事で終点を迎える。


「……なんだ、ここ……」


 ヒロキの眼前には、異様とも言える光景が広がっていた。正面には不気味な洞窟が口を開け、火の消えた二つのかがり火の台に挟まれた地面には、血のついた図形が描かれていた。


「状況から見るに、ここが終点……いや始点、だな。マンガなんかでよく見る、召喚の魔方陣なのか? これ」


 陽が高く昇るにつれて気温はジリジリと上がって行く。一通り辺りを調べるも何も発見出来なかったヒロキは木の幹にもたれかかり、滴る汗を拭きながら一人ごちる。


「物騒な事考える奴がいるな……しかし、トウキチは見つからないし……一度、帰るか」


 何も収穫を得ないまま北の森から帰宅の途についたヒロキの元に、遠くから怒鳴りつけてくる人物の姿が見える。


「……居やがった。オイッ、ヒロキッ。貴様、手ぶらで何してるんだっ」


 迫力のあるヨシイエの声に、ヒロキは身体を強張らせる。


「んっ……? あれは……ヨシイエさんじゃないか? 」


 双方が近づき合流を果たすやいなや、ヨシイエは拳を振りかぶりヒロキの頭を殴りつける。


「イテッ……」


「ヒロキ……お前、北の森に焚き木取りに行ったんじゃないのか? こんな大事な時にまで遊んでるんじゃないっ」


「遊んでる訳じゃ……焚き木って……」


 ヒロキは突然の出来事に声を失っていた。ヨシイエは周りを二、三度見渡した後、ヒロキを睨む様にしながら声をひそめる。


「一条天皇から都の守護刀を作刀するよう、勅命を受けただろうが」


「聞いています。今日の夜に工房の奥の部屋に来いと……」


 ヨシイエにつられる様に声をひそめて答えたヒロキを見て、ヨシイエは呆れたように顔を伏せた後睨みつける。


「……だからって、夜まで遊ぶつもりだったのか? お前……。

 今、工房では工夫こうふを総動員して、今晩からの作刀の準備をしているところだっ」


 ヨシイエの言葉に、ヒロキの顔は血の気が引いたように青ざめる。


「……マジかよ……」


「師匠は昨日まで『オモイカネ』製の一振りにかかりっきりで、今はお休み中だ。日が浅いとはいえ、お前も鍛冶師の端くれだ……段取りくらい覚えてろ」


 そう言うとヨシイエはヒロキに背を向ける。


「とにかく、今からでもお前も手伝え。働かない奴に飯は出ないからな」


 捨て台詞の様につぶやいた後、ヨシイエは工房まで走って行った。


「……悪い、コハル。さすがに、これは無視出来ない……」


 ヒロキは誰にともなくそうつぶやくと、ヨシイエの後を追う様に走って行った。


 一度コハルの待つ長屋に寄ったヒロキは、状況の説明を終えると工房へと向かう。

 辺りが闇に染まる宵五つ(約午後八時)の鐘が鳴る頃、ようやく準備の終えたヒロキは工房の奥の間へと入る。


「すいません、遅くなりました」


 広さ六畳程の部屋の上座には三条宗近が座し、向かい合う様に部屋の中央には数人の白い直垂姿の男達と、ヒロキに鋭い眼差しを送るヨシイエの姿が見える。


「遅いぞ、ヒロキ」


 ヒロキは焦りながら、腰に携えた太刀とコハルの小刀を帯から引き抜き、脇に置いて座る。ヨシイエはヒロキに一瞥いちべつをくれると師匠に向き直り、おもむろに口を開く。


「……全員、集まりました……師匠」


「……うむ」


 それまで目を伏せていた三条宗近は、初めてそこで目を開く。そして、座る弟子達の顔を一通り眺めると口を開く。


「……ヒロキ。此処へ……」


「……はい」


 名を呼ばれたヒロキは太刀と小刀を手に立ち上がる。そして仰々しくそれらを師匠の目の前に置き、少し下がった場所に座る。


「……どれ……」


 三条宗近は太刀を手に取ると一息に引き抜く。鞘から放たれた刀身は、濃い紫の妖しい光を放っている。刀身をつぶさに観察していた三条宗近は一通り見終えたのか、おもむろに口を開く。


「ヒロキ。お前さんが私の元に来てから、この無銘の刀に邪気を封じ続けて、約一年……よう、頑張ったな」


 優しげな表情で話す師匠の姿に、緊張していたヒロキも安堵の表情を浮かべる。


「太刀だけでは少し足りないが、小刀も合わせて打ち直せば充分だろう」


 その一言に、張り詰めていた部屋の空気がわずかに和む。


「ワシが神から賜った金属『オモイカネ』を用いた刀剣で魍魎もうりょうを断ち、その邪気を喰らって打ち直せば、立派な守り刀となろう」


 師匠の言葉に、ヨシイエにも安堵の表情がうかぶ。


「……では、ようやく……」


「うむ。一条天皇より勅命をたまわり早一年……温厚で名高い帝も、そろそろ我慢の限界かもしれぬからのぅ」


 三条宗近はそう言うと力強い言葉を発する。


明日あすは占いでは縁起の良い日じゃ。かねてからの計画どおり日が昇り、祈祷を済ませたら作業に入る。

 ヨシイエ、皆の衆、宜しく頼む」


「はっ、その様に……」


 ヨシイエはこうべを垂れて勢い良く返事をしたが、眼差しは鋭いままおもむろに口を開く。


「では、栄誉ある相槌あいづちは誰が……」


 ヨシイエの質問に、師匠は視線をヒロキに向ける。


「……ヒロキ、相槌はお前が打て」


「……えっ……」


「……なっ」


 名指しされたヒロキは、呆気にとられた表情で宗近を眺め見る。弟子達がざわつき始めるとすぐ、ヨシイエは弾ける様に顔を上げ師匠に向かって荒い口調で問い詰める。


「何故、ヒロキに相槌を打たせるのですか? コイツは修業を始めて一年足らずの未熟者。神刀しんとうはおろか、普通の刀でさえ相槌を打たせる訳にはいきませぬ。

 この様な奴より相応しい者は此処におりまする」


 物凄い剣幕でまくし立てるヨシイエにも、宗近はひるむ様子を見せずに涼しい顔で答える。


「……相応しいかどうかで言うなら……ほれっ」


 宗近はそう言うと、鞘に戻したコハルの小刀をヨシイエに手渡そうとする。


「……何を……うおおっ……」


 差し出されたナイフ程度の大きさの小刀は、慌てて受け取ろうとしたヨシイエの手に重くのしかかる。苦悶の表情を見せたヨシイエは、堪らず小刀を床に落としてしまう。


「古事記に記された、古の知恵の神の名を冠したこの金属は人を見る。槌振るう者の心が反映されてしまうのじゃ……。

 そんな有様では、神刀とて鈍刀なまくらになってしまうわぃ」


 荒く息をついていたヨシイエは、呆気にとられた表情のヒロキを憎々しげに睨み付けると、ドスドスと荒い足取りで鍛冶場の方へと歩いて行く。事の成り行きを見守っていた他の弟子達も、我に返ったような表情を浮かべるとヨシイエの後を追って行く。


 部屋に取り残され二人きりになると、宗近はヒロキに向かって申し訳なさそうな表情を浮かべる。


「……すまんな、ヒロキ。

 確かに彼奴あやつの言う通り単純な鍛治技術では、比べ物にならない程お前は未熟だ」


「……はい」


「だが、こと『オモイカネ』に関しては、つちを振るう者の素直な心が反映されてしまう……実の息子とはいえ、今のヨシイエではダメなのじゃ」


 老人は心底悔しそうにかぶりを振る。


「帝の勅命を受けてから約一年……その間、ヒロキ自身の鍛治技術を育てると共に、お前さんの様な者に刺激を受けてヨシイエも心を成長させてくれたらと、思うておったのじゃがな……仕方あるまい」


「……まさか、俺と師匠の二人だけで……」


 三条宗近は先程までの柔和な表情から、眼光鋭い職人の顔に変わる。


「……私の見込んだ者だ……ちと、重荷を背負うてもらうでの……」




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