星空の約束
「トウキチが……居なくなった? いつから? 」
ヒロキは驚いた表情を見せながら、コハルに詳しい内容を確認しようとした時、イザヨイが口を開く。
「昨夜助けてもらったお礼が言いたくて、午の刻(午前十一時頃)に工房の方へと参ったのじゃ。その時、コハルに誘われて東の山中にある湖へと行った時は、トウキチはまだいたのじゃが……」
「水浴びを終えて二人でお話ししている間に……何処かに行って、それっきり……」
コハルは言い終えると、再びヒロキの胸に顔を伏せて肩を震わせる。
「コハル、心配するなって。腹が減ったら、きっと帰って来るよ。今までだって、同じ様な事あったろ? 」
努めて明るく振る舞うヒロキだったが、コハルの表情は晴れない。
「でも……こんなに長い事、行方をくらますなんて事……なかった……」
「しかし、もうじき暗くなる。これ以上探すのは得策とは思えぬぞ。それに妖狐であるトウキチが、そう簡単にやられるわけはない」
イザヨイが何気なく言った言葉に、ヒロキは驚いた様に声を上げる。
「えっ、妖狐って……普通の狐じゃなかったの? どうりで強いと思ったら、そういうわけか」
「ヒロキ様もか……のんきというか、何というか……」
イザヨイは覆面の奥で深いため息をつく。そして、抱き合う二人に背中を向けると、平安京のある東側へと足を向ける。
「それでは……妾はおいとまするとしよう。これ以上、邪魔立てするわけにはいかぬでな……」
「イザヨイさん……」
「あっ……じゃあ送っていきますよ、俺……」
ヒロキはコハルの身体を脇に退けようと、つかんでいた肩に力を入れようとしたが、コハルは無言で更にキツくヒロキの身体を抱きしめる。
「お……おい、コハル……」
「無用じゃ、家はそう遠くはない。コハルの側についておれ……昨夜は助かった。ありがとう、ヒロキ様」
覆面の奥からしばらく眺めていたイザヨイは、二人に向けて言葉をかけると背を向け、平安京へと戻っていった。
イザヨイの姿が見えなくなると、ヒロキはコハルの涙を拭きながら声をかける。
「……しょうがねえな。とりあえず、俺は明日の夜から工房にこもりっきりになるから、それまでは一緒にトウキチを探そうぜ、コハル」
「……あ……ありがとうございます、ヒロキ様……」
パッと明るい笑顔になったコハルの頭を、ヒロキはポンポンと優しくなでる。
その日の夜。
遠い何処かから、夜四つ(午後十時頃)の寺の鐘が聞こえてくる頃。
長屋の四畳半程の広さの部屋でコハルと背中合わせで雑魚寝していたヒロキは、眠れないのか二、三度寝返りをうった後むくりと身体を起こす。コハルを起こさぬ様息を潜めながら、静かに長屋の戸を開けて外に出ようとしていた時。
「……ヒロキ様……ですか? 」
突然の呼びかけにヒロキは飛び上がる。
「コハル……? 起きてたのか? 」
「……ヒロキ様も眠れないのですか? 」
ヒロキはホッとした表情を浮かべながら、親指で外を指差してコハルに話しかける。
「……少し、話そうぜ」
「……はいっ」
二人は虫の音が鳴り響く中を、近くにある小川へと向かう。暗いかと思われた夜道は歩きやすく、そのことを不思議に思ったのか、ふとコハルは空を見上げて感嘆の声を上げる。
「……うわぁっ……キレイ……」
見上げるとそこには、空を埋め尽くさんばかりの満点の星空が広がっていた。
「スゲェな……俺も最近は下ばかり向いてたから、こんなに夜空が綺麗だったなんて気がつかなかった」
「鍛冶のお仕事に妖魔退治ばかりですものね……お疲れ様です」
コハルはにこやかにヒロキに向かって声をかける。だが、その表情は徐々に曇ってゆく。
「……トウキチの事、まだ気になるのか? 」
「……はい」
「まぁ、トウキチだってたまには羽を伸ばしたい時だってあるさ。どこかその辺で、メス狐の尻追っかけてるかもしれないぜ」
「……トウキチは、そんな子じゃないですよぅ……」
ヒロキの軽口にコハルは唇を尖らせて文句を言う。
やがて小川の土手に到着した二人。コハルはそこへ座り込むと同時にヒロキに声をかける。
「……ヒロキ様……」
「……うん? なんだ? 」
「……私……二ヶ月ほど前に、傷ついたトウキチを見た時……その姿が自分と同じに見えたんです」
ヒロキは突然心情を語り出したコハルの顔を、少し驚いた様な表情で眺める。
「私はイケニエに出された山の中で、運良くヒロキ様に助けてもらえましたけど……もし、あの場所に誰も来てくれなかったら……と、思う事が度々あります」
コハルは星空を見上げながら、静かな口調で語り続ける。
「雨の中……誰にも気づかれる事なく横たわるトウキチの姿を見た時に、自分も同じ様な事になっていたかもしれないと思うと、居ても立っても居られませんでした」
「……コハル……」
「……トウキチは、大丈夫ですよね。何処かに行ったりしないですよね? 」
膝を抱えてうつむいてしまったコハルに向かって、ヒロキは力強く言葉をかける。
「ああ……何せ、トウキチはカミサマだからな。そう簡単にやられたりしないよ」
「……ヒロキ様……」
ヒロキの言葉にコハルは薄く微笑む。
「……ヒロキ様は……ミキ様のセンゾを探しに来られたんですよね……? 」
コハルの質問に、ヒロキは笑顔が固まってしまう。
「……見つかったら……ヒロキ様は、どうされるんですか? ……元の場所に……帰ってしまうのですか? 」
自分の膝小僧に頭を載せる様にして、首を傾げた様な格好でヒロキを眺めるコハル。その瞳は、まるでヒロキを試すかの様にきらめいている。ヒロキは慎重に言葉を選ぶ。
「……多分……そう言うことに、なると思う……」
その言葉に、コハルは顔を曇らせる。
「ミキは今、生死の境をさまよっているんだ。俺がこの世界に来た理由は、ミキの先祖……を、守る為に……守らなくちゃいけない。それが、ミキの命を救う事になるから……」
そこまで言ったヒロキは、パッとコハルに向き直る。
「だけど、ミキが助かったら……その時は、俺の住んでいた街に来ないか? コハル。もちろん、トウキチと一緒に」
コハルは思わず、背筋を伸ばしてヒロキの顔を見つめる。
「……トウキチと……一緒に……? 」
「きっと驚くぞぉ……トウキチも、尻尾の太さを倍にして驚くかもな」
コハルから空へと視線を移し、笑顔で語り続けるヒロキの横顔を、コハルは口元を膝に埋めて眺め続ける。
すると突然強い風が吹き、コハルの視界を遮る様に長い黒髪が舞い上がる。
「……わっ……」
その様子を見たヒロキは、笑い声を上げながらコハルに話しかける。
「ハハハッ。コハル……いい加減、髪をまとめたりしないのか? お前」
「……これは……」
乱れる髪を一生懸命抑えながら言いよどむコハル。
「コハルに限らず、貴族以外の一般的な女性はオシャレにあまり関心無いのな。……何か、丁度いい物は……これでいいか」
そう言うとヒロキは、懐から一枚の布を取り出す。
「この布は手ぬぐいにしようと思ってもらって来たものだけど……とりあえずこれで纏めよう。……あっち向いて」
「こう……ですか? 」
コハルはヒロキに背中を向ける。
「……時間に余裕が出来たら、都へ行ってキレイなリボン買いに行こうな……ちょっと、髪の毛触るよ」
ヒロキはそう言ってコハルの髪の毛をリボンがわりの布で、首の後ろで一つにまとめあげる。
「やっぱり、ざんばら頭よりこの方が可愛いな」
「……あっ……」
コハルは小川に映る自分の顔を見て、嬉しそうに微笑む。
「……ヒロキ様、ありがとうございます……でも、良いのかな……」
「……何か、あるのか? 」
コハルの心配そうな声に、ヒロキは不思議そうに尋ねる。
「私の住んでいた村では、髪の毛を一つに纏めるのは成人の証なんです。色々な儀式とかもあったと思うんですけど……すっとばしちゃっても良いんですかね? 」
ヒロキはコハルの頭をポンポンと優しくなでながら話しかける。
「良いんじゃね? 見た目は大人なんだし。今日がコハルの成人式……って事で」
ヒロキの言葉に、コハルはみるみるうちに笑顔になる。
「えへっ、ヒロキ様に大人にしてもらっちゃった」
「……その言い方は、ちょっと……」
ヒロキは苦笑いする。
「これ、後ろの方ってどんな感じで結んでいるんですか? やり方、教えてください」
「あぁ……じゃあ、左手出して……」
ヒロキは身につけた直垂の上衣の一部を裂き、コハルの小指に蝶々結びで結わえる。
「……すごい、ちょうちょが飛んでるみたい……」
「それじゃあ、結び方はここじゃ暗いから、明日詳しく教えてやるよ。……あっ、そうそう。コハルに聞いておく事があったんだっけ」
ヒロキから指にリボンを巻きつけられ、立ち上がってはしゃいでいたコハルは笑顔のまま聞き返す。
「えっ……何ですか? 」
「お前、好きな奴って……いるか? 」
突然のヒロキの問いかけにコハルは動きを止め、暗くてもはっきり分かるくらい顔を真っ赤に染める。
「な、な……何ですか、突然っ……。この流れで、そ……そんな事聞いて……どうするんですか? 」
「いや、その……やっぱり、コハルも大人になったから、相手がいるなら兄としては聞いておかなきゃなと……」
ヒロキのあっけらかんとした態度に、モジモジしていたコハルは頰を膨らませる。
「……何ですか、そのとってつけた様な理由……成人の儀式なんて、ヒロキ様はさっき知ったばかりじゃないですか……」
「……やっぱ、ダメ、かな……? 」
頭をかきながら苦笑いするヒロキを見たコハルは、一つ大きなため息をつくと澄ました表情で答える。
「兄として……ですか。
そう言う事でしたら……いますよ、好きな人」
「えっ、そうなの? どんな奴なんだ? 」
困った様な表情を浮かべるヒロキに背中を向けて、コハルは意地悪そうな顔で特徴を並べ始める。
「そうですね……その人は、やたら鈍くて、人使いが荒くて……人の気持ちなんか、ぜ〜んぜん考えてくれない、しょうもない人ですね」
「コハルは、そんな奴の事が好きなのか……誰だ? そのロクでもない奴は……」
本気で頭を悩ませ始めたヒロキを尻目に、コハルはほくそ笑む。
「……でも……」
「……んっ? 」
コハルは後ろ手にヒロキを振り向くと、笑顔で言葉を続ける。
「とっても優しくて、頼り甲斐があって……いつも私を笑顔にしてくれる。そんなあの人が……大好き、なんですっ」
満点の星空の下、溢れる様な笑顔を向けて来るコハルに、ヒロキは思わず息を飲む。
「さあヒロキ様、もうそろそろ帰りましょう。明日も早いですよ」
「お……おぅ……」
コハルの姿をぼうっと眺めていたヒロキは、気を取り直した様に軽く息を吐くと立ち上がる。家路につこうとしたヒロキに向かって、コハルは呼びかける。
「ヒロキ様。街に連れて行ってくれる事も含めて……今日の事、絶対忘れないで下さいね」
「……ああ」
「約束……ですよ……」
二人は笑顔で約束を交わした。




