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♯影冤の人〜僕は過去で未来のキミと、二度出逢う〜  作者: 道楽もん
第二章 傀儡女編

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野干丸(やかんまる)

2019/01/27 サブタイトル変更しました。


 平安京のある京都盆地の東のはずれ、琵琶湖との境目を南北に走る山の裾野に広がる鍛冶町の中。一際目立つ大きな屋敷に、一人の糸目の男性が入っていく。


 男性は一般的な直垂姿をしているが、肌の露出している部分には無数の傷跡が見て取れる。出で立ちはいかにも歴戦の猛者と言わんばかりであるが得物は持たず、精悍な顔つきも見ようによっては幼いと言われそうであり、ひどくアンバランスに見える。


「これ……三条……宗近はおるか」


 糸目の男性に藪から棒に話しかけられた使用人の一人は、彼の尊大な態度にムッとしながらも丁寧な言葉遣いで聞き返す。


「……お取り次ぎ致します。お名前をうかがっても、よろしいですか? 」


「……名前……イナリ……じゃ」


 態度は尊大ながら、たどたどしい口調で話す糸目の男性……イナリの様子を見た使用人達は、お互いに顔を見合わせて不思議そうな表情を浮かべる。


 イナリは三条宗近の工房まで通された後、一人の老人が彼を出迎える。


「これはこれは、イナリ様。宗近で御座りまする。ご依頼の品を引き取りに参られましたかな? 」


 三条宗近を名乗る老人は作業中だったのか、白い直垂姿で登場する。身体は細身ながら、シワの浮いた二の腕は老人とは思えぬ筋肉がついている。


「丁度、出来上がっております。ここではなんですので、奥まで御足労願えますかな? 」


「……うむ」


 そう言って三条宗近はイナリを伴い、工房の奥にある六畳程の広さの部屋へと入って行く。


「今朝方出来上がったばかりで御座います。……どうぞ、ご確認ください」


 イナリが部屋の中央に座ると間も無く、三条宗近は部屋の一角に飾られていた太刀を一振り、うやうやしく取り上げるとイナリの目の前に差し出す。


「このように短期間で……出来るとは思わなんだ……」


 イナリは鞘の真ん中をむんずとつかむと立ち上がり、一息に太刀を引き抜くと刃を天に向けて眺め見る。

 その刀身の長さは三尺二寸(約九百七十ミリメートル)、紫の淡い光を放っていた。


「これは通常の刀剣に使われる玉鋼たまはがねではございません。

 イナリ様のご依頼では、魔を滅することのできる魔剣をご所望とのこと」


 三条宗近はかしづきながらも、刀の説明をする間細いまぶたの奥に鋭い眼光を光らせている。


「私共のみが打ち鍛えることのできる特別な鉱物……「オモイカネ」を使用しておりまする」


「オモイ……カネ……」


 イナリはその名を聞いた途端、目つきが険しくなる。


「これなるは、鍛えるだけであればさほど技術は要りませぬ……しかも、妖魔を断つ程に斬れ味が増して行く作りになっております」


「通常……一年はかかる作刀が……二ヶ月程で出来た理由は……それか……」


 刀を色々な角度から眺めながら、納得したような表情を浮かべるイナリ。


「気に……いった……」


「ありがとうございます。『オモイカネ』を扱える者は、世の中広しと言えど私を含めて二人のみ……気に入って頂けて何よりでございます」


 満足そうな表情で太刀を鞘に納めるイナリは、三条宗近の言葉にわずかに眉をひそめる。


「……いかほどか……」


「……いいえ、お代は結構でございます」


 その言葉にイナリはあからさまに訝しむ。その様子を察したのか、三条宗近は慌てたように顔を上げる。


「いえ、その……代わりと言ってはなんですが……イナリ様に、お願いがございます」


「この様な代物の代金が……願いとは……申せ」


 イナリは訝しむ様な表情を崩さぬまま、その場に座り込む。


「では……私の弟子の中には、何人か息子がおります……が、一人……血の繋がりのない息子がおりまする。名を……ヒロキと申します」


 その名を聞いたイナリは、片方の眉をピクリと動かす。

 三条宗近は、額を床にこすらんばかりに下げながら話し続ける。


「先程申し上げた『オモイカネ』を扱うことのできる者です……私は、この者が可愛くて仕方がない……」


 未だに頭を下げたままであるが、話し続ける三条宗近は相好を崩し、好々爺然としている。


「されども、ヒロキは何やら大きな流れの中に身を置いている様子……いずれ、イナリ様の道と交わる事もあるやも、しれませぬ……」


「何が……言いたい……」


 イナリが話の続きを促すと、三条宗近は顔を上げてひたと目を合わせる。


「その時は……どうか、ヒロキのチカラになってくださいまし。私が願うのは、ただそれだけでございます……」


 イナリは細い目をさらに細めて、頭を下げ続ける老人に問いかける。


「その者が……俺の道と交わると……何故、言い切れる……」


「……鍛冶師の……勘、でございます」


 その言葉に、イナリは出来上がったばかりの太刀をジッと見据える。やがて、おもむろに口を開く。


「……その者の道と……交わる事があるかわからぬが……留意しよう……」


「ありがとうございます。胸のつかえが取れる思いです」


 ホッとした様な表情で三条宗近は顔を上げる。その様子を見たイナリは立ち上がり、見下ろしながら最後に問いかける。


「この太刀の……めいは……何と言う……? 」


「……三条……野干丸やかんまると切らせていただきました」


 太刀の銘を聞いたイナリは、更に険しい顔つきで老人を睨みつける。


「老人……お主、何者か……どこまで知っておる……」


 今にも抜刀しそうな勢いのイナリに対して、三条宗近は涼しい表情で頭を下げる。


「私は勘の鋭い、ただの老人にございます」


 静かに頭を下げ続ける三条宗近の様子に気がそがれたのか、イナリはフンっと鼻を鳴らして部屋を後にする。


 外は陽が傾きかけており、空には茜色が差し込み始めていた。イナリが工房の外に出るとすぐ、気落ちした様にトボトボとこちらに向かって歩いて来る人物に目が止まる。


「……あれは……」


「……はぁ……とんでもない事に、なってきちゃったなぁ……コハルになんて言おう……」


 『時の交差する部屋』から帰ってきたヒロキが、西の方角から何事かつぶやきながら歩いて来る。


「……でも、まだそうと決まったわけじゃないし……うん? 」


 ふと顔を上げたヒロキはイナリと目が合う。だが、イナリはヒロキに一瞥をくれると、何事もなかったかの様に北の方角へと足を向ける。


「……お客さん……かな? スゲェ強そう……」


 ヒロキがぼうっとイナリの後ろ姿を眺めていると、工房の使用人の一人が駆け寄って来る。


「ヒロキ、ちょうど良かった。今からお前を探しに行く所だったんだ」


「えっ……何か、あったんですか? 」


「宗近様から明晩、工房の奥の間に例の太刀を携えて来いと……」


「……じゃあ、遂に始まるんですね……帝の守り刀を、鍛える時が……」


 そう言うとヒロキは、腰に下げた太刀の鞘に手を添える。


「承知しましたと、伝えてください」


 その言葉を聞いた使用人は、うなずくと再び工房へと戻っていった。


「……幸か不幸か……内裏に侵入するチャンスが、巡ってきたぞ。コハルにも、ちゃんと説明しないとな……」


 元気無くつぶやいたヒロキは、重い足取りで自身が寝泊まりする長屋へと向かう。


「……コハル? 居ないのか? 」


 玄関の戸を開けて中を覗き込んだヒロキは、コハルの姿が見えない事で心なしかホッとした様な表情を浮かべる。


「いやいや、何ホッとしてんだ……いずれ言わなくちゃいけないんだから。

 何処に行ったのかな……? 」


 一人つぶやきながら、コハルの姿を求めて敷地内を探し回るヒロキ。だが、一向に見つからない事に、次第に焦る様な表情を浮かべ始める。


「コハルの奴、何処に行ったんだ? もうすぐ陽が暮れるっていうのに……」


 暮れ六つの鐘が鳴り響く中、ヒロキは東の山の方へと足を向けようとした時、山を降りて来るコハルとイザヨイの姿を見つける。


「コハルッ……こんな時間まで何処に行ってたんだ? ……っと、イザヨイさん……貴女も一緒だったんですね」


 イザヨイの姿を見たヒロキは、夕焼けのせいかはわからないが顔を赤く染める。


「すまぬヒロキ様、遅くなってしもうた。実は、これにはわけが……」


 イザヨイはヒロキに向かって、覆面の奥から申し訳なさそうな声で話しかけようとした時、泣きはらした様に眼を真っ赤にしたコハルが勢いよくヒロキに抱きついて来る。


「ヒロキ様ぁ……」


「ど、どうしたんだ? コハル……何で泣いてんだよ」


 ひとしきりヒロキの胸の中で泣いたコハルは、おもむろに顔を上げて訴える様な声で話しかける。


「……トウキチが……居なくなったんですぅ……」



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