第九短編 黒い魔法
私は料理人だ。少し前にやっと自立して自分の店を持った。しかし、もう開店して数カ月が経ったのに未だに数え切れるほどの客しか来ていない。私は焦りを感じていた。光熱費や家賃も溜まっている。業者からはこれ以上は待つことはできないと言われた。家族も心配いてくれて多少の支払いは手伝ってくれているが、それでもまだまだ足りない。
もう店を閉めてしまうしかないのだろうか。と思い悩んでいる時、数日ぶりの客がやってきた。全身黒ずくめでいかにも怪しく近寄ってはいけないような雰囲気を醸し出しているが、客は客。しかも久々の客なのだ。しっかりとした対応をしなければ。
「客がいないんですね。祝日なのに」
キッチンから出て対応に向かおうとしたが、唐突に言われたその言葉に私はむっとしてしまった。様々な悪態が頭によぎるが相手は客。ここは我慢して丁寧な対応をしなくてはならない。
「ならこれあげます」と黒いのは袋に入った枯れた植物を差し出してきた。そしてこいつはそれについて説明を始めた。要約するとこれを砕いて料理に入れると途端にそれが病みつきになる魔法の草だとか。そいつが店を出て行ってしばらく魔法の草を見つめる。危ない匂いもするが、もう私には後が無い。これにかけてみよう。
その次の日に運よく客が来た。その客が注文した料理に草を入れる。客は料理を食べ終え店を出て行ったが、次の日にまた来た。あの料理の味が忘れられないとのことだ。そのまた次の日には友人を連れて来た。それは連鎖的に続き、私の店は連日大量の客が訪れるようになった。黒いのはたびたび店に魔法の草を補充しに来ている。あいつには感謝しかない。
しかしある日、いつも通りに黒いのが魔法の草を置いていった後、店の金庫が破壊されて中身が空になってしまっていたのを見つけた。
やけにサイレンの音が大きく聞こえた。