親愛なるもう1人の自分へ。
久しぶりの投稿です…! ドキドキ(笑)
続きを作ろうか考え中です。
──えぇと。
皆様、こんにちは。
突然ですけど、『パラレルワールド』ってご存知ですか?
…………。
…………。
……──あっ! まっ、待って!
引かないで!
ボクだって、何を言ってるんだろうって思います!
そんなの、テレビや漫画の世界の話でしょって思います!
て言うか、思ってました!
………………でも。
……自分の身に起これば、流石に……ね……。
……受け入れ、ざるを得ない……ですよね……。
…………。
…………。
……あぁ……。
……何でボクが、こんな目に……。
* * * * * * * * * *
目の前に現れたその人は、まさに唐突だった。
さらさらと揺れる少し長めの黒髪は、文字通り鴉の濡れ羽色。
端整な顔立ちを彩るのは、紫色の瞳。
すらりと伸びた体躯は、無駄な筋肉1つ無く引き締まっている。
その体を包むのは、見たことも無い品の良さそうな衣類。
その衣装に負けず劣らずの豪華な調度品が並ぶこの部屋で、自分という異質な存在が際立っているように感じた。
少し面差しが似ているなと思ったのは一瞬のことで、すぐに否と考え直した。
違う。
目の前の人は、自分とはまるで異なる、美丈夫、という言葉がぴったりの青年だ。
そして、そんな彼は──体が透けていた。
ふわふわと床から少しだけ浮き上がりながら、こちらを見下ろしている。
これはきっと、浮いているからと言うよりも、元々の身長差なのだろう。
彼の視線は上から下まで無遠慮に向けられ、もう1度上まで戻って来てから、ひたりと目を合わせた。
切れ長の瞳が、僅かに歪む。
笑ったのだと、数秒遅れて気が付いた。
『──フーン。お前が、別世界の俺ってわけか』
頭に直接響く声。
深みのある低音に、思わずびくりと体が強張る。
今のは……?
『──そうビクつくなよ。別に取って食いやしねぇよ。……ってか、今の俺には何も出来ねぇけど』
確かに。
透明だもんね。
内心でそう思った途端、目の前の青年がくくっと笑った。
『何だ。意外と冷静じゃん、お前』
まるで、心を読んだかのような発言。
ぎょっとして、目を見開く。
『んな警戒すんなって……って方が無理か。あー……ちゃんと説明するからよ』
驚きを通り越し、軽いパニックを起こして、今にも泣き出しそうだった。
その様子を見て、流石にまずいと思ったのだろう。
青年が滔々と語り出した。
* * * * * * * * * *
曰く。
青年の名は、イレノア=ガレリウス=シグノシア。
名乗りの時、彼は女みたいな名前だろ?と自嘲気味に笑っていた。
そして此処は、ラディーナ。
大陸の中央に位置するこの国は、今のところ最も栄えている大国らしい。
隣国のエシェヤカルナやニーノといった国々よりも、ラディーナの方が人口も都市の規模も商業も発展していると言う。
(……………………)
見たことも聞いたことも無い国名の数々に、薄々感じていた可能性と、流石に向き合わざるを得なかった。
つまり。
此処は異世界──イレノアが言うには別世界──で。
自分は、この見知らぬ世界に身を置いている。
一体、何故か?
その疑問は、早々に氷解した。
自分をこの世界に喚び寄せたのは、何と他でもないイレノアだったからだ。
仰天して理由を問い質せば、次なる言葉を返して寄越された。
『……──俺と、入れ替わって欲しい』
………………。
………………。
………………。
…………ん?
意味が、分からない。
小さく首を傾げて見せたが、彼は構わず続けて言った。
自分は、死んだのだ。
──と。
それだけでも驚きなのに、何と彼は誰かに殺されたのだと言う。
地位ある立場にあるイレノアにとって、それは全く不思議なことではなかった。
だが、誰に殺されたのかが問題だった。
一体誰がそんなことをしたのか、調べ上げねばならない。
しかしながら、もうイレノアは自由に動ける身ではなかった。
死んでしまっているし、彼の体も既に葬られており、所謂幽霊の状態でしかない。
調べたくとも、透けている体では何1つ触れず、この彼の私室から出ることもままならない。
──そこで。
この世界と平行世界である地球から、彼の存在に相当する者を喚び寄せた。
対とも言える世界の、イレノアの片割れ。
もう1人の自分。
ある意味家族よりも濃く、近い存在に、助力を求めた。
喚び出したその者に、己の死の真相を追求、解明してもらいたい。
──というのが、イレノアの話であった。
「──いや。普通に無理ですよ」
『何故だ』
即答したのが気に入らなかったのか、イレノアが食い下がる。
む、と眉間にしわを寄せ、不機嫌顔だ。不思議なことに、体が透明であるにも関わらず、彼の表情がよく分かった。
けれど、仕方が無い。
だって、そもそもが無理なのだから。
「……ボク、まだ自己紹介もしていませんでしたね?」
『……あぁ……?』
そう言えば。
そんな面持ちで頷く彼に、小さく苦笑する。
これまで何度もあったことだから、慣れていると言えば慣れているけれど。
そんなに、分かりづらいのだろうか?
「──ボクの名前は、那月。こんな外見ですが……正真正銘、女です」
──そう。
入れ替わるだなんて、土台無理な話だ。
だって那月は、女性なのだから。
言い切った瞬間。
イレノアは、目に見えて驚愕した。
『──はッ!?』
紫色の瞳がこれでもかと見開かれ、口は吐き出された言葉を形作ったまま固定される。
いや、だって、そんな、まさか。
そんな言葉を零す彼に、那月はそんなに驚くこと?と困ったように笑った。
確かに、那月は昔から男性に間違えられた。
男性と言うか、少年に。
髪はショートというわけでもないが、1度も染めたことの無いそれは、肩口で綺麗に切り揃えられている。
体型も、女性らしいとは言い難い。
あまり大きくない胸は、何枚か服を重ねただけで、ささやかな存在感を消してしまうらしい。
加えて最大の理由が、顔である。
顔立ちが中性的と言おうか……俳優である父に似てしまったようで、一目で女性と分かるものではないらしい。
また本人も意図しているわけではないのだが、服装も中性的であった。
ふわふわした可愛らしい衣服はどうも苦手で、いつも動きやすさを重視した格好だった。
(別に、わざとこうしてる訳じゃないんだけどなぁ……)
うっかり女性から、異性を対象とした告白を頂戴したことがあるのも、此処だけの秘密だ。
「──と言う訳で。ボクが貴方と入れ替わるなんて無理だってこと、分かってくれました?」
『…………』
「……もしかして、疑ってらっしゃいます? ……うーん……困ったな、どうすれば証明できますかね?」
向こうでは、運転免許証など見せて納得させていたのだが。
こちらでそれが通るとは思えない。
と言って、衣服を脱いでまで証明するのは流石に嫌だ。
うーん。
考え込もうとした那月に、イレノアがゆるゆると首を振った。
『……いや……女性だということは、分かった……』
「えっ、本当ですか」
えらくすんなり分かってくれたものだ。
良かったと安堵すると共に、どうやって納得したのか疑問に思った。
それを問う前に、目の前の幽霊は半ば呆然としたまま、教えてくれた。
『……──精霊が、そう言っている』
「せいれい?」
『あぁ……この世界なら何処にでも存在する、自然の遣いだ。彼らは決して嘘を言わない』
「成る程……」
そんな存在が居るとは。
でもお陰で、証明することが出来た。
『……だが……いや、それなら……しかし……』
何やらぶつぶつ呟くイレノアは、完全に自分の世界に入ってしまっている。
頼みの綱として那月を召喚したのは分からないでもないが、彼の願いを叶えるなんて無理なのだから、元の場所へ還して欲しい。
「……──あの、」
声を掛けようとした。
のと同時に、イレノアががばりと顔を上げた。
凄い勢いだったその動きに、那月はびくりと肩を揺らす。
『──大丈夫だ。問題無い!』
「…………ハイ…………?」
…………とっても、嫌な予感がする。
そしてそれは──。
大抵、的中する。
『俺の顔など、そう知られていない! 幸い似ているしな! 入れ替わったとしても、気付く奴など居らん!』
ま、まさか……!
さっと顔色を変えて、那月が慌てて口を開いた。
「……──ッ、いや……ッ、ちょ、だからッ……!」
『那月、と言ったか。これから宜しくな!』
「ちっとも宜しくしたくありませーん!!」
きらきらした実に爽やかな笑顔で握手を求められ、那月は絶叫した。
──更に。
イレノアが、実はこのラディーナ国の次期皇帝であるという事実を那月が知るのは、もう少し後のことであった。
お読みくださり、ありがとうございました!