第50話 ルドワイア帝国騎士団ゴード部隊
「本日よりルドワイア帝国騎士団ゴード部隊に配属となりました、シィム・グラッセルであります! まだまだ若輩者ゆえご迷惑をおかけすることもあるかと存じますが、帝国のため、ひいては人類の勝利のためこの身を捧げる所存です! 何卒よろしくお願い致します!」
騎士の一礼を取りながら大声で宣言するシィム。
薄い青色のショートヘア。成人はしているもののまだ若く、まるで着こなせていないピカピカの軍服を見れば彼女の歴が浅いことは一目瞭然だった。
栄光あるルドワイア帝国騎士団に入団し、今日は配属先の部隊の部隊長との初顔合わせの日だ。
緊張に身を固くしたシィムを見て、部隊長はくすりと笑みを漏らした。
「よろしく、グラッセル殿。貴殿のような礼儀正しい部下を持てて光栄だ。人類の勝利のため、共に戦おう」
そう言って同じく礼を返すその女性を見て、シィムはかつてない衝撃を受けた。
砂金のような細やかでかつ艶やかな金の髪。右に流された長い前髪が右目を覆っていたが、顔の半分ほどを覆われてもはっきりと分かる端正な顔立ちには、騎士特有の鋭さとそれ以上の優しさが窺えた。
彼女の名はラトリア・ゴード。
代々優秀な騎士を輩出してきた名門、ゴード家の一人娘だ。
歳はシィムと同じくらいでまだ三十路も迎えていないだろう若々しさに溢れ、にも拘わらずルドワイア騎士団の部隊長を任されるほどの実力者。
そんな彼女といくつか言葉を交わす内に、シィムの動揺は更に大きくなっていった。
ラトリアはまさにシィムが尊敬に値する人格者だった。
誠実。実直。生真面目。
優しく仲間思いで、時に厳しく、しかし確かな愛情を持って接する。
過剰なほど自分を強く律し、他人にまではそれを求めない。他者の考えを尊重し、慈しむ。
まさに彼女こそ騎士の鑑。人類の希望たるルドワイア帝国騎士団を代表する人物だと感じた。
――聞いていた話とはまるで真逆だ。
シィムが最も驚いたのはそれだ。
ルドワイア騎士団内で、ラトリアの評判は非情に悪い。
驚くべきことに、彼女の実家であるゴード家からも半勘当扱いを受けているとのこと。
だが話せば話す程に、シィムはラトリアから誠実さしか感じなかった。
何故、ラトリアの評価がこれほどに――そう、まさにこのゴード部隊……通称『掃き溜め部隊』と呼ばれるような部隊を任されるほどに酷いものなのか。
その理由をシィムが知るのは、それから数日後であった。
それから三カ月後。
ついにこの日がやってきた。シィムが待ち望んでいた、千載一遇のチャンスだ。
今、ルドワイア帝国騎士団ゴード部隊は、本国を離れバラディア国を目指している。
正確にはバラディア国南方に位置する港町『セドガニア』が目的地だ。
部隊は現在森の中を移動中。
さほど険しくもなく、強い魔物も存在しないらしいこんな森であっても、騎士団たるもの常に気を緩めずにいるべきだ。
――が、その心得を実践しているのはこの部隊でシィムとラトリアだけだった。
「あー……クソあちい。やってらんねえなこんな仕事」
野太い声で不満を漏らすその男の名は、バニス・ガヴェロイ。
だらしなく着崩してはいるものの、彼が纏っている装備はルドワイア騎士団に支給されたもの。
頭皮が剥き出しのスキンヘッドを含め、首から上は半分以上が悪趣味なタトゥーで埋められている。
「ったく誰だあ? こんな辺鄙な森に探知魔石を設置しやがったのは」
「どうせバラディアのクソどもでしょ。連中は帳面通りにしか仕事をしないことで有名ですからね」
「けっ、よええくせに頭も悪いときちゃ救いようがねえな」
バニスの言葉に取り巻き達も笑い声をあげる。
ゴード部隊は計一六名で編成されたルドワイア騎士団の部隊だ。
……その内の一四名があの有様である。
口が悪く、下品で、性格も粗暴としか言いようがない連中。
まさにルドワイア騎士団の面汚したちだ。
「……」
そんな彼らを先導しながら、シィムはじっと我慢を重ねた。
彼らの素行の悪さに今更腹を立てても仕方がない。どう希望的に見ても改善される可能性はないだろう。
「喉乾いたな。――おうグラッセル。水くれや」
そう声をかけられたシィムは、心底嫌そうに振り返った。本来なら口も聞きたくないが、無視できる相手でもない。
「ご自分の分が残っているはずですが」
「ワリいな、なんでか分かんねえんだが、俺の水筒には水以外のもんが入っててよ」
「あ、俺もですバニスさん。いやあ毎度同じ失敗を繰り返すなんて、困ったもんっすね」
「ちげえねえ。ガハハハハハ!」
馬鹿笑いを飛ばす彼らに、シィムの苛立ちが限界値にまで近づく。
「……任務中の飲酒は……」
「うるせえな、テメエごときに言われなくても分かってんだよ。だが入ってたもんは仕方ねえだろ。お前が水を寄越さねえってんなら、俺達は任務中の緊急時における現場の判断〟に基づいて、水筒の中身を飲まなきゃならねえ。違うか? あん?」
ニヤニヤと下卑た笑みを浮かべるバニスを睨み返す。
そこへ、シィムの前を歩いていた一人の女性が、すっとバニスへ歩み寄った。
部隊長、ラトリア・ゴードは、自分のバッグから水筒を一つ取り出しバニスに差し出した。
「飲むといい」
「隊長!」
咄嗟に止めてしまいそうになるシィム。
別に予備の水を心配しているのではない。こんな男にラトリア自らが温情を与えるということそのものが、シィムには耐えられなかった。
「構わないさシィム。ミスは誰にでもある」
「へっ、話が分かるじゃねえか隊長さんよ」
「――だが、このミスはこれで四度目だ。以後繰り返すな」
「あん?」
棘を含んだラトリアの言葉に、バニスが不愉快そうに眉を吊り上げる。
彼に対し悪感情を抱くシィムですら、思わず一歩下がってしまうほどの迫力。
暴力を凝縮したようなその気配は、魔人さながらだった。もし彼が敵であったならばシィムは彼に恐怖するしかなかっただろう。
だが、それを真正面から受け止め眉一つ動かさないラトリアをこそ、シィムは頼もしいと思った。
「……ふん、へいへい。肝に銘じますよ隊長殿」
結局はバニスは自ら退く形で水筒をひったくった。
遠慮なく水を飲み、余った分を見せつけるように頭から浴びた。
ほぼ満杯だった水筒を一気に空にし、ラトリアに投げ返した。
「あーさっぱりしたぜ。酒じゃ頭からかぶったりできねえからな」
「それはよかった。では休憩は終わりだ、任務に戻るぞ」
嫌味もものともせずラトリアは毅然とした態度で部隊の先頭に戻っていった。
それを憎々しそうに睨み付けるバニス達を横目でみやり、シィムはざまあみろと内心で舌を出した。
「――臆病者の鼠が」
背後からそんな言葉が聞こえ、シィムのカッと目を見開いた。
「――貴様ッ!!」
バニスに向けて杖を構え、いつでも黒魔法を放てる体勢を取った。
一気に場に緊張が走る。他の部隊員も各々武器を構え、シィムを牽制する。
唯一バニスだけが武器を構えずニヤケた顔を晒していた。
「おいおい穏やかじゃねえな。俺達は同じ部隊の仲間じゃねえか」
「取り消せッ! 今の発言を取り消せッ!」
「あん? 何のこと言ってんだ?」
「とぼけるな! 貴様、今……!」
「俺は『勇敢なラトリア隊長』としか言ってねえぜ? なあお前ら」
「ええ、俺もはっきりそう聞こえましたよ」
取り巻き達がバニスに合わせて笑う。
「ふざけるな! 貴様、今確かに……!」
「――つーかよ。テメエさっきから誰に口きいてんだ? テメエこの部隊じゃ一番下っ端だろうが。なに俺にタメ口きいてやがんだ? あん?」
「……ッ」
凄みを増したバニスの迫力に、思わず恐怖心を煽られるシィム。
だが決して退けない。たとえここでバニスと戦ってでも先の発言は訂正させなければならない。
それほどに、バニスの失言はシィムにとって逆鱗だった。
一触即発の気配が満ちるその場に、ラトリアが静かに割って入った。
「バニス。先程も言ったが、ミスは誰にでもある。彼女の聞き間違いを許してやれ」
「た、隊長!」
悲痛な表情でラトリアを見遣るシィム。
「俺ぁ別に構いませんぜ? そいつがきっちりワビ入れるってんなら」
「ぐっ……く……!」
こんな男に頭を下げるなど屈辱以外の何物でもないが、ここで意地を張っては、ラトリアが部下の代わりにと謝罪しかねない。
そんなことだけは絶対に認められない。
「……申し訳……ありませんでした……バニス、さん……」
怒りで指先が震えるのを必死に堪えながら、シィムはゆっくりと頭を下げた。
悔しさを隠し切れないシィムを見て、バニスは勝ち誇ったように歪んだ笑みを浮かべた。
「そういや歩き疲れてたところだ。おうグラッセル、肩でも揉ませてやろうか? お前も俺に誠意を見せたくてしょうがねえだろ?」
バニスが言うと取り巻き達が大声で笑い声をあげた。
シィムの敵意に応えるように、彼女の魔力がバチバチと音を立てて弾ける。
今でこそ下手に出ているとはいえ、彼女もまたルドワイア騎士団の一員。
その戦闘力は並ではない。
……だがバニスと戦えば十中八九シィムは敗れる。
この男は最低のクズだが、決して口だけの男ではない。これだけの横暴をまかり通すだけの力は持っている。
だがそれでも、シィムの怒りは抑えきれないほどに高まっていた。
彼女の敬愛するラトリアを最も許しがたい言葉で侮辱したばかりか、それを悪びれることもなくこの態度。
ラトリアの部下として、たとえ敗北するとしてもこの敵意を示してやりたい。そんな気持ちが溢れてくる。
それを何とか抑えていられるのは、シィムにとって今回の任務がそれほど重要だという理性だった。
ここで揉め事を起こせば、それこそラトリアへの迷惑にしかならないのだ。
「……」
いいだろう。
肩ぐらい揉んでやる。そんな子供じみた嫌がらせでヘラヘラ笑っていればいい。
そう決意しシィムが一歩踏み出したとき。
「地図によると」
ラトリアがそれより一息早く言葉を放った。
横槍を入れてきたラトリアに、バニスもシィムも意図が読めず怪訝な表情を浮かべた。
「目的地までもう一キロもないようだ。諸君、長旅ご苦労だった。この辺りには警戒すべき魔物もいないようだし、疲れた者はここで休むといい」
なるほど、という表情でバニスが地面に唾を吐いた。
「目的地までは私が行って仕事を済ませてこよう。補佐として一人同行してほしいが、希望者は……」
「は、はい! 私がお供いたします!」
勢いよくシィムが手を上げた。
ラトリアは優しく微笑んで頷いた。
「決まりだな。では残りの者はこの場で待機。念のため周囲の探索を怠るな。以上だ」
「へっ、じゃあお言葉に甘えて休ませてもらいましょうかね」
シィムへの嫌がらせを有耶無耶にされてしまい不愉快ではあったが、面倒な雑用をこの二人に押し付けられるのなら悪くはない。
そんな緊張感のない弛緩した空気が流れ、部隊員たちは各々休息を取り始めた。
この後彼らは当然のように自分の水筒の中の酒を飲み始めるに違いないと思いながら、シィムはラトリアに続いてその場を離れた。
「よし、これで大丈夫だ」
目的地である、この森に設置されている探知魔石まで辿り着いた二人は、手早く作業を終わらせた。
この魔石は周囲数十キロに渡る広範囲を索敵する魔法が込められている魔石だ。
感知した情報はバラディアに送られ、魔族などの襲来を事前に察知できる。
この魔石の効力を更に向上させること。
それがこの部隊に与えられた任務の一つだ。
作業自体は単純なものなので問題はないが、こんな雑用のようなことはバラディアの方でやっておいてほしいものだ。
しかし今回の任務には欠かせない工程だ。手を抜くわけにはいかない。
「隊長……先程は申し訳ありませんでした」
バニスにしたときとは違い、心からの謝罪をするシィム。
それを受けてラトリアは小さく頭を振って微笑んだ。
「私に謝るようなことじゃないさ。ただ、折り合いをつける方法は模索するべきかもしれないな。彼らと上手く付き合っていくために」
「上手くなんて付き合えませんよ。あんな……幼稚で下品で低俗な最低のクズ。スラムのゴロツキ以下のカスゴミウジ虫クソ野郎」
「はは、まあその辺にしておけ」
苦笑を漏らすラトリア。一方のシィムはまだ怒りが収まらない様子だった。
「それに、彼らもあながち間違ってない。私は臆病者と詰られても仕方ない騎士だ」
「そんなことありません!」
「……シィム」
「ラトリア隊長は誰よりも勇敢です。そんな……たった一度の過ちでこんな仕打ち……あんまりです!」
ラトリアほどの騎士に対してルドワイア騎士団が課す露骨な仕打ちに、ラトリア以上にシィムが憤慨し続けた三カ月間だった。
「……ありがとう、シィム」
ラトリアは心から感謝するようにシィムに礼を言った。
「よし、じゃあこんな仕事はさっさと終わらせて本命に取り掛かるとしよう。『預言』されるほどの敵だ。気を抜くなよ」
「はい!」
――バラディア国に大きな災いが訪れる。
ルドワイアが誇る最高の預言者がそう預言し、ルドワイア騎士団が動くほどの事態となった。
上位の魔人が迫っている可能性が非常に高く、ラトリア率いるゴード部隊が調査に駆り出されたのだ。
これはシィムにとって千載一遇のチャンスだ。
預言されるほどの魔人を討伐できれば、ラトリアの株は一気に上がる。
そうなれば騎士団本部もラトリアにこんな『掃き溜め部隊』を任してはいられなくなるだろう。ラトリアはようやく忌まわしい汚名から抜け出し、正当な評価を受けることができる。
そのためなら魔人の一人や二人、いくらでも討伐してみせる。
それに、この部隊にはラトリア・ゴードがいる。
ラトリアに倒せない程の魔人が人間領などに突如出没するはずもない。
むしろシィムは魔人の出現を望んでいた。
折角のチャンスだ。このまま何も起こらずに帰還、などという結末だけは避けたい。
――さあ出てこい魔人め。
私たちが残らず駆逐してやる……!
――シィムが内心でそう祈ったそのとき。
遠くから爆発音が響き渡った。
「え?」
「……なに?」
二人は同時に音のした方を見る。
続けて爆発音が響く。間違いなく戦闘音だ。それもかなり大規模。
「あの方角は……」
バニス達が待機している場所から近い。
間違いなく、彼らが何者かと戦闘している。
「まさか……本当に……?」
唖然とするシィムをよそに、ラトリアは素早く背から剣を抜いた。
「戻るぞシィム! 戦闘準備だ!」




