第48話 知的な会話と洒落こみましょうか
ハシュール国西方、交易都市シューデリア。
パンダがこの都市を訪れてから二週間ほどが経過していた。
当初はどの冒険者からも門前払いを受けていたパンダも、この二週間で評価は一変。
勇者ホークと肩を並べる唯一の冒険者として、冒険者管理局では今やVIP待遇だ。
「どうぞ、パンダ様」
案内係が深く一礼し、応接室の扉を開けた。
「どうもぉ」
パンダが中に入ると、既に一人の男が彼女を待っていた。
「おお、これはパンダ殿。此度の依頼、誠に見事であった」
「いえいえ~」
慣れた様子で営業スマイルを浮かべる両者。
顎鬚をたくわえた初老の男。彼こそはこの都市の冒険者管理局局長を務める男、アルバート・ミルトンフォードだ。
かつては冒険者として腕を鳴らした生粋の戦士であり、ハシュール国騎士団にも広く顔の聞くこの国の重鎮だ。
そんな男が、孫にも近いほどの少女に礼儀正しく接する姿はどこかアンバランスではあったが、それもそのはず。
実質的なシューデリアのトップに座するアルバートにとって、先日のブラッディ・リーチの襲撃はまさに天変地異にも等しい大事件だ。
それを解決し、ハシュール国王から直々に勇者と認められたホークは敬意に値する存在であり、それはパンダも例外ではない。
「いとも容易く腐敗の魔女を討伐ですか。長年悩まされた魔人を一呑みとは。この一件はホーク殿にとっても大きな実績となるでしょう。これで名実ともに、あなた方は勇者パーティの仲間入りというわけですな」
「これもアルバートさんのご助力のおかげですわぁ。これからもよろしくね」
「もちろん。あなた方はこの都市の誇りですからな。――ところで、今日もホーク殿はご都合が合わなかったのですかな?」
「ええ、本当にごめんなさいね。何分忙しい身で。あなたほどの人を相手に失礼だとは承知しているのだけど……」
「いやいや、何も気にすることはないとも。これでも忙しい者の気持ちは理解できるつもりですからな」
誤魔化すように冗談を混ぜるアルバートに、パンダも合わせて笑った。
――ホークは筋金入りの人間嫌いだ。
二○○年に渡るエルフ族の無念を一身に受け止めてきたホークは、同じ空気を吸うのも疎ましいと感じるほどに人間を毛嫌いしている。
それでも勇者として常識的で大人な対応を心がけようと努力するホークではあったが、彼女は特にこういう場を嫌った。
心にもないお世辞や、文法の一部のように用いられる社交辞令。すっかり慣れた動きで愛想笑いを浮かべる表情筋の動き。
くだらないアイドリングトークから始まる世間話。優雅で紳士な大人の会話を気取った男たちの、その薄皮一枚剝いだ下に醜い欲望と利得意識が透けて見える。
ホークは最初の一度以降、二度とこの応接室に来ようとしなかった。この部屋にこそホークが嫌う人間の薄汚さが詰まっているとさえ思った。
とはいえ、魔族討伐の依頼など、管理局の受付でするような話ではない。
依頼の確認から報酬の折衝、そして今のように依頼達成の報告まで、ホークは全てパンダに丸投げした。
結果として、ホークへの依頼はパンダを通して行われることが通例となった。
もともとそういう類のやり取りはパンダの得意分野だ。パンダはまるでホークのお付きの従者のように管理局との間を取り持った。
「何かホークに伝えたいことでもあったのかしら」
「……ふむ。そうだね。あるといえばある」
「何でも言ってちょうだい。確かに伝えるわ」
「――では、一つお聞きしたいことが」
アルバートは先程までの気さくな雰囲気を収め、真剣な眼差しでパンダを見つめた。
「ハシュール国騎士団に入団するつもりはないかね?」
「驚くほどないわ」
即答するパンダに、アルバートも苦笑いするしかなかった。
「できればホーク殿の意見をお聞きしたいのだが」
「ええ、だから言ってるじゃない。あの子にはそんな気は一切ないわ。一○○億ゴールド賭けてもいい」
「……言いたいことはわかる。確かに、ハシュール国騎士団は他国に比べ決して強い戦闘集団ではない。ホーク殿は上位の魔人に匹敵するほどのエルフだ。役不足もいいところだろう」
騎士団はほとんどの国が導入している組織形態ではあるが、国ごとに特色がある。
最も特筆すべきはやはり『ルドワイア帝国騎士団』だ。
魔族との戦争を前提に編成された部隊はいずれも人類最高峰の戦力で構成されている。人類の力の象徴だ。
あるいは『バラディア国騎士団』も人間領に名を轟かせる強い騎士団だ。
人間領内の魔族案件の実に七割を彼らが受け持っている。魔人討伐実績も多く、対魔族に特化した特殊部隊だ。
一方でハシュール王国騎士団は、王の身辺警護が主な任務だ。
他国が自国の騎士団を対魔族用として意識しているのに対し、ハシュール国はかなり真っ当な位置づけに置いている。
平均レベルも20程度とさほど高くない。
ハシュールがいかに平和な国かが窺える最も分かりやすい例とも言える。
「しかし、各国の騎士団は必ずしも独立して存在しているわけではない。時には共闘し、時には騎士の引き抜きも行われる。ハシュール騎士団へ入団する者の中にも、最終的にバラディア国騎士団へ入団することを目的としている者も少なくない」
優秀な戦士はあらゆる国で重宝される時代だ。
特に二年前の大戦以降、人類は慢性的な騎士不足に悩まされている。
ルドワイアもバラディアも、今なお騎士団へのスカウトに精を燃やしている。
「二年……いや一年でいい。ハシュール国騎士団で実績を積めば、ホーク殿ならばルドワイア騎士団への引き抜きですら不可能な話では――」
「そういうことじゃないの。どこの騎士にもなるつもりはないの」
「……あくまで、冒険者という立場に拘ると」
「ええ。本当に申し訳ないけれど」
パンダの返答にアルバートは苦々しい表情を浮かべた。
「……パンダ殿。知っての通り、魔人は強力な種族だ」
「ええ、そうね」
「高いポテンシャルを生まれながらに約束され、力、魔力量、多くの属性耐性、自然治癒能力、ユニークスキル……あらゆることが人間よりも優れている。そんな奴らがレベルシステムを取り入れることで、その特性は更に強化される」
「怖いわね魔人って」
「人類はほぼ全てのケースにおいて、魔人を相手には不利な条件での戦いを強いられる。しかし……そんな魔人を相手に唯一と言っていいほど、有利な条件で戦える者――それが勇者だ」
勇者の素質として前提となるのは、魔族にとって数少ない弱点属性である、聖属性の攻撃を行えるということだ。
聖属性の魔法自体は珍しくはないが、その性質上、それを攻撃に使えるものとなると途端に希少になる。
ホークは聖属性の使い手ではないが、ある意味ではそれすらも超える対魔族に特化したユニークスキルだ。
「勇者は人類の希望だ。だというのに、現在勇者の称号を認められている者はホーク殿を含めて三人しかいない。分かるかね、三人だ。それほどに彼女は貴重な存在なのだ」
アルバートの言いたいことに察しがついて、パンダは小さく鼻を鳴らした。
「そんな勇者が、冒険者などに身を窶すなど……あってはならない」
「あなた冒険者管理局局長よね? そんなこと言っちゃっていいの?」
「冒険者の立場は向上してほしい。一方で、勇者という人類の希望に冒険者になってほしくない。この二つは必ずしも矛盾しない」
単騎で魔人を上回るほどの力を持つ勇者。
そんな者が冒険者として活動するという話は、冒険者管理局局長であるアルバートにとって本来喜ぶべきことのはずだ。
その上で、アルバートはホークの冒険者稼業には反対しているのだ。
「まして君たちはまともにパーティを組もうともしない。白魔導士もいない。戦士もいない。魔銃士と死霊術師の二人パーティなど……有り得ん。危険すぎる」
「あら、私は戦士としてもいけるわよ」
「まあ……一応はね」
パンダの現在のレベルは12。リビア町は卒業できるレベルだが、まだまだ駆け出し。
そのレベルも、勇者を味方に据えての魔獣狩りという、究極のパワーレベリングによってもたらされた結果だ。
故にパンダを戦士として認めている者は皆無だ。
パンダはあくまで勇者ホークのお付き。百歩譲ってパーティの頭脳という立ち位置だと誰もが認識していた。
「騎士団に入れば様々な支援の下で安全に魔獣を討伐できる。それだけではない。騎士はそれだけで多くの特権を持つ。君たちが旅の果てに何を求めるのかは詳しく知らないが、あらゆる目的を果たす上で邪魔になるものは一つもない」
「いいえ、全てが邪魔よ」
パンダの即答にアルバートは目を丸くした。
「支援。安全。特権。……何一つ欲しいものはないわ。――私の不自由は私のものよ。あなた達に克服なんてさせてあげない」
「……」
「ハシュール国騎士団は魔人どころか、魔獣の討伐実績すらほとんどない。ホークは喉から手が出るほど欲しいわよね、分かるわ」
「……」
「あなたは冒険者管理局の局長だけど、ホークを斡旋したとなれば騎士団での立場も盤石。その後はバラディア騎士団にホークを売りつけて、対価として望むものを手に入れる。お金? それともバラディアへの影響力かしら?」
「まだ若い君には理解できないかもしれないが、大人の社会というものはね、他人のため国のために真摯に働けば、自然と利益が自分に返ってくるものなんだよ」
「アッハハハ! 物は言い様ね!」
「考え方を変えてみてくれたまえ。誰が損をする? ホーク殿は潤沢な支援とコネクションを。私は騎士団への影響力を。騎士団は戦力と実績を。それぞれ手に入れる。無論、君も――」
「まどろっこしいからもう単刀直入に言うわね」
パンダはすっと目を細めた。
「私があの子の仲間なんじゃない。あの子が私の仲間なの。主導権は私にある。で、私は冒険者をやりたいの。だからホークも冒険者になるってこと。お分かり?」
「……貴殿は、ホーク殿のお付きの者で、」
「いいえ。私たちは対等よ。でもパーティリーダーは私」
「……ま、待ちたまえ。ホーク殿は勇者で……」
「だから? 『私のパーティに勇者がいる』――それの……どこがおかしいの?」
「……」
あまりにも荒唐無稽な言い分に言葉を失うアルバート。
常識的に考えてそんなことは有り得ない。
勇者はその力以上に象徴的な意味合いが強い存在だ。
どんなパーティを組んでも勇者が主役であるのは当然。
勇者を自身のパーティの一メンバーに過ぎないなどと嘯く者がいれば、よほどの自信家か大言吐きだ。
どちらであっても、前に『愚かな』と付くが。
「……」
だがアルバートはそのどちらとも違う気配を感じた。
――この少女ならば有り得るかもしれない。
そう思ってしまうほど、アルバートはこの少女が放つ異彩を嗅ぎ取った。
「――結構。私も少々強引過ぎたようですな。この話はこれで終わりとしましょう。ただし、是非ホーク殿にも同じ話をしておいていただきたい」
「もちろんですわ。彼女にとっても誉れ高い話。きっと今後の励みになるでしょう」
飄々と言い流す彼女に、これは半端な手では太刀打ちできないな、とアルバートは内心で頭を抱えた。
「さあ、仕事の話に戻りましょう。次のターゲットは誰かしら。私たちにとってハシュール王国は第二の故郷。愛する祖国のため、いかなる脅威も排してみせましょう」




