第21話 さようなら。冥府に寄ったら会いましょう
ハシュール国騎士団がリビアの国営ダンジョンに到着したのは、魔人の襲撃の報せを受けた三○時間後だった。
レベル20を超える騎士を一○○名以上かき集めたことを考えれば迅速な対応と言えるが、それでも魔人が国営ダンジョンを……ひいてはリビア町を支配するには十分な時間だ。
ハシュール国騎士団の平均レベルはそれほど高くはない。仮にこの一○○名全員で戦ったとしても、魔人一人倒せるかどうかといったところだ。
本来人間領内に発生した魔人の脅威はバラディア国が対処することが多い。
しかし今回はハシュール国も魔人の捕捉に時間がかかり過ぎた。バラディアの応援を待つ時間もなく、集められるだけの騎士団員を集めて対処に当たるほかなかった。
そうして面々は緊張した面持ちでリビアの国営ダンジョンに到着したのだが……。
「――魔人の死体が発見された?」
騎士団長が再度確認する。
国営ダンジョンの代表管理者が頷く。
「はい。国営ダンジョン内で魔人の死体が確認されました。神官にも確認させましたところ、間違いなく魔人だとのことです」
「死因は? 戦闘か?」
「はい。戦闘の痕跡がありました」
「誰が倒したんだ? 魔人を倒せる者がこのダンジョンに?」
「不明です。他の死体はありませんでした」
「……わかった。とにかくそこへ案内してくれ」
「――こちらです。死体には一切手は触れておりません」
案内された場所には、確かに一つの死体があった。
「……ひでえ。なんだこれ。どうやったらこんな死体になるんだ?」
騎士団長は思わず顔をしかめた。
死体には片腕と片足がなく、体中がボロボロになっていた。
周囲にはまるで砲弾でも降ってきたかのような巨大なクレーターができており、周囲の木々は軒並み薙ぎ倒されていた。確かに壮絶な戦闘の痕跡が窺える。
この戦闘跡を見る限り、この魔人は決して無抵抗だったわけではないようだ。
ならばこのレベルの戦闘を行いながらも、この魔人を倒せる何者かがいたことになる。何故そのような者がこんなダンジョンにいたのか、何もかも意味不明だった。
「この魔人が何者かわかるか?」
「はい。調べた結果、判明いたしました」
代表管理者は一枚の紙を取り出すと、そこに記載されている情報を読んだ。
「この死体の名は、マーシェラルド。レベル60を超える強力な魔人です」
店の扉が開き、客の来店を告げる鈴が鳴るのを聞いて、エドガーは作業場から出た。
いま店はクローズの札が下げてある。それでも店に入ってくる人物は、一人しかいない。
「…………おう、来たか」
「時間通りよね?」
「……ああ、出来てるよ」
エドガーは作業場から持ってきた小瓶をカウンターの上に置いた。
その小瓶を受け取ると――来客、パンダは満足そうに頷いた。
「どうも。ごめんなさいね、無理言って」
「気にすんな。嬢ちゃんのせいじゃねえ」
昨夜、閉店済みの『薬草屋リーフ』の扉が乱暴にノックされ、この少女、パンダが来店してきたのだ。
そしてパンダは、エドガーに一つの依頼を持ち掛けた。
「……依頼通り、きっちり作っといたぜ。文句はねえだろ?」
「ええ、完璧よ」
小瓶を軽く振って、パンダはそれを懐に仕舞った。
「町を出るのか?」
「ええ。名残惜しいけど」
「そうか……戻ってきたら、顔見せにこいや」
「もちろん。――ところでこの薬、ほんとにお代いいの? 私、一応持ち合わせはあるわよ? ……たぶん、足りないと思うけど」
パンダの言葉に、しかしエドガーは首を横に振った。
「――いらねえ。……いや、貰うわけにはいかねえ」
「そ? じゃあ遠慮なく」
「……その代わり、頼みがある」
パンダが続きを促すと、エドガーはパンダに背を向け、ぽつぽつと話しだした。
「あいつから聞いたんだけどよ。お前さん……魔王を倒すとか騒いでたんだってな?」
「ええ、そうよ」
「……初めて聞いたときは、馬鹿なガキだって思ったもんだがよ。…………今は、俺から頼ませてくれ」
エドガーの声には、隠しきれない嗚咽が混じっていた。
ぎり、と歯を噛みしだく音と、鼻をすする音が聞こえてきた。
「……魔王をぶっ殺してくれ。……頼む」
その懇願に、パンダはうっすらと笑って答えた。
「ええ。もちろん」
前にパンダが野宿をしていた湖。
そのほとりに綺麗に三つ並べて墓をたてた。
ロニー、フィーネ、トリスの墓だ。
墓といっても、ロニーとトリスの肉体は爆散してしまったし、フィーネの身体を運んでくることもできなかった。
だから墓というよりは、単に石を三つ並べただけとも言える。
それが今のパンダにできる最大限の供養だった。
「魔人が人を供養するなんて、変な話よね」
でもそれでいいとパンダは思った。
パンダが魔人であることを知った上で、彼らはパンダを仲間として受け入れてくれた。だからパンダは魔人として、彼らを弔ってあげたい。
パンダは今からリビア町を去る。
四天王の刺客が送り込まれ、それを殺したとあっては、もうこの町にはいられない。
特に、マーシェラルドの死体が見つかったという話を聞いた以上、この町はもうパンダにとって極めて危険なエリアとなっている。
マーシェラルドを送り込んだのはカルマディエという四天王らしい。
しかしそれを阻む者がいた。
十中八九魔人だろうが、そうなると別の派閥の者がいることになる。
パンダが魔王だった頃とは違い、今魔族は一枚岩ではないということだ。
様々な勢力がパンダの周りで暗躍している。
その最初の戦場がこの町だったということだ。早急に去るしか他にない。
結局レベルは5までしか上がらなかった。
1ポイントも無駄にできないと思っていたスキルポイントも、余計なビルドに使ってしまった。
装備を整える費用で貯蓄もかなり減り、その装備もギルニグとの戦闘でボロボロだ。
結果だけ見れば、この町での冒険は散々だったように思える。
だがパンダはそれ以上に大切なものを手に入れた。
「ロニー。この剣返すわね。いい剣だったわ、ありがとう」
ロニーの墓に、彼から借りていた短剣を供えた。
本当は今後もロニー達と旅を続ける間はしれっと借りっぱなしにしておこうと思っていたのだが、こうなった以上持っていくわけにもいかない。
「フィーネにはこれ持ってきたわ。結構高いやつよ」
フィーネの墓には大きな酒瓶を供えた。
国営ダンジョンでのフィーネとの酒盛りは、パンダにとって人生で初めての泥酔経験となった。
今までは酔っぱらう男たちの気持ちが全く理解できなかったが、いざ自分が酔ってみるとあそこまで楽しい気分になれるのかと驚いたものだった。
……叶うなら、今度は皆で酒を飲み交わしたいと、パンダは心から思った。
「で、トリスには――これ」
そう言ってパンダがトリスの墓に供えたものは、虹色に輝く液体――エリクサーだった。
あの時。
パンダが死を覚悟したあの瞬間、指先に堅い革の感触があった。
それはトリスのバッグだった。おそらくギルニグとの戦闘の際に落としたものが、ソウル・ブラストの風に飛ばされたのだろう。
それはまるで吸い寄せられるようにパンダの元へと流れ着いた。
もしやと思い中を漁ると、中からエリクサーを見つけたのだった。
それはトリスが犯した小さな過ちだった。
エドガーに黙って薬を再調合した後、証拠を隠滅するために周囲の薬を手当たり次第バッグに詰めた。
その時にエリクサーが紛れ込んだことに、トリスは最後まで気が付かなかった。
勝手に呑んでしまったのでそれを弁償するつもりだったのだが、エドガーは頑なに金を受け取ってくれなかった。
突如として告げられたトリスの死。
全滅したロニーパーティの中で、唯一の生存者の少女。
その少女がエリクサーの調合を依頼したことで、彼も薄々、何かを感じていたのかもしれない。
エリクサーが欲しいのなら作ってやると、エドガーは残り一つとなった虹陽草をあっさりと消費してくれた。
トリスのエリクサーがあったからこそ、パンダは今こうしてここにいる。
――いや、パンダの命を救ったのはエリクサーだけではない。
ロニーの短剣が、パンダの勝利の鍵となった。
フィーネは最後、身を挺してパンダを護ってくれた。
トリスの薬が、パンダの命を繋いでくれた。
「……私たち、いいパーティだったかもね」
得難い者たちだったと心から思う。
彼らのことが大好きだった。今もそうだ。この先もずっと。
大切な仲間だ。
それを失った喪失感を――パンダはしっかりと楽しもうと思った。
冒険がしたくて冒険者になったのだ。
自由を求めて旅に出たのだ。
決して、ただ容易なだけの道を求めたわけではない。
酸いも甘いも、挫折も成功も、怒りも悦びも。
全てを楽しむための冒険なのだ。
ならば……この胸を抉るような悲しみを――この途方もない不自由を楽しまないと嘘だ。
そうだ。これでいい。
こうでなくては。
パンダは肩に取り付けたオレンジ色のバッジを、そっと指でなぞった。
「――『仲間たちとの悲しい別れ』……か」
第一部 これも醍醐味ってやつかしら 完
第一部完です。ここまで読んでくださった方々ありがとうございました!




