触らぬ領主に祟りなし
カーンカーンと金属を叩く高い音が響き、暑苦しさと汗の臭いが辺りに漂う。時折、男の低い怒鳴り声が空気を揺らし、それに応えるかのように幾人もの返事がとんだ。
ここはチャデットにある武器工場。男達は汗水垂らして剣を作り上げていく。中には魔道具も作られているが、どれもが生活に使う道具ではなく、戦いに使う物だった。
そんな男達の間を少年達がかけていく。まだ力の弱い少年達は武器製造ではなく、雑用として走り回り、製造効率を上げるための役割が与えられていた。
「ガイ!これそっちに持ってけ!」
「はい!」
「その後、こっちに油持ってこい!」
「はい!」
ガイと呼ばれた少年は赤茶色の髪にヨレヨレの帽子をかぶり、小さく細い身体を最大限に使って指示されたことをこなしていく。全身煤汚れ、手も真っ黒にしたガイを見ても誰も同情などしない。そんな子供が工場にはたくさんいるからだ。
朝からほとんど休憩を挟まず働く男達にとって昼食の時間は至福の時だった。なぜなら、工場から食事が提供されるためお金を気にする必要もなく、ゆっくりと休めるからだ。失業して金も食べ物もないところから来ている者が多い工場では、ここが天国のように思えた。
「やっと昼だ。さぁ、目一杯食うぞぉ!」
「おい、あんまり食べて午後働けないなんて言うなよ」
「言わねぇよ。それに、昼は少しでも食べて腹にためとかねぇとな」
「ちげぇねぇ」
男達は豪快に笑うと食堂へと向かっていく。少年達も大人の後に続いた。今日のメニューはパンと野菜のスープ。大人数が昼に一気に来るため、手早く配膳できるメニューばかりになるのは仕方がない。そのメニューに文句を言う奴もいないのだ。
ガイは大人達と四人席の一つに座ると硬いパンをスープにつけてふやかしながら食べ始める。美味しくなくはないが味気ない、そんな感想を抱きながら黙々と食べていった。正直、話す体力さえ温存しておきたいほどに疲れていたのだ。しかし、工場歴の長い大人達は配慮というものがなかった。
「おい、ガイ。どうだ、仕事は慣れたか?」
髭で顔の半分は隠れいる大柄な男がガイに話しかける。ガイは無視したい気持ちを何とか押し留め、顔を上げた。
「そうですね、少しは、ですが」
「まぁ、お前ひょろいし、ちっさいくせに動きは速いからな。仕事覚えもいいし、すぐ慣れるさ」
「はい、頑張ります」
肩ほどの髪を束ねた男の言葉に笑顔で返事をするガイだったが内心では、力仕事は苦手なんだよね、と愚痴る。
何となくおわかりだろう、工場で働き出したばかりのこの少年ガイは、何を隠そうソフィアである。
髪を上げ、その上から赤茶色のウィグをかぶり、帽子で隠した顔はほとんど化粧をせず、村の少年が着るような薄汚い服を纏っている。背がそこまで高くないソフィアは、可愛らしい少年になっていた。声は意識して低い声を出してはいるが、背丈と相まって声変わりのしていない年齢の少年として受け入れらている。
色々と成長した身体を隠すのに、身体を締め付けているため正直、暑くて蒸れるし動きづらい。久しぶりの男装ということもあり、少年として受け入れられるのか不安はあったものの、以前少年達に教えられた相談所へ行けば、あっさりと働く許可がもらえた。そのあっさりさに少し複雑な思いにかられたソフィアだったが、簡単に潜入できたので考えないことにする。
工場での仕事はとにかく体力勝負だった。影としてある程度鍛えていたソフィアは何とかなると高を括っていたのだが、初日は情報収集どころではなかった。男達の匂いに酔って具合が悪くなるし、締め付けた身体には酷な仕事ばかり。案の定、次の日は全身筋肉痛だ。しかし、これも仕事だと割り切って懸命に働くこと五日、何とかマシにはなってきたのだ。
「お前も大変だな、そんな歳でよぉ」
「んなのどこにでもいるだろうが」
「そうなんだがな。穢れのせいでかなりの人が各町に溢れかえって大変だしな。そう考えたら俺たちは恵まれてる」
「そりゃ金も食い物も寝るところも困ってないから恵まれてるだろうけど、それだってここ一年くらい前からだろう」
その言葉に反応したのはソフィアだった。重たい頭を上げ、己の仕事を遂行する。
「一年くらい前ってどういうことですか?」
「それまでは仕事も食い物もなかったってことよ。詳しくは知らんが領主様が仕事を見つけてくれるようになってから、食い物とかを恵んでくださるようになった」
「そうそう。領主様も羽振りが良くなったしな」
「しっ!お前らそんなこと大声で言うな」
「え?どうして?」
今まで会話に入ってこなかった短髪の男が慌てて二人の会話を止める。ソフィアはその行動に違和感しか感じなかった。ソフィアが出会ってきた街人は、皆が領主を讃えるような発言をしていたのに、この男三人はすぐに領主の話を切り上げようとしたのである。
「お前もあまり領主様のことに首を突っ込むな」
「どうして?皆領主様に感謝しているじゃないですか」
「そういやお前も他の村から逃げてきた人間だったな。なら一つ忠告しといてやる」
短髪の男は周りをよく確認してから険しい顔でソフィアに小声で話しかける。
「この街には二つの人間がいる。一つは一年程前から発生している穢れによって住処を追われチャデットに来た人間。もう一つは元から住んでいる人間だ。領主様を讃えているのは逃げてきた人間。恐れているのは元からいた人間さ」
「一年前はどんな街だったの?」
「んなの、他の街と変わらない。元々、武器の製造で栄えてたチャデットは停戦と共に廃れ、金も食い物もない街だった。ほとんどの人間は逃げるように他の街に行ったさ」
「それで穢れが発生した一年程前から変わったと……」
「まぁ、変わったと言っても武器の発注が増えたくらいだけどな」
「だからお前!そういうことを軽く口にするな!」
またもや短髪男に注意された髭男(呼び名が酷い)は不服そうな表情をしながらも、意見に従い再び食事を始めた。
「まぁ、そういうことだから、あまり領主様に深入りするな。下手すりゃ死ぬぞ」
短髪男の忠告する言葉を聞いた他の二人は悲しげな顔のまま空になった器を眺めていた。それが食べ物がなくなった事への悲しみなのか、言葉の中に何か引っかかる事があったのか、ソフィアは読み取れなかった。
「わかったよ。ありがとう、教えてくれて」
「よし、それならさっさと食え!」
「はい!」
気を取り直したかのように笑う三人を眺めると、ソフィアは目の前の食べ物へと視線を戻しかきこんだ。食べなければ午後の仕事に支障が出るからだ。
「ゴホッ、ゴホッ、ゴホッ……」
「馬鹿!慌てて食うな、ガイ」
「……ずみまぜん」
「「「がはははははーー」」」
むせるソフィアに水を渡しながら豪快に笑う三人は、生きることに苦しんでいるようには見えない。しかし、誰しもが抱える闇を持っているのだろうと思うと、やはり世界は理不尽だ、と感じずにはいられないソフィアだった。