幸せ溢れるおかしな街
聖女一行の泊まる町長の屋敷から帰ったソフィアはベッドに倒れこむようにして眠りについた。そして、次の日にはセイラとして仕事場である宿に向かうのである。
その日、ソフィアは宿の仕事を辞めた。理由は簡単、クロードとチャデットの街を調べることを約束したからだ。問題の片付いたアベルの町にいる理由はない。
女将さんには生き別れたはずの家族が生きてると情報が入ったので探しに行きたいと伝え、ソフィアの後任として働いてくれる信用のおける町娘を紹介した。そろそろ辞めなくてはいけないとわかっていたソフィアは後任をしっかり探していたのだ。
最初は渋っていた女将さんも町娘を紹介すると諦めたのか認めてくれた。
こうしてアベルの町でのセイラという娘役は終了したのである。
ちなみに、聖女一行は昼頃にアベルの町を発った。その時の光景は異様だった。聖女の周りには若い男が群がり、そのことに嫌な顔一つせず聖女は笑顔で対応する。いや、あれはむしろ喜んでいたのだと思う。平民相手でも男にチヤホヤされるのは嬉しいらしい。
王子達にも町の娘が群がっていたが、クロードは王子らしく民を気遣い、ハーヴェイは笑顔で優しい言葉を紡ぐ。クレイズは一切関わろうとしていなかった。背後で静かに立っていたサリーナに同情しながらも、呆れながらその光景をソフィアは眺めていた。
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アベルの町から北東に進むと、チャデットという大きな街がある。『技術者の街』とも呼ばれているチャデットは国内で扱われる武器の半分を生産している街だ。以前はとても栄えた街でもあったチャデットだが、停戦により戦がなくなった今、武器の需要が減っているため停滞していると聞いていた。
しかし、アベルの町で最近、領主であるドミニン・ガルベスト伯爵の羽振りがいいという噂を耳にしたのである。チャデットはガルベスト伯爵の領地の中心地、何かあると踏んで間違いなさそうだ。
「……本当に賑わってるわね」
チャデットに着いたソフィアは思わず呟いた。
穢れによって住んでいた町を追われた者が、まだ穢れの影響を受けていない町に逃げ込んでくるのはよくあること。それによって町は人で溢れ、失業者の増加や食料不足、治安悪化など様々な問題が発生するのである。
しかし、チャデットは活気に溢れていた。道で倒れている者もいなければ、犯罪の臭いも感じられない。人々の笑顔が溢れていたのである。とても素晴らしい街に見えるが、今の国の状況から見れば異常であった。
とりあえずソフィアは情報収集のため、食料不足のせいで他の町で今は見る事のない屋台に寄ることにした。屋台に立つ恰幅の良いおばさんに話しかける。
「そこのお肉を三つ貰えますか?」
「あいよ!」
おばさんはタレに漬け込み焼き上げられた鶏肉を慣れた手つきで袋に入れていく。
「この街はすごい活気がありますね」
「ん?この街の人じゃないのかい?」
「はい……穢れで町に住めなくなって家族で逃げてきたんです」
「そうかい。それならチャデットに来て正解だったよ。領主様はよくしてくださるからね」
ニカッと歯を見せて笑うおばさんから袋を貰い、お金を払う。
「今一番働き口があるところはどこですか?」
「あんた働き口探してんのかい?そうだねぇ……武器の生産工場は忙しくて人手が足りないらしいけど、女のあんたじゃ無理だしね。宿やら食事処ってところかい?」
「……なるほど、わかりました。ありがとうございます」
「まぁ、頑張んな!」
屋台のおばさんに見送られ、工場の集まる場所へ行くと、辺りを観察するように近くのベンチに座り肉を頬張る。なかなか美味しい、と味を堪能しつつ、肉を三つ購入したのは家族の分を買いに来たように見せかけるためだったので、残りは後で食べようと袋にしまう。
すると前から休憩に入った工場で働く男達がぞろぞろと歩いてきた。中にはまだ成人していないだろう少年の姿もある。ソフィアは談笑している大人から少し離れたところにいる少年二人に手招きをした。ソフィアに気づき怪訝そうな顔を向ける少年達だったが、残っていた鶏肉を見せると警戒しながらもこちらにやって来た。
「ごめんね、お肉買いすぎちゃって困っていたの。よかったら食べない?」
「……姉ちゃん、誰?なんでこんなところにいるの?」
強い目つきでソフィアを見ている背の高い少年は後ろで隠れている少年を庇うようにして立つ。警戒されてるなぁ、と苦笑い気味のソフィアはベンチの席をつめ、座るように促す。
「ちょっと住んでた町が穢れで住めなくなってね。今日、チャデットに来たんだけど、街の事がわからなくって……よかったら私に教えてくれないかな?」
「お姉さんも?僕の家族もなんだ」
背後で隠れていた少年は身を乗り出してソフィアに返事をした。なんでも彼はチャデットに避難してきて四カ月程なのだそうだ。
「君も大変だったのね」
「そんな奴、この街にはうじゃうじゃいる。ここは他よりも働き口があるしな」
「そうみたいね。でも何故こんなに仕事があって、食材もあるの?」
「全部領主様のおかげだよ!」
先程まで背の高い少年の後ろでオドオドしていた少年が、領主の話になると突然誇らしげに声を上げソフィアの横に座る。その声色はとても領主を信頼しているようだった。
「領主様は仕事を用意してくれるし、食材を安価で店に卸してくれるんだ。街の人は働いて給与をもらって、買い物もできる。僕の村では望めない当たり前の生活ができるんだよ」
「へぇ、素敵な領主様ね。仕事はどこで紹介してくれるの?」
「領主様の屋敷の近くにある相談所だ。だけど、そこは男の仕事しかないから姉ちゃんには紹介されないよ。まぁ、街中で仕事を探せばあるはずさ」
男の仕事ねぇ……女であるソフィアではこれ以上の詮索は不審がられると判断し、ソフィアは少年達に礼を告げ、肉を渡すと街の中に消えていった。
「あのお姉さん、仕事見つかるといいね」
「そうだな……この街は今を必死に生きようとする者には夢のようなところだ。踏み入れたら抜け出せないほどな」
残された二人の表情は明らかに違う。一人は見知らぬ女性を心から心配し、一人は哀れなものを見ているようであった。