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光に憧れ、影に生きる  作者: 小日向 史煌
浄化の旅を終えて
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利用できるものは利用する

 次の日からクレイズが店に来ることはなくなった。働き手が一人抜けたとはいえ、以前の状態に戻っただけのはずなのに、異常に働きづらい。クレイズを雇う前までの動きを思い出すのに二日はかかった。


 任務のために街を出ると挨拶に来たライルが去り際に、クレイズがハデスト帝国に向かった、と教えてきたのはクレイズが店に来なくなってから四日後の事だった。

 ソフィアは去り際のライルとの会話を思い出す。



『そんなにあいつを責めるなよ。あいつの願いを聞き入れ実行したのは他でもない、セルベト様や俺たち『影』のメンバーなんだ』

『なんでそんな事を……』

『みんな多かれ少なかれ憧れてるって事じゃないか? 光の世界に』



 あれからずっとソフィアの胸の中にはモヤモヤと表し難い感情が渦湧いていた。はっきりとしない己の感情にどう向き合えばいいのかわからず、だからといって昔のように見て見ぬふりもできない。何を悩んでいるのか、ソフィアは答えが見つけられずにいる。



『影』のメンバーは闇の世界で生きてきた。もちろんソフィアやサリーナも例外ではない。

 なぜなら、この世界は特異体質者を拒絶しているからであり、彼らはそんな世界に能力を持って産まれ、そのせいで親に捨てられ、行くあてもなく教会に拾われたからだ。己の命すら守れない小さな子供に他の選択肢などなかった。


 だからこそ光の世界に憧れる者が多いのかもしれない。

 誰かに受け入れられ、求められ、愛される。生きていることが当たり前で、もはや生きることこそが使命のような人々。生にしがみつくしかない自分達とは全く違う世界。



 羨ましいとは違う。だって、そうなりたいと願ったとしても持って生まれた能力は消えるわけじゃない。闇の世界で生きている以上、太陽の下で堂々と生きることなんてできない。

 だから、手の届かない世界を眺め憧れてきた。クレイズが言った通り、例え偽りだとしても憧れの世界を疑似体験している時は楽しかった。そう、悔しいほどに楽しかったのだ。




「ーーーーア」

「ーーフィア」

「ソフィア!」



 ハッとソフィアが慌てて顔を上げると目の前には心配そうなサリーナの顔があった。



「大丈夫?」

「あ、うん」



 店内を見渡せば、最後の客はすでに帰ったようだった。ぼーっとしていた事を謝ると、サリーナは気にするなと首を振る。



「色々あったしね」

「……うん」



 ソフィアもサリーナもなんとも言えない表情を浮かべている。それもそのはずで、サリーナがライルから聞き出した内容は、酷く二人を疲れさせるものだったのだ。


 今回ソフィア達に与えられたヘルムリクトでの任務の発端はクレイズとハーヴェイの願いによるものだった。浄化の旅の褒美として、ソフィアとサリーナに普通の生活を送らせてほしいと頼んだのだ。その願いに乗ったのがセルベトで、セルベトの指示の元、店の準備は進められた。任務として話を持ち出してきたのはソフィア達が素直に話を飲むはずがないと踏んでの事だったらしい。



『そんでもって、あいつらはソフィア達を口説かせてくれとセルベト様に頭を下げたんだ。それはお前らの力量と誠意次第だとか何とか言ってセルベト様が否定しないもんだから、俺たちがあいつらを見定めてたわけ』



 ニコニコ笑ってそう言ったライルを蹴り飛ばしたのはソフィアか、サリーナか。

 結局、ソフィアもサリーナもセルベト達の手の平で転がされていたということである。



「みんな勝手よね。当人達の意思なんて関係なしだもの」

「本当ね」



 どんなに今の生活が楽しくても、人に押し付けられたとわかってしまえば素直に受け入れられなくなってしまう。きっとソフィアのモヤモヤの原因の一つもこの事が引っかかっているからだろう。



「あの人達の思い通りっていうのも気に食わない。まぁでも、満喫してたのは事実だけどね」



 ふふふ、と笑うサリーナの表情からは諦めのようなものが見て取れた。もうすでにサリーナは現状を受け入れ始めているようだ。その事にソフィアは若干動揺していた。



「サリーナはこれからどうするの?」

「どうするもなにも変わらないよ。今の任務をやり通す」

「でもこれは……」

「きっかけは気に入らないけど、ここでの生活は全て私達の意思で決めてきたんだもの。全部が全部、彼らの思い通りになんかならないわ」



 ソフィアはポカンと口を開けたまま立ち尽くす。そして小さく吹き出すと、その笑いは次第に大きくなっていった。



「あはははっーー、そんな風に考えた事なんてなかった」

「そう? 利用できることは利用する。私達の仕事ではよくやることじゃない」

「たしかに!」



 サリーナの言う通りだとソフィアは思った。

 ヘルムリクトで店を営んでいるのも、花を育てているのも、街の人たちと交流しているのもソフィア達自身なのだ。そこにセルベト達の意図など関係ない。


 たしかにきっかけはクレイズ達の申し出だったのかもしれない。正直、ソフィア達の意思など関係なく決められた事には腹も立つ。でも、今の状況を切り捨てるのはもったいないという気にもなる。



「もう選択できないような子供じゃないものね。利用するとこはして、嫌な事は斬り捨ててしまえばいい」

「そうそう。口説けるもんなら口説いてみなさいってね!」



 腰に手を当て、鼻息荒く言い切ったサリーナにソフィアは苦笑いを浮かべる。これは一筋縄ではいかないぞ、とハーヴェイに同情していたソフィアにサリーナは大きな爆弾を投げつけた。



「それで? ソフィアはどうするつもり?」

「なにが?」

「クレイズ様よ。なんか言われたんじゃないの?」

「うっ!?」



 危うく持っていた物を落としそうになったソフィアは慌てて掴み直し、ほっと息を吐く。文句を言おうとサリーナに顔を向けたソフィアは、向けられている呆れを含んだ眼差しから逃げるようにそっと視線を外した。


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